魔女とバグと箱庭計画

渡貫とゐち

前編 ある魔女の企み

 厄介ごとを引き起こし、私欲にまみれ、他者を利用する『人間』は、世界にとって不要である……と結論を急いだのは失敗だった。

 それに気づいた時にはもう既に遅く、後の祭りだった。

 人間がいなければ、新しいものが生まれない。

 厄介ごとであろうとも、世界に変化を起こしていることに変わりなかったのだ。

 破壊と創造……、そして生まれた『技術』を悪用するにせよ――。

 だが、それで使い方に幅が広がるのであれば、否定するのももったいない。


 視野が広がる。

 人を殺す力を持つ道具は、生活を助ける便利な道具にもなるのだから。

 逆に言えば。

 便利な道具も、必ず人を殺す一端を担うことができるということでもある……発想力だ。


 想像力。

 たとえ小さなものでも、人間の発想力で必殺の武器になることもあり得る。

 ……それを恐れたのか?

【魔女たち】は。

 近い将来、魔女を殲滅する必殺の技術を得て、襲い掛かってくることを恐れて――。



「ねえ、リーダー……面白い実験、してみないー……?」

「……私、別にリーダーじゃないんだけど……」


「うそ、でしょ……? あれだけたくさんの魔女を、指揮しておいて…………自覚なし……?」

「それは……っ、ほとんどの魔女が規律ルールを破って好き勝手やってるからでしょ!? 憎まれ口を叩かれてるのは知ってるわ、陰口を叩かれてることもね! 幸い、魔法で呪いをかけられることはないけど――」


「リーダーはぁ、呪いをかけられても、打ち消せるものねえ……」

「違和感に気付ければね……まあ、呪いをかけたのだとしたら、ルール違反よ。その子は裁かれるべき『悪魔』よ、委員会に報告ね」


「慈悲がないわぁ……」

「人を呪おうとする子に慈悲をかける余裕はないのよ……っ」


 別に、任されてリーダーを務めているわけではない。

 誰もやらないから、善意で行動しているだけだ。

 これについて、見返りなんて求めていないし、上に媚を売っているわけでもない。

 ただ、そう見られても仕方ないとは思うので、嫌われていることに文句は言わないが……。


 自覚してやっている。

 嫌われることはもちろん嫌だが、それ以上に、ルールを破る行為を見逃す方が、彼女からすれば気持ち悪かったのだ。


「リーダーって、損な人よねぇー」

「うるさい。損得で生きてるわけじゃないし……ところで、なにか用なの?」


 向き合う魔女には年齢差があった。片方は十九歳、片方は二十四歳ほどに見える……実年齢は不詳であるため、見た目から推測される年齢だ。

 実年齢は、本人にさえ分からない。


「実験、しちゃおっ」

「実験?」


 ぎぎぎ、と建物が軋む音が響く。

 外は嵐だ……、今日は昨日よりも荒れそうだが……一昨日よりはマシかもしれない。

 思い返せば、毎日が嵐だ。


(魔女が魔法を好き勝手に空に放ってるせい、よね……。そりゃ地面に穴を空けるよりはいいけどさ……、こうも毎日、嵐が起きているんじゃ、こっちの方がマシとも言えないわよ)


 たかが悪天候、とも言えない。

 この悪天候がきっかけで、世界に不具合が生じ始めてもおかしくはないのだから。

 分かっていても、でも、一介の魔女にはどうしようもないことだ。

 立場がなければ代替案もない。

 そんな魔女の言うことなど、誰が聞くのだ?


「実験、か……」


 この嵐で、二人がいるこの建物が吹き飛ばされることは、あり得ない話ではない。

 建物の老朽化に関して、魔法による一時的な補強はできるものの、建築技術は魔女たちにはない。だから建て直すこともリフォームすることも危なくて出来なかったのだ。

 人間が滅んだ弊害が、こんな小さなところで牙を剥いてくる……、まあ、魔女もバカではないので、人間が残した書物を読めば、勉強できないこともないのだが……。

 なまじ魔法で不完全ながらも解決できてしまうとなると、努力をしない魔女が多い。


 ルールに厳しいリーダーでさえ。

 ……机に向かって勉強することは苦手としているのだ。

 魔法や呪いを学ぶのとは違うのだ、知らない世界の知らない技術を一から学ぼうとすると、消費するカロリーが違う。着手する以前に、やる気が起きないのが最大の難点だった。

 どうして人間にはああもたくさんの国がある? そして言語と文字がたくさんあるのだろうか……。中でも『日本』はひらがな・カタカナ・漢字があり、同じ言葉でも意味が違うものがあったりして意味が分からない。

 挑戦する心を折るには充分な難易度だった。

 一朝一夕では身に付かないことが早々に分かる。


 その日本の言葉を、じゃあ他の国の言葉で翻訳していたらどうだ? ……それも結局、翻訳した言語を覚えなければならないことには変わりない。難易度は下がるものの、消費カロリーが大幅に減ったと言えば違うだろう……大差はないはずだ。

 大差がなければ、苦労は大して変わらない。

 適材適所、という言葉がある……、魔女から毛嫌いされている日本の言葉なのだが……。


 つまり人には向き、不向きがあるので、『向いている人』や『それをするのが好きな人』に任せてしまい、自身が苦手なことは、それを得意としている別の人に任せるべきだ、という考え方だ。


 リーダーがリーダーをしているように……(鬱陶しいと思われているらしいけど)。

 だから建物の補強も誰かがやるだろうと、『全員』が考えてしまっているために、やろうとする人材がいないのだ。魔女の一長一短の『短』は、みな同じだった……。

 長所がなければ適材適所は機能しなくなる。

「誰かがやるだろう」は、誰かがやらなければいけなくなることで――。

 その損な役回りは、きっと巡り巡って自分にくるのだろうなあ、と辟易するリーダーだ。


 リーダーとは、目立つ役回りだ。

 誰にする? とみなが考えた時に、白羽の矢が立ちやすい。

 なぜなら記憶の最前列に、強い印象を持ち居座ってしまうのだから。

 ……鬱陶しいと思われていれば尚更、嫌がることを任されやすい。

 まあ、こっちも相手の嫌がることをしているわけで……(ルール違反をしているのは相手なのだけど)、報復されるのは仕方ないか。

 背後から刺されるよりはマシかもしれない。



「あら、実験に、興味津々……?」

「嫌いじゃないわ」

「やってみたい、って言えばいいじゃない……すなおじゃなーい」


 頬をつんつん、とされ、露骨に嫌な顔をする。

 二回、三回でやめると思えば、ふへー、と楽しくなった年上の魔女が、頬をつつくどころかつまんで左右に引っ張り出した。


「やわかーい」

「はひひへる!!」

「え、愛してる?」

「なにしてる!! 愛してるなんて言ってねえわ!!」


「そうよねえ……あなたの『彼女』は、あのぬいぐるみの子だもんねえ……」


 ぬいぐるみの子。

 正確にはぬいぐるみに囲まれた子だが……二人が想像する魔女は同じだった。


「それも勘違いがあるでしょ……好きだけどさ」

「じゃあ、その子も実験に誘っておいて」

「え?」


「四人くらいが必要になる実験、なのよねえ……多くしちゃうとねえ……あとで繋げた時に、色々と管理もしづらくなるだろうし……じゃあ、よろしくねえ――」

「ちょ、ちょっと! 参加するとも言ってないし、そもそもなにをするのか教えろぉ!!」

「ないしょ」


 と、薄く黒い布で顔をやや隠している魔女は、実験の内容まで隠していた……怪し過ぎる。

 なんだか厄介なことに首を突っ込んでしまった気がするが……、断ってもペナルティがあるわけではない。いざとなれば丸投げすればいいだけだ……。

 ただそうなると、空いた穴を埋めるために別の魔女が入るわけで……、自身が嫌悪を示し、投げ出した実験に他人を巻き込むくらいなら、自分が居座り続けて管理した方がいい……?

 と、リーダーらしい思考回路に苦しむ彼女は結局のところ、


「はあ……いいわよやるわよ、最後まで責任を持ってね!!」


 とりあえず、彼女が最も仲が良い、ぬいぐるみに囲まれた少女を誘い……、

 四人、必要だと言っていたが、あと一人は目星がついているのだろうか。

 願わくば、操りやすい魔女であると助かるのだが……。

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