第2話

たたん、たたん

規則的な音がしている。

それに最初に気付いたのは、誰だったのか。


 五人は、気が付くと、列車の中にいた。それは、彼らが知っている電車とは、明らかに様子が違っていて、それでも、どこかおかしな懐かしさを感じる列車だった。五人は、思い思いにそこがどこなのか、答えを探していた。立っている場所から動かずに、それぞれが、それぞれの視線だけで。そして、全員が気づいた。窓の外には、どこまでも広がる星空。それだけがある。

 それを見た時、一度に全員が叫んだ。


「銀河鉄道?!」


それからまた、しん、と、静かになって、

たたん、たたん、という規則的な音が、また、聞こえた。


「アヤカ、です。小学一年生」

気まずい沈黙を破って、片手をあげてそう名乗ったのはアヤカだった。

「バンリ。同じく四年」

アヤカの隣にいた、少年がアヤカに習ってそう言った。すると、アヤカが少年を見た。二人は視線を合わせて、小さく笑った。

「ダイスケだ。小学三年。よろしくな」

「エイタです。五年生……」

そう言った瞬間、アヤカとバンリが意外そうな顔をした。それを見たダイスケが一瞬ムッとしたような顔をしたが、エイタがダイスケの腕を取って、笑うと、ダイスケも笑った。

「カナ……です……えっと……ろ、六年……」

そう言った途端、全員が驚いた顔をした。それを見て、カナがびくっと体を震わせ、涙目になった。それを見て、エイタが、

「カナ、さん。大丈夫。僕も、」

と、小さな声で言葉少なに励ました。

「そうだよ。エイタなんか、オレがいっつも一緒にいるからさ。余計小さく見えて大変なんだぜ」

ダイスケがそう言ってけらけらと笑うと、カナもつられて少し笑った。

「でぇ、ちょっと聞きたいんだけどぉ、」

ダイスケが続けてそう言った。少しバツが悪そうに。そして、

「銀河鉄道って、何だっけ」

その言葉に、一瞬、沈黙が流れた。

「ダイちゃん、知らないで言ってたの?」

エイタがそう言うと、ダイスケは頭を掻きながらへへへと笑った。二人が仲の良い友だちなのだと、そこにいる皆が思った。

「銀河鉄道って言うのは、」

話し始めたのはバンリだった。

「宮沢賢治の童話、銀河鉄道の夜に出て来る蒸気機関車のことさ」

「でも、バンリ、」

そう言って、アヤカは少し照れたように笑った。バンリが同じように笑うと、

「何か、変な感じ」

と、小さな声で言った。すると、バンリも小さく、僕もだ、と、呟くように言った。そう言われると、アヤカは、こほん、と、小さく咳をして続けた。

「銀河鉄道は、基本、」

「そう、死者を天界へ運ぶ」

バンリがそう言うと、また、しん、となった。

「ちょっと待てよ、」

震える声でそう言ったのはダイスケだった。

「今、オレらが乗ってるのが、銀河鉄道ってやつで、その銀河鉄道は、死んだ人を乗せるってことだよな。って、ことは……」

「ダイちゃん、」

「オレら、死んだってこと?おいおい、冗談じゃないぜ、オレはもっともっとサッカー強くなってさ、プロになって、世界中を旅するんだぜ。。死んだらそれもできないってことだよな。どーすんだよどーすれば?ど……」

騒ぐダイスケの肩に手を置いて、バンリがにっこりと笑った。

「黙ろうか」

「……ハイ」

バンリの迫力に負けて、ダイスケは黙った。

「僕も、正直、これが現実だなんてまだ信じられない。君たちも、僕の夢の中の登場人物なのではという疑いを払いきれない。何故なら、今起きている事が非常に非、現実的であり……」

バンリが話していると、アヤカがつんつんと腕をつついた。

「多分、通じてないよ」

バンリが他のメンバーの顔を見ると、皆ぽかんとしている。バンリは一つ咳ばらいをして続けた。

「つまり、あんまり夢みたいな出来事だから、まだこれが現実だとは言い切れないって事さ」

「おお、それはそうだな。オレも夢なんじゃ?って思う」

そう言って手を打ったのはダイスケだった。エイタとカナも頷いた。

「そこで、仮に……ええと、つまり、これが現実、ということにして、話して行こうと思う」

「うんうん。そういう設定にする、ってことだな」

ダイスケも頷く。少しは分かりやすくなったようだ。

「そう」

アヤカも笑った。

「それで、ここに来る前に何をしていたかを確認したいんだ。僕とアヤカはパソコンでチャット……文字で話す電話みたいなものかな。大人がやるラインとか、そういうものだよ。それで、話をしていた」

「二人は前から友達なんだ」

ダイスケがそう言うと、アヤカとバンリは顔を見合わせた。ネット上だけの繋がりだったものを、どう表現すればいいのだろう。

「アヤカは、」

バンリは少し言い辛そうに言った。

「僕の同志で、ライバルだ」

そう言われて、アヤカはとてもくすぐったい気持ちになった。同志、ライバル。それはどちらも、アヤカを認めているからこそ出る言葉だ。

「私も、そう思う。バンリは、私にとって切磋琢磨……お互いに高め合っていける大事な友達」

「おお、いいな。ライバルとか、同志とか、友情とか。少年マンガの王道だよな」

「ダイちゃん、王道って言葉の意味、分かってる?」

エイタが突っ込むと、ダイスケは照れ隠しに笑った。どうやら知らずに使ったらしい。アヤカとバンリは使い方は合ってるけど、と、心の中で思った。

「そ、そうそう、オレとエイタは祭りの会場近くにいたぜ」

「会場、近く?向かっていた、とか?」

「うんまぁ。っていうか、祭りよりさ。な?」

ダイスケがエイタに目配せをする。

「ボクが、歌うのが好きで、その時も星空の下で歌おうって話に……」

後半、声が小さくなってしまったけれど、エイタはどうにか自分の言葉で話した。

「ダイスケも一緒に歌うの?」

アヤカの言葉に、ダイスケはにっと笑った。

「歌ってみようか?びっくりして列車止まっちゃうかもよ?」

「……ダイちゃん、オンチなんだよ……」

「まぁなー。だからこそさ。エイタがスゲーって思うぜ。オレにはリフティング百回やるより難しいからな」

「ボクはリフティングの方がすごいと思う……」

「そういうのもいいよね。方向性は違うけど、お互いに認め合えるっていうの」

アヤカがそう言うと、ダイスケとエイタはへへへ、と、笑った。

「で、そっちは?」

そう言ってダイスケが目を向けたのはカナだった。カナは最初の頃より少し表情が柔らかくなっていたけれど、それでも小さく、小さくなっていた。

 話を振られても、何も答えず、ただ、俯いて黙っていた。

「黙ってられると、分からないんだけど」

バンリがイライラするような声を出した。

「待って」

それを制止したのはアヤカだった。

アヤカは一年生。カナは六年生だ。カナが小柄なのもあり、また、背筋を伸ばして立つアヤカに対して猫背のカナは余計に小さく見える。二人は同じ学年のように見えた。

「絵、描くの好きなの?」

そう訊くと、カナはぱっと顔を上げてうんうんと頷いた。何も言わなくても、どうしてわかるの?と顔に書いてある。

 アヤカはカナの手を指さした。

「絵の具」

よく見ると、カナの手に絵の具が少しついていた。アヤカはカナに近づき、その手に触れようとした。すると、

「ダ、ダメっ」

そう言って、カナが手を後ろに隠した。それを見て、バンリがまたも不機嫌になる。

「おいおい……失礼じゃないか」

「待って、」

今度はエイタがバンリを止めた。

「カナさん。ちゃんと言わないと、伝わらない、よ?ボクもそういうの苦手だから、分かるけど、でも、ボクも頑張る。だから、カナさんも頑張ろう?」

「エイタ……」

確かに、エイタは今まで人に歌えることを話そうとしなかった。けれども、さっきは自分からそれを話した。エイタの中で、何かが変わろうとしている。それは、以前のエイタを知っているダイスケにしか分からない感覚だった。

「そ、そーだよ。ホラ、オレなんてあったま悪いからさ。色々気を回せなくてよく監督にも怒られるんだ。でも、めげない、ぞ」

そう言って、おどけてポーズを取るダイスケを見て、カナは少しだけ笑った。そして、それに後押しされるように、口を開いた。

「えと、その、よ、汚れる……から」

アヤカはその小さな声を聞いて、ふわっと笑った。アヤカもあまり人に拒絶されるのは好きじゃない。だから、カナの態度が不愉快でなかったわけではないのだ。しかし、カナの態度はアヤカを拒絶したわけでは無く、アヤカを心配してのことだった。自分が誤解されることもあるのに、アヤカのことを先に考えたのだ。そのことを知ると、アヤカの胸も痛まなくなった。

「大丈夫」

そう言って笑い、カナの手を、絵の具に触れないように持った。そして、顔を近づける。独特の匂いがした。

「油絵具……だよね」

「良く知ってるな」

「いとこのお兄ちゃんが使うんだ。でも、小学生で普通に学校では油絵具は使わないよね。ってことは、学校の授業とかじゃなくて……」

「絵を描くのが好きって事だよな!」

ダイスケが得意げに言った。それにカナはこくこくと頷く。

「で、絵を描いてたってことだよな!」

更にダイスケがそう言うと、カナは笑顔で拍手をした。すると、ダイスケはえっへん、と、胸を張った。

「だから、自分で言う練習しないと意味ないだろう」

バンリはまだ不機嫌そうだが、やれやれ、と、言って困ったように笑った。

「しかし、そうなると、僕らに共通点は見当たらないよな」

「パソコン。お祭り。絵描き……得意分野も、学校も、学年も違うよね。同じ人もいるけど、全員じゃない」

バンリの言葉にアヤカが続けた。

「そうなると、全くの偶然ってことか?」

そう言ったのはダイスケだった。その声に応えて、誰かが言った。

「共通点は、ある」

それは、そこにいる誰の声でも無かった。落ち着いた、大人の男性の声。その主を一斉にみんなが探した。

「あそこだ」

バンリが言った方向。それは、車両の出入り口近くの席。そこに、見慣れない人影があった。


「やれ」

男はそう言って、席から立ち上がった。そうして、子供たちの方を向いた。

 男は着物を着ていて、髷を結っていた。扇子で顔を隠している。細身で、年は子供たちにとって親くらいの年に見えた。

「初めてお目もじ仕る」

男がぱちんと扇子を閉じて、笑顔を見せた。

「水戸黄門の人だ!」

そう叫んだのはダイスケだった。

「間違いじゃないけど……」

苦笑いをしているのはアヤカだった。バンリはもう何か言う気もない様子で、頭に手を当てている。カヤとエイタはおろおろしていた。

「水戸の……ご老公様にござりまするな。あの方も大変気持ちの良い方で。殊に、あの革新的なものの考え方は私としても大変共感する次第……」

そう言うと、男はどこか遠くを見るような目になった。そして、はっとして扇子を開き、また顔を隠した。

「おっと、私としたことが」

男はそう呟いて、ふふふと笑った。そして、一つ息を大きく吐くと、子供たちの傍に近づいた。反射的にバンリとダイスケが一歩出て、他の子供を庇うような形になった。

「おや、頼もしい。しかし、そう怖がることはありませぬよ。少々お顔を拝見」

そう言って、男はその場に立ち止まり、じっと子供たちの顔を眺めた。

「ふむふむ。やはり」

何かをぶつぶつと言っている。

「で、おじさん、誰なんだ?」

ダイスケが聞いた。

「おじ……まぁ、確かに若い君たちにすれば、おじさんには違いない」

男はきまずそうに笑った。

「そうさな。風来山人とでも、よんでもらおうかな」

「長いよ」

「では、李山で」

「ならいいな」

ダイスケはなんだか偉そうにしているが、男、李山は楽しそうに笑っていた。

「じゃあ、李山さん。私たちの共通点って、何ですか?」

アヤカが聞いた。

「ふむ。それを話しているよりも、どうかな?我々の茶会に来る気はあるかね?」

「茶会?」

「そうすれば、その謎も解けるやもしれん。丁度、汽車が着くころじゃ。いやしかし、このじょうききかんとやらは、素晴らしいものじゃのぅ。ぺるりとやらが乗って来た黒船も基本の仕組みは同じということじゃな」

「おじさん。着いたよ」

何やら興奮気味の李山に、あくまでもおじさんと言い張るバンリは、冷たく言い放った。

「おお、いかんいかん。それでは招待して進ぜようかの。我らの茶会に」

そう言って、李山は子供たちを連れて、汽車を降りた。


「ある殿、れお殿、いや、お待たせした」

「おお、リザン殿か、何、こうして日本の緑茶とやらを楽しんでおりましたぞ」

「うむ。私はこの、以前貴公からお借りした、浮世絵とやらを楽しんでおる。この構図の取り方がなんとも興味深い」

李山について真っ白い空間を歩いていくと、一行は真っ赤な弦バラを纏わせた真っ白いガゼボを見つけた。その中に、白髪の男が二人、白い椅子に座っていた。一人は長い白髪に、ひげも豊かに蓄えていた。ローブのような、裾の長い服を着ている。もう一人の髪は短く、スーツを着ていた。二人とも、日本の物を手にして、キラキラとした目でそれを見ていた。そして、そのままの瞳で、子供たちを見た。

「おお、お客様だね。久しぶりだ」

そう言ったのは、アルと呼ばれた男だった。

「そうそう。我らの時よりずいぶん下った先の卵たちにござりますれば」

李山がにこにこと笑って答えると、レオも頷いて口を開いた。

「なるほどなるほど。これはまた良い目をしている」

おじさん、達は、囁き合って笑っていた。

「おじさんたち、ちょっと失礼なんだけど?」

「バンリ、ダメだよ、そんなこと言ったらあなたが失礼よ?私達よりどう見たって年上なんだし」

そう言って、アヤカはすっと前に出ると頭を下げた。

「初めまして。私の名前はアヤカです。一緒にいるのは……えと、」

何と説明していいか分からなかった。ついさっき会ったばかりだ。バンリのことは友と呼んでもいいだろうが、他の子はどうしよう。そう言ってもいいのだろうかと、アヤカは迷った。

「と、ともだ、ち」

そうしていると、カナが、絞り出すように言った。

「うん。友達!」

「だよな」

エイタとダイスケも同意する。そして、全員の視線がまだ答えないバンリに集まった。バンリはまだ、不本意そうにしていたが、少し気まずそうに笑った。

「袖触れ合うも多生の縁、ってことかな。オーケー、友達」

「よろしい。新しい時代の卵たち。我らのお茶会へようこそ」

李山がそう言うと、小さなからくり人形が5体、どこからか紅茶を持ってきた。

「席を用意しよう」

そう言って、レオがパチンと指を鳴らすと、どういう仕組みか、ガゼボがぱたぱたと音を立てて広がった。テーブルも大きくなり、椅子も用意された。

「ロマンチックな照明を」

アルがぱん、と手を打つと、ふわふわと浮かぶ小さな光る球が周りを優しく照らした。

そうして、

「お茶会ですよ」

どこからか、柔らかな女性の声が降って来た。

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