第9話
教室に引き返し置いていた鞄を掴んだ途端、キイは堪えていた恐怖を爆発させるように俺達へ叫んだ。
「何あの人絶対ヤバいよ!」
俺も自席の鞄を取りながら二人へ促す。
「兎に角離れよう。さっきの解析サイト調べなきゃいけねえし、職員室行けばあいつらも妙な真似しねえって」
「守谷にあの四人に近付かないよう連絡する」
既に楽器ケースを背負い鞄を提げて歩き出したシーは、右手のスマホを耳に当てながら廊下に出た。態度は表面上殆ど普段と変わらないが、歩く足がいつもより大股で速い。焦っている。
俺とキイが慌てて追い付くと、シーは電話で守谷と話し出した。
「守谷? 私。さっき呼び出したあの四人には暫く近付かないで」
シーは言いながらハンズフリーにして、俺達にも会話が聞こえるようにする。
途端に困惑で低くなった守谷の声が聞こえた。
「……殴られそうにでもなった? 声怖いよ」
「村山の態度がおかしかった。そのまま鉢合わせないように帰った方がいい。今から守谷の荷物持って行くから、玄関近くのトイレに入って隠れてて」
シーは差しかかっていた守谷のクラスに入ると、慣れた様子で守谷の席へ直進し、鞄を左脇へ抱える。右手は電話、左手は既に自分の鞄を提げてと歩き辛そうになりながらお構い無しに行こうとするシーへ、俺は腕を伸ばしシーの鞄を持った。
シーの物々しい言葉と緊張した声に何かを察知したのか、守谷は問いたい事が山のようだろうに口にしない。
「分かった。学校から離れたら説明してくれるって事ね?」
「そう。今私達も向かってるから」
「なら玄関出てコンビニで待ってるよ。トイレで籠城は勘弁」
「分かった。一旦切る」
シーが右手を下ろした時、
シーが例のサイトを表示させようと操作を始めたのを見て、キイが職員室のドアをノックして開けた。
「失礼します。柿本先生いらっしゃいますか?」
室内の先生が一斉にこらちを向く中、のんびりとした中年男性の声が「おー」と応じる。声を頼りに姿を探すと、俺達が気付くよう片手を挙げた柿本先生が手招きしていた。うちのクラスを担当する英語教師だ。
キイは柿本先生に見つけた途端、飼い主に気付いた大型犬のようにどたどた走り出す。
「柿本先生ぇ! ヤバいよお!」
「そーか補習は精々頑張るんだな」
柿本先生は中年太りで丸くなった腹を
一番に柿本先生へ辿り着いたキイは、両手で柿本先生の腹をぺちぺち叩きながら言い返した。
「違うよテストじゃなくって! ヤバいんだってマジで!」
「国語もやった方がいいぞお前」
何を喋ってんだと言いたげに眉を曲げる柿本先生へ、代わりに俺が説明する。
「ちょっと英語で質問があるんです」
「お?」
今度は感心するように目を丸くする柿本先生へ、シーがスマホを見せながら頼んだ。
「このサイトの英文を読んで、私の和訳が合ってるか確かめて欲しいんです」
シーのスマホには先程の、加工検出サイトが表示されている。
シーにスマホを渡された柿本先生は、サイトを見るなり目を丸くした。
「何だこりゃ海外のサイトか? えー何々……?」
シーが俺から説明を引き継ぐ。
「ヘルプページを開いて下さい。使い方が説明されています」
柿本先生は操作すると、現れた英文を黙読し始めた。
「そこに、検出した画像に加工がされた部分があったら着色して表示されるとあると思うんです」
柿本先生はスクロールしながら口を開く。
「おー……。あるある。よく訳したなあ。お前がやったのか?」
俺とキイは息を呑んだ。つまりさっきの解析結果は正しかったって事か?
シーは冷静に応じる。
「いいえ。文章を小分けして翻訳サイトにかけて、意味が通らない部分だけ辞書で」
「いーや大したもんだぜ。偉い偉い」
「なら、今からこのサイトを使ってみるので、間違っている部分があったら指摘してくれませんか」
シーは柿本先生へ右手を差し出すと、スマホを返すように促した。柿本先生が応じると彼の隣に回り、俺とキイにスマホがよく見えるよう近付けと目配せする。
シーは俺達三人がスマホに注視しているのを確かめると、例の写真をサイトへアップロードした。瞬間的な時間の作業とは言え、柿本先生の目にも首無しになっている足立の姿がしっかりと焼き付く。
「おいっ? 何だ今の?」
「拾いました」
「いやいや、今の顔、うちの生徒の写真じゃなかったか?」
答えないシーを援護するように、解析結果が記された表が現れた。シーは
「この表の意味は分かりますか?」
「お? おぉ……」
柿本先生は、表の英単語を読み取ろうと目を凝らしたが顔を
「いや。単語自体は読めるが専門用語だな。知識が無いと意味を汲み取れねえ。Error Level Analysis……。この、ELAってとこ押してみろ。今解析かけた写真に直接、加工部分を着色して表示してくれる筈だ。これなら素人でも見れば分かる」
柿本先生は、シーが踊り場で話していた手順をなぞるように、表に表示されているボタンを押すようシーへ促す。
つまり今の所、シーはこのサイトの使い方を正しく理解出来ていたという事だ。ならあの首無し写真は、本当に本物?
村山の様子がおかしくなってから早鐘のように脈打っている心臓が、更に強く胸を打つ。
いや、馬鹿な。そんな事ある訳無い。テレビじゃないんだもう令和だぞ? 写真の加工なんて誰でもやってる。自撮りなんて盛るのがマナーみたいなものじゃないか。本物より偽物が出回ってるのが今時だろ。
そうだきっとモトの度を越した冗談だ。ただ、後で怒ってやれば済む話なんだよこれは。まだそういうオチじゃないと、今から現れる結果をどんな顔して見ればいいのか分からない。
俺の胸中など知る由も無いシーは、
柿本先生とキイが凍り付くのが、動かせない俺の目の端に映る。
「ありがとうございました。失礼します」
シーはスマホをしまいながら、足早に職員室を後にした。
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