第2話


 俺はついシーの言葉を繰り返す。


「足立?」


 誰だそいつ?


 キイは目を丸くして驚いた。


「うっそよく分かったね!?」


 シーは怒りが収まっていないようで、しかしあくまで冷静に答える。


「背格好と服装が、最近見た時と全く同じなのと、ネックレスが守谷が贈ったものと一緒だから。このネックレス、買いに行く時付き合ったから間違い無い」


 シーは言いながらキイのスマホに手を伸ばし、写真を首無しの男子高校生へピンチアウトする。そうがさつな性格では無いのだが怒りの所為せいだろう、ぐんと勢いよく拡大された首無しはネックレスを中央に置くように画面を占拠するも、頭が無い首までアップになってぎょっとした。アクセサリーにも詳しくないので、刃物で切り落とされたように鋭利な切断面を晒している首へ嫌でも目が行く。


 シーはピンチアウトの指を離すと、首など眼中に無いようにネックレスを注視して確信した。


「やっぱり。足立だよこいつ。誰がやったのこれ」


「いや待てって。足立って誰だよ」


 シーは顔を上げず、写真を見るのに夢中で俺にべったり貼り付くようにもたれかかっている事にも気付いていない様子で即答する。


「守谷の彼氏。私も別に仲いいって訳じゃない。私は守谷とバンド組んでるから、そのついでに覚えてるだけ。名前以外で足立について知ってると言えば、守谷と同じクラスって事ぐらいかな」


 守谷ってその守谷か。


 俺もシーも軽音部だが、部員の恋人が誰かまでなんて知らないので気付かなかった。守谷と言えばモトと同じクラスだから、モト、守谷、足立の三人は、クラスメートって事になる。


 キイはうんうんと大きく頷く。


「そう! この首が無い人足立! だからモトくんが、足立を加工して首無しにするなんて悪戯する訳無いよ! 足立の彼女って守谷ちゃんだし、守谷ちゃんとシーちゃんって同じバンドでドラムとベースだから、マジで仲よしっていうか多分そんな事したら見つかり次第シーちゃんに半殺し……」


 勢いのあったキイの言葉がどんどん小さくなって消えたのは、シーがじっとキイを睨んでいたからだった。


 シーは大股で一歩踏み出すと右の拳を振り上げ、左手でキイの胸倉を掴む。


 余りに躊躇い無いその動きに、キイは真っ青になって引きった笑みを浮かべた。


「ぐあああああ違う違う違うモトくんじゃないし私でもないですぅ!」


 俺はシーの襟首を掴んで引き寄せる。


「こら」


 引きられたシーは怯む事無く冷たい怒気を纏ったまま、口を結んで見上げて来た。


 襟首を掴んだまま教えてやる。 


「この写真を作ったのはキイじゃねえよ」


「なら誰」


 当然来ると分かっていた問いに肩を竦めた。


「それが誰でも無いんだとさ。天然モノだ」


 案の定シーは怒りが消し飛びぽかんとする。


「は?」


「ってモトくんからメッセ付きで送られたんだもんこの写真!」


 シーに殴られる寸前だったキイは冷や汗ダラダラになって、俺達にスマホを突き出した。……さっきシーが現れた時にぎょっとしていたのは、この未来が見えていたからだろうな。


 キイは、俺とシーが短い遣り取りをしている内にメッセージアプリを立ち上げており、モトから首無し写真を送られるまでの遣り取りを表示していた。


 俺はシーを放すと身を乗り出し、その画面を注視する。だがシーがキイのスマホを取ってしまったので、内容を確かめる前に視界から消えてしまった。


 窘めようと見下ろすと、いつもの無表情に戻ったシーはキイのスマホで何やら検索している。メッセージアプリはうに閉じていた。


 シーは操作しながら言う。


「文字じゃ無加工の証拠にならない。画像の加工検出するサイト使って確かめてみる」


 あっさりスマホを取られてぽかんとしていたキイは、我に返った所でのシーの言葉にまたぽかんとした。


「えっ? そんなのあるの?」


「ある。使った事もある」


 シーは言っている間に俺も初めて見た英語のサイトを開くと、メッセージアプリから引っ張って来た首無し写真をそこへアップロードする。俺とキイは食い入るように画面を見ていると、そんなに経たない内に英単語がびっしり書かれた表が現れた。


 シーは口を開く。


「解析終わった。その前に説明していい?」


 俺は表を指した。


「何て書いてんだ?」


「さっきの写真の情報。理解するには専門知識が要るから私も知らないしほっといていい。素人でも分かる結果の表示方法がある」


 シーは表示しているブラウザのページを、現在のページから二枚目へ切り替える。そこには一枚目と同じサイトが表示されており、操作しながらコピーしておいたらしい。サイト内のアイコンをタップするとヘルプページらしきものが開き、シーは慣れた調子でスクロールしながら話し続ける。


「ここに使い方が書いてるけれど、解析された画像にもし加工があった場合、加工されてる部分を着色して表示させる方法がある」


 シーはスクロールをやめた部分には、真昼の海中を泳ぐ魚群の画像があった。解析を受けると画像は真っ黒になっていて、魚群の一部分だけ赤紫に染まっている。


「だから結果の表示を、さっきの表じゃなくてこの画像の形に切り替えればいい」


「ちょ、ちょっと待って! もし本物だったらヤバくない!?」


 キイがシーの腕を掴んで操作を引き留めた。


 シーは眉一つ動かさず尋ねる。


「どうして?」


 キイは気持ちの言語化に苦しんでいるように足踏みした。


「いや~だってこういうのって本物だったら見ない方がいいって言うしぃー……。呪われるとか言ってさあ! ほらあるじゃん、聞くだけで呪われるから封じられてる怪談とか都市伝説とかぁ!」


 俺は信心深いキイを安心させようと笑いかける。


えってそんなの。きっと結果もそう出てるよ。全部モトの冗談だって」


 どうせモトの悪ふざけだ。この通り真に受けるキイじゃなくてシーに写真を送っていたら、今まさに実行されようとしているように即解析をかけられてあしらわれ、こうして会話の種にもなっていない。


 シーは俺の言葉に頷くと、一枚目のページに切り替えた。難しい英単語が並ぶ表を閉じ、画像で解析結果を表示させる。現れた解析後の画像の真偽を確かめるべく、俺達は口を閉ざして目を凝らした。


 やってきたばかりの静けさが蝉声せんせいに呑まれる。その騒々しさに、体感温度が二度は上がった気分になった。その蒸し暑さに鬱陶しさを覚える余裕も無い程、画面に釘付けになって俺は呟く。


「……真っ黒だ」


 何も着色表示されていない。


 真っ青になっていたキイが零す。


「やっぱり軽音部の幽霊なんだ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る