「缶コーヒーでも飲むか」

自販機で飲み慣れた微糖のコーヒーを買う。


熱すぎる缶を指先で掴みプルタブを起こすと、ブラジルだかエクアドルだかの豆の香り。そのまま一気に半分近く飲む。


「――…。」


口に広がる甘み。熱が胃に向かって下る。力が抜ける。思わず君が漏らした吐息は、ぴりと冷たい空気に白くもやになって消えた。


冷めきる前にともう一口。


思ったよりずっと緊張しているらしい。


それもそのはずだ。そもそも君は、誰かと二人きりで何かをする体験自体に乏しい。休日はあまり外に出る方ではないし、仕事場での付き合いも良い方ではない。幸い同僚には恵まれており、週末の夜には街へと誘われていた時期もあった。だが毎度、曖昧な返答をする君を、周りの人間は「あまり乗り気ではない」と判断したのだろう。やがては声をかけられることもなくなった。


君自身は決して酒が嫌いではない。だが単に大人数でコミュニケーションを取りながらの会合が苦手で、これは学生時代から変わらない君の性分だ。だが誘われなくなったらなったで、どこか寂しさを覚えている自分もおり、どうにも虫のいい性分である。


そんな君にも、幼少の頃から付き合いのある友人は数名おり、飲みに行くとすれば、もっぱらその連中とだった。だが年を重ねるに連れ、その機会は減っていった。身を固める者。休みが合わない者。単純に、面子に飽きた者。一人、また一人と集まる人数は少なくなり、この夏の連休などは、集まったのは君ともう一人だけだった。


とはいえ、友人は多ければ良いというものではない。たった一人でも深い付き合いのある者がいるなら、それで満足だ。


そう思っていた君にとどめを刺したのは、そのもう一人の結婚の知らせだった。


いよいよ、一人になる。


さすがの君もこれには焦りを覚えた。しかし、これまでずっと人と繋がろうと自ら動いた経験のなかった君は、どうすればいいか分からなかった。そこで浮かんだ妙案が、流行りのマッチングアプリと言うわけだ。


聞けば、その友人もマッチングアプリで出会い、結婚にまで至ったという。とはいえ、君にとって結婚まで考えるのは勇み足が過ぎる。だがそもそもが他者との付き合いを求める者が集う場ならば、繋がりを得るには持ってこいだろう。


そう考えた君は、善は急げとアプリをダウンロード。安くない月額料金を払い、そして今日、対面と相成った。


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