貧乏神と疫病神―例え今は嫌われていても―

「……ねぇ女苑」

 ほぼいつものことながら、わたしは妹に次のように尋ねてみた。

「お腹、減ったね?」

 わたしからの質問に対して、妹はやはりいつも通り、「別に?」と返答した。即答

だった。

「……そう」

 わたしと妹の女苑は、外見こそ人間の少女のように見えるだろう。しかし、実際は

人間ではない。それではいったいどのような存在なのかといえば、まずこのわたし、

依神紫苑よりがみしおんは所謂貧乏神で、妹の依神女苑よりがみじょおんは疫病神である。それ故に、人里や幻想郷の住人のほとんどからは忌み嫌われている。

そのうえ、そんなわたし達2人は、いつ、どこで産まれたのかも解らないし、もっと

言えばわたし達は両親との面識すら1度もない。

 ――パパ、ママ……。

「……ねぇ女苑」

「何よ?」

 女苑は先程から、今日1日で巻き上げてきたお金を数えていた。相変わらず、その名に見合ってかなりの額を稼いでいる。わたしはいつものことながら大したものだと

感心する半面、それだけあるのならもう少しくらいわたしにも回してくれていいのでは? と思ったりもするのだが、女苑は物事 (特に金品が絡む内容) に関してはとて

もガメツく、何だかんだと理屈をつけてはそれを拒んでくる。実際今だってそうだ。

女苑はそのお金を数えながらわたしに、「これはあたしが自分で稼いだのよ?」や、

「そんなにほしいなら姉さんだって自分で稼げはいいじゃない」と言ってきた。正直

とても腑に落ちないけれど、確かにこの子の言う通りでもある。

 ――いう通りなんだけど……、

 ぐぅ〜。と、わたしのお腹の虫が鳴いた。そろそろ本格的に空腹感がピークに達し

ようとしているので、わたしはお腹をさすりながら、「はぁ」と、大きめの溜め息を

吐いた。

 現時刻は夕方の6時過ぎ。わたしはお気に入りのヒビ割れ茶碗を手にしながらぼうっと外を眺めていた。

 わたし達が暮らしているのは人里の山の中にある、今現在ではもう使われていない

小さなお寺である。その中は所々床が朽ちていたりして確かに危ないが、わたし達に

とってはむしろ居心地がいい……とは、流石に言えなかったけれど、寝泊まり出来る

だけまだマシなので、今のところはここを拠点にしている。

 ――女苑、楽しそうだな?

 この子が身につけている装飾品(ネックレスや指輪など)は、みんなそれぞれ里の人間達から巻き上げたお金で手に入れている。それに引きかえわたしは、

 ――最低限、川で水洗いしているからいいけど、服もまともに買えていない。

 いつもいつも同じものばかり着ているため、あちらこちらがボロボロになっていたため、それについてだけ、ほんの少しだけ不服感をいだいていた。

 ――わたし達って、本当に双子なんだよね?

 いつもこの子と比較してはそんなことを思い、その都度、わたしは「はぁ」と溜め息を吐いてはお茶碗のふちをそっと人差し指でなぞりつつ、そんな不満を露わにして

いた。

 ――確かに女苑はわたしと違って気も強く行動派で何に対してでも積極的だけど、

 その分、当たり前といってしまえば当たり前だけれど、人間はわたしのことは勿論、この子のことも相当忌み嫌っている(女苑は一切気にする素振りは見せない蹴れど)。

「ねぇ女苑、わたし、ちょっと町に行って人間達から運気貰って来るね?」

「好きにすれば」

 ――やっぱり、女苑はわたしなんかよりお金のほうが大事なんだよね?

 ――まぁ、いいんだけどさ?

 あまり遅くならないようにしよう。そう思いつつ、わたしは人里へと向かった。


 人間達はわたしの姿を目にするなり口々に、「また貧乏神が現れやがったか」や、

「早くこの場から立ち去らなければ」と、可能な限りわたしとの接触を防ぐように、

時折こちらをチラチラと盗み見ながらなるべく距離を取りながら歩いていた。

 ――やっぱり嫌われてるんだな、わたし。

 毎回のことなので、もうあまり気にはしていないけれど、こうも一方的に嫌われて

いるというのも、正直、少しだけ堪えてしまう節がある。そう思っていると、

「ねぇ、貧乏神のお姉ちゃん」

 背後から誰かがわたしを呼び、わたしの手を取っていた。いったい誰だろうと思い

つつ、その声に応えるように振り返ってみた。すると、そこにはまだ幼い1人の男の

子がいた。その子はわたしのほうを見上げ、「いつも町で見かけてるよ?」と言い、

「お腹さすってることが多いけど、大丈夫なの?」と心配してくれていた。そして、

「よかったら、これ食べてよ?」と言いつつ、わたしにある包みを手渡してくれた。

その中に入っていたのは大きめのおにぎりが3つくらいだった。わたしはその子に、

「こんなにたくさん貰っていいの?」と訊ねてみた。するとその子は、「お姉ちゃん

のために作ったんだしね?」と言って、満面の笑みを向けてくれた。

「……ありがとう。大切に食べるね?」

 そう言って、わたしはそのうちの1つを手に取り、口に運んでみた。程よい塩気が

口の中いっぱいに広がり、お米のひと粒ひと粒がとても美味しい。

 ――こんなに美味しいごはん、久しぶりだな?

 内心でそう呟きつつ、わたしはもう1度その子にお礼を述べ、こう言った。

「いつかきっと、ラッキーな日がくると思うよ?」

 男の子は再びにこりと笑うと、「ばいばい」と言ってその場から去って行った。

「……女苑には内緒にしておこうかな?」

 純粋に、さっきの男の子とはいつかまた会いたいな。と思いながら、ゆっくりとその

おにぎりを味わった……。

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