第7話


 ここは率先して喋った奴からシーの機嫌を取れるんだが、知ってか知らずか井ノ元が口を開く。


「……き、肝試しに行こうって段取りをしたのは俺だよ。暇だから何かしようぜってなって、学校の近くでそういう場所無いか調べたら、この写真を撮った山にある廃旅館が見つかったから夜に行く事にしたんだ。それまでただ待ってるのもつまんねえから、そういや軽音には幽霊が出るって聞いて、久我くがと村山に頼んで部室の鍵借りさせたんだよ。テスト週間入ってるから部の練習は休みになってるし、忍び込んでも他の部員と鉢合わせる心配も無いからって」


 井ノ元は久我くがと村山へ顎をやった。揃って同期の中でも、特にモテたくて始めたんだろうなって奴が集まったバンドに所属してる。運動部みたいに日焼けしてるから、練習も大してやらずに遊び回ってるんだろう。井ノ元を引きってここに来た時にこの二人を見て、まあこいつらやりかねないと呆れちゃいたが。


「モトを誘ったタイミングはいつ?」


「部室に忍び込む前。どうせそれ終わったらまた暇になるし」


「本当はモトに頼んで私を誘う気だったらしいってモトが言ってたそうだけれど」


「それは俺じゃねえよ。久我と村山がやった」


 シーは視線を久我と村山へ切り替えた。


「モトはビビりだから普通は一緒に行くなんて言わない筈なんだけれど、そんなに何度も頼んだ?」


 村山は目を逸らした。久我もそれに続いて沈黙しかけたがもごもごと、「いや、まあ……。俺らとしては、そんなにガチでやってたつもりでは無かったけど……」。


 シーは視線を一番喋る井ノ元へ戻す。


「モトの様子はどうだった?」


「まあ、しゃあなしで付き合うって感じだったけど……。悪かったと思ってるよ。その写真をそこの子に送ったのもきっと、しつこく俺らに誘われて腹立った仕返しだって。しゃあなしでって態度以外は、別に変な様子じゃなかったし」


「モトは足立に対して何か怒ってた?」


 井ノ元は意外そうに少し目を丸くする。


「足立? いや、別に。彼女いるんだから誘うなら彼女誘えよって言ってたぐらいかな」


「足立は守谷を誘わなかったの?」


「勉強したいからって断られたってよ」


 当たり前だろテスト一週間前なんだから。


 ぶつけたくなる文句を堪える。


「つまり、モトがあなた達に対する不満を発してたのはその時だけだったって事? 肝試し中は?」


「肝試し中は寧ろ、早く帰りたいからさっさと終わらせようって言ってた。あいつもビビってたしな」


「ならこの写真に、昨日こういう加工をしそうな態度には見えた?」


 シーはスマホを操作すると、守谷や今こいつらに見せている足立を肩辺りまでしか映していない写真から、キイに送られたままの首無し写真へ切り替えた。


「本当はこっちの形でキイに送られて来たの。何でモトがこんな事したか、心当たりは無い?」


 原部が露骨に馬鹿馬鹿しそうに顔をしかめる。


「何だよこりゃ。加工じゃねえか。お前らこんなんにマジになってんのかよ?」


「心当たりはある? 無い?」


えよ! ったく、ちょっと声かけようとしたぐらいで今頃ムキになって来やがってよ、軽い冗談じゃねえかナンパぐらい誰でもやるだろお堅い奴だな!」


 全く怯えないシーに逆上したのか、今にも暴れ出しそうな勢いで気色ばむ原部を井ノ元が窘めた。


「おいデカい声出すな。もし先生に見つかったら怒られるのは俺らの方なん……」


 それまで俯いて押し黙っていた村山が零す。


「軽音部の幽霊だ」


 シーも村山へ視線を寄越したのか、そちらへ微かに頭が動く。だが村山は俯いたままで怯えていた。……首無し写真を表示しているシーのスマホを見ているのだろうか? シーの手元を凝視している。


「説明して」


 シーが冷気の増した声で促した。


 だが村山は動かない。聞こえていない筈は無いが、無視しているとも思えない程夢中でシーのスマホを見ている。


 場違いな沈黙がやって来た。気味の悪い静寂が、俺達の喉元まで這い寄って来る。


 それを払うように、シーは少し語気を強めて呼びかけた。


「村山」


 村山はびくり肩を震わせる。いや、本当に今気付いたのか? 目の前の人間に呼ばれたんだぞ?


 村山は、シーのスマホを凝視し始めてから瞬きをしていない眼球をシーへ向けた。どうしてか俯いたまま。


 ……気持ち悪い。


 キイは村山の異様さに慄くように、半歩後退った。


 村山は焼けた肌に不釣り合いな、いつの間にか血色の悪くなっていた顔を依然俯かせたまま、その所為で上目遣いになった視線をシーへ向けてのろのろと口を開く。


「副部長って、幽霊って信じます?」



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