短編集―紅魔館は今日も平常運転 (パチュリー・咲夜編) ―

「……」

 ペラ。

 ペラ。

「……」

 こくん。

「――はぁ」

 午後過ぎ、わたしはまた魔術の研究に励んでいた。

 わたしはいつも1日のほとんどをこの紅魔館に設けられてあるヴアル魔法図書館で

過ごし、無限ともいえる本の山に目を通し、時折息抜きでお茶とお菓子を口にしては

また本に目を通し、研究と趣味を兼ねた、わたしなりの充実した時間を送っている。

「パチュリー様、ただいまお菓子のおかわりをお持ち致したのですが、いかがなさい

ますか?」

「ありがとう。それじゃあ、そこにお皿を置いてくれるかしら?」

 そう言ってわたしは、わたしの机のすぐ傍に寄せておいた、先程丁度綺麗に完食し

終えたばかりのお皿を咲夜が新たに用意してくれたお皿に交換して貰うことにした。

「畏まりました」

 ――そういえば、

 わたしがこの館の住人となったのは、今からおおよそ100年前であり、その頃の

わたしは年齢は勿論容姿も今以上に幼く、祖父母も両親も既に他界しており、途方に

暮れていた。そしてそんなわたしは、気付けばこの紅魔の館へと訪れていた。そして

その時、わたしはこの館の主である、後に友人関係を築くこととなるレミィ……レミ

リアお嬢様からある1冊の本を手渡された。それが、今現在でもこのわたしが愛読書

としている魔導書であり、同時にはじめてお嬢様から頂いた生涯で最高のプレゼント

だった。

 ――プレゼント、ね。

「……随分と古くなったわね? この本も」

 読んでいたページを一旦閉じ、やや重みのあるこの本の表裏の表紙を交互に撫でて

みた。ザラザラという手触りは、今としてはとても懐かしく思える。それと同時に、

過去のわたしの姿が、まだ幼かった頃のわたしの姿が、脳内でフラッシュバックし、

 ――またのようね?

 時折思い返されるわたしの記憶は、ほんの一部を省き、とても素晴らしいものと

なっている。

 ――そう、

 ――ほんの一部を省いて。

 ――ね?

「咲夜」

「はい、パチュリー様」

「もしよければ、あなたも一緒に食べなさい? 作ったのはあなただけれど、とても

美味しいわよ」

「……では、お言葉に甘えさせて頂いて、1枚だけ」

 咲夜もその中からそっと指で摘まみ、ゆっくりと口へ運んでいった。

「……ええ、我ながら。確かに美味ですね」

 咲夜も咲夜で余程自信をもったらしく、目を細めつつ、にこりと柔らかく微笑んで

見せた。

 ――レミィではないこと、確かにこの子はとても可愛いわね。

「……わたしとは大違いだわ?」

「大違い。と、おっしゃいますと?」

「……いいえ、特に何でもないわ? 気にしないでちょうだい」

「……パチュリー様」

 一拍分の間の後、咲夜が改まったようにわたしを呼んだ。

「何かしら?」

 咲夜が口にした、を耳にした途端、わたしは心なしか、胸を強く

締め付けられる思いに駆られていた。

「もしもレミリアお嬢様がわたくしのお母様だとすれば、或いはあなた様の場合は、

わたくしのお姉様なのでしょうね?」

「――パチュリー、お姉様……」

 この子のその言葉をただの冗談だと捉えてしまえば、或いは受け流すことができた

かもしれない。けれど、そんな咲夜の言葉の端々からは、一切冗談というものは感じ

取れず、故にそれが大真面目なものであるということが読み取れた。

 ――まぁ元々、この子の場合は冗談を言うこと自体滅多にないのだけれど。

 ――でも、それでも、

「――流石にお姉様と呼ばれるのは少し抵抗があるわね。だからせめて、そうね? 

わたしと2人の時だけで。という条件付きでいいのであれば、あなたも私のことを、その、たまにならあだ名で呼んでみてもいいわよ?」

「……そうですか。では、失礼ながら――」

「――パチェ様」

「……」

「……」

「……むきゅん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る