第8話
「説明して」
シーは語気を強めたまま、然し冷静な声で返した。いや、背中越しで見えないが、表情が多少強張っているだろう。声がやや硬い。
井ノ元も原部も
まだ瞬きをしていない村山は、老人のようにちんたらと喋り出した。
「この期末試験前最後の練習日でした。練習が終わって、家に帰ろうと学校を出て歩いてる途中に、部室に忘れ物をしたって気付いて引き返したんです。歩き出してすぐに気付けたから、戻るのにそんなに時間はかかりませんでした。バンドメンバーで徒歩通学は俺だけで、他の奴は電車通学だったから、先に帰って貰いました……」
乾燥により赤くなって来た村山の目から、うっすらと涙が滲む。
誰も村山の異様さを指摘出来ない。いつの間にか場を支配しているのもシーの怒気から、村山の異様さへ塗り替わっている。
村山の下瞼から、滲んだ涙がどろりと零れた。
「もう一度門を
瞬きしない目からじわじわ涙を流し続ける村山は、頬をすっかり濡らしている。
キイは
キイとシーをここから引き離さないと。何がスイッチだったのか知らないが、今の村山は明らかに異常だ。
村山はシーを真っ直ぐ見て喋り続ける。
「でもそこにいました。私は見ました」
シーは素早く井ノ元へ視線を寄越して尋ねた。
「肝試しに行った廃旅館の名前は何」
井ノ元は急に声をかけられてなのか、シーの胆力に驚いたのか、肩を竦めるも即答する。
「う、うぐいす旅館」
「また
シーは言いながら俺達へ向き直り、素早く渡り廊下へ歩き出した。俺とキイを促すように向けられた目には、これ以上付き合うのは危険だと警告する光も宿っている。
俺はキイを連れ、シーを追おうと身を翻した。その視界の隅に、
何故瞬きをしないんだ。まるでシーの姿を焼き付けるように開かれ続けた目はもう真っ赤になっていて、血の詰まったボールのように村山の顔に収まり、頬は涙が照り返す照明で光っている。
堪らず息が止まった。
村山はぬっと右腕を突き出す。その先の五本指は蒸し暑い空気を滑らかに掻き分け、遠ざかるシーを捕まえるように左肩へ伸びた。
俺は咄嗟にキイを渡り廊下の奥へ押し出しながら、村山の右腕を払い飛ばす。そのまま足早にキイとシーへ追い付くと村山を注視したまま二人の腕を掴んで、引き
村山は
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