中編 魔女の箱庭

「最悪だ……」

「なにが最悪だ? アタシの顔を見て言ったよね? 文句ある? リーダーさん?」


 銀色のしっぽ髪を揺らす魔女である。

 ……魔女界隈では要注意人物であると言われていた。

 彼女自身が危険である、というわけではなく、とにかく気分屋で、面白そうであればどんな話にも乗ってしまい、場を『好き勝手にかき乱す』のだ。

 管理側からすると手綱を握れない……、好き嫌いではなく、やりづらい相手である。


 正式ではないがリーダーとして任されている彼女も、この魔女に関しては取り締まることを諦めている。……言って聞くタイプではない。

 注意をする頃には、既に彼女はいくところまでいっているだろうし、事前に注意をすれば、それをきっかけに興味を持ってしまうかもしれない……。

 藪をつついて蛇を出すことになれば、目も当てられない状況だ。

 事前に言おうが事後に言おうが結果は変わらないとなれば、言うだけ無駄である。

 あくまでもボランティアである彼女からすれば、無理して言うべき相手ではない。


「いや、別、に」


 ずい、と顔を近づけられて、引いてしまう……。

 背後に小柄な魔女がいることも忘れて。

 どん、とお尻が彼女に当たってしまった。


「あう」

 と、抱えていた小さなぬいぐるみをぼとぼとと落として尻もちをついた魔女がいた。

 黄色い大きなサイズの外套で身を包んだ、見た目年齢十五歳程度の少女である。


「あ、ごめ――」

「なんだこれ」


 銀色の魔女が、落ちたぬいぐるみを拾い上げる。


「牛か? 実際の牛はこんな丸くないだろ?」

「……デフォルメされてるから」

「でふぉるめ」


 バカの言い方だったが――どうやら彼女の興味がぬいぐるみに移ったらしい。

 ぬいぐるみを話題にして話し始める二人の魔女を見て、リーダーの彼女がほっと安堵する。


「……意外と気が合うのかしら」

「善悪がないからねえ、あの子……」

「別にいいんだけど……どうして参加者にあの魔女を入れたの? 実験そのものを壊されそうな予感もするんだけど……」

「それならそれで。……お利口さんばかりが集まってもつまらないものよぉ……」


 退屈は嫌いだ。

 人間がいなくなり、感じていたそれを、彼女も自覚しているからこそ、共感したのだ。


「そうね……。で、それが、実験の……――ただの『箱』? よね?」

「箱庭」


 顔を覆う薄い布の先で、妖艶な唇が歪んだ。


?」



 それぞれが与えられた箱庭の中で、人間たちを育て上げる……一つは大都市、一つは海に沈んだ都、一つはエンタメの総合所、一つは自然そのもの。


 魔女によって色が出るその育て方は、やはり箱庭一つでは発展に天井がある。

 なので最初から、提案者は頃合いを見て、箱庭を『繋げる』ことを計画していたのだ。


 実験開始から半年――、箱庭の世界は、随分と育ってきていた。

 そして、再び集まった魔女たちが、その箱庭を合わせた。


 空回りしていた歯車が噛み合うように、箱庭の世界に、変化が現れる――。



【箱庭世界】



「どこにいきやがったパトリクスッッ、オレらの大金を持ち逃げしやがってッ――くそあのガキがァ!!」

「今なら船長も許してくれる……だから隠れてないで出て……出てこいクソガキ!! お前をそこまで育てたの、誰だと思ってんだ、恩知らずめ!!」


 どたどたっ、と走り抜ける足音を確認した後、ゆっくりと箱の中から出てきた青年が一人。


「……恩知らず? 頼んでねえし……勝手に育てて道具みたいな扱いをしたのはあんたらだろうが……。がまんの限界だから船を出ただけだっての――恩なんかあるか」


 バーカ、と舌を出した青年が、抱えていた巾着を肩にかける。

 そこには船から奪った大金が詰め込まれていた……、カジノでぼろ儲けしたのだ、ちょっとくらい奪ったところで、彼らにとって痛手にはならないだろう。

 船を出るとなれば生活費がいる。少なくとも、金を奪う必要があったわけで……、そこに少しの色を付けたところで、罰は当たらないだろう。


 一応、船に置いてくれていた感謝はある。

 同時に、雑用をこなしていたこっちの労働力もあるのだ……それで相殺されるはずだ。

 拾って育ててくれたことへの感謝は……まあ、全財産を奪わなかったところを褒めてほしいところだ。


「さて……遠いところまできたなあ……」


 どこで生まれたのか知らないが、両親の顔も知らないパトリクスは、さっきまで乗っていた海賊船が家族であり、家だった。

 あくまでも生きるために仕方なく、手を組んでいる家族みたいなものである。……早々に本当の両親でないことは分かったのだから。

 本当の両親に会いたいかと言えば、ない。

 今更なのだ。

 今、父と母に会ったところで、恨みもなければ感動もない……どうせ相手も忘れているだろう。忘れたいことだろう……子供を捨てた、という事実なんて。


「島を出て、カジノで遊んで……で、ここ、大都市か――」


 生活するなら選択肢が多い大都市にするべきだろう。

 水の都でもいいが、移住するならまずはここで色々と世間を知るべきだ。

 とりあえず生活費はあるのだ、家を借りて、仕事を探さないと――



「あがッッ!?!?」



 パトリクスの視界で星が飛んだ……殴られた……?

 後ろから、硬いもので、ガンッ、と。

 ……見つかった? 連れ戻される!? と瞳を濡らす赤い血を見ながら思えば、しかしパトリクスを殴った相手は、落ちた大金を拾い、その場から去っていった。

 パトリクスを追ってきた相手じゃなかった……、一切関係ない、この大都市の路地裏に住んでいた、強盗……?


「……考えることは、みんな一緒かよ……っ」


 海賊から大金を奪ったように。

 生活に苦しむ者は、弱く、大金を持っている者から奪い取る。


 世界は弱肉強食だ。

 そしてパトリクスは、間違いなく弱者である。


「やべえ……大金もねえし、頭から血が出て……クソッ」


 目下、生活費が奪われ、海賊船から逃げ出したはいいが、屋根がある家へも住めない状況だ。……ろくな装備もない。身軽さを優先して武器も携帯していない。

 食糧もなく、当然ながら隠し持っていた金もなく――完全に詰んでいる。


 このまま血を垂れ流して死ぬのだろうか……、そう諦めかけた時だった。

 カツン、カツン、という――やけに響いて聞こえる音だった。



「あまり、干渉するべき、ではないんだけど、ねえ……」

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