【完結】怪奇定義
木元宗
第1話
多分真夜中だろうどこかの山中で、一人を除いて全く首が落ちていない五人組の男子高校生が、こちらに向かって横一列に並びピースしている。皆嬉しそうに笑みを浮かべていた。一番左端の誰かを除いて。
これでもうすぐ夏休みだ。そう期末試験からの解放感に浮かれ始めていた俺の目を覚まさせるには、十二分に衝撃的なこの写真を持って来たのはキイだった。活発な、遊びに行くのが好きな女子で俺の友達。暑くなって来たので、長い髪を後ろで一つに結んでいる。
ただでさえ何の説明も無く、教室からこの人気の無い階段の踊り場へ連れ出されているのでどんな顔をすればいいか分からない。
キイは、さっきの数学のテスト直前にヤマポイントを尋ねて来た時以上に緊張を滲ませている。こちらの息まで詰まりそうなぐらい。それでもどう反応したらいいか分からず、写真の不気味さに硬くなった声で尋ねた。
「……何だこれ?」
写真が表示されているキイのスマホを指す。
「お前が撮ったのか? どこで撮った? つか映ってる奴にうちの部員が混ざってんだけど、どういう集まりなんだ?」
最近撮られたのか全員夏らしい私服姿なのに男子高校生と断言出来たのは、被写体の中に俺と同じ軽音部の奴がいたからだ。所属バンドは違うが、話した事なら何度かある。
キイは、周囲に人がいないか目配せしながら背を丸めると、声を潜めた。
「本物だと思う?」
俺は、キイへでは無いが少しむっとする。
「……悪趣味だとは思うぜ。隣で首の無い人間がピースしてて、平然としていられる人間なんていねえし、断面から出血してないのもおかしい。加工だろ? これ、ドッキリか何かか?」
部員の顔を確かめようと写真へ目を落とした。部を性質を知ってるなら、こんな冗談は絶対しない筈なんだが。
「これ度を越してるだろ。シーが知ったら何て言うか……」
「撮ったのはモトくんだよ。一週間前、写ってる人達と一緒に肝試しに行った時に撮ったんだって」
「えっ、モト?」
思わず声が大きくなる。
隣のクラスの友達だ。よくキイと一緒に遊びに行ってるお調子者な男子。遊びの為の資金集めのバイトに熱心で、学業はそこそこ。でも肝試しなんて行くような度胸は無い。一人でホラー映画観れないビビりだから。
「何であいつが? 付き合い?」
キイもモトの性格を知っているので、可哀相に思ったのか眉根を寄せる。
「まあそんな感じ。ほら、私達ってシーちゃんとよく遊びに行くじゃん? モトくんがその
「何で代わりに肝試し?」
キイは少しむっとした。
「……それがこの写真の人達、そもそもシーちゃんを上手く誘って肝試しに行くつもりだったんだってさ。下心見え見えだからモトくんも断って、なら代わりに俺が行ってやるって付いて行ったんだって」
俺も腹が立って、乱暴に後頭部を掻く。
「何だよこいつら。つか何でモトも変な所で意地張って……」
「またシーちゃんを誘う口実に使われるぐらいなら、一回行っちゃった方が諦めが付くだろって。同じ所に何回も肝試しに行くなんて、ちょっとしないし」
「あー……。成る程な。そんなオカルト好きなら女子がいようがいまいが勝手に楽しんでるだろうし」
確かに、
「でもこの写真は? モトが撮ったって事は、あいつが加工したんだろ?」
「それがしてないって」
「は?」
「いやほんとに。撮った時には普通の写真だったんだけど。今日の夜中にフォルダ整理してたらこうなってたって」
俺はつい笑ってしまった。
「まさか。どうせあいつが、この被写体の馬鹿共をビビらせる為に作ったんだって。効果があるかお前に送って試したんだよ。写真の加工なんてアプリで誰でも出来るんだし」
キイはモトにからかわれたのがよっぽど悔しかったのか、俺によく写真が見えるようスマホを向けながら詰め寄って来る。
「じゃあ写ってる人全員じゃなくて、この左から二番目の人だけ首無しにしたのは何で?」
「そんなのモトの気紛れだろ。加工作業が面倒になってそいつだけにしたとか、肝試しの日にそいつが一番ウザかったからとか。つか誰だよこいつ」
暑さを凌ぐ為あちこちで開け放たれている窓から降り続く
急速に真横へ浮かび上がって来る人の気配に、息を呑んで目を向ける。その前触れの無さは今キイに見せられている写真より遥かに濃く、纏わり付く七月の蒸し暑さも忘れるぐらい冷や汗が噴き出した。
微かなレモンの香りに混ざる、線香の匂いが鼻をくすぐる。途端濃くなった人の気配を覆うように、視界を黒が覆った。黒に殆どを遮られた視界の先で当たり前のように現れた誰かは、氷のような怒気を孕んで告げる。
「絶対に許さない」
キイはそいつへ、まるで授業中にスマホをいじってるのを先生に見つかったような声を上げた。
「えっ、シーちゃん」
そいつは、モトがこの写真の肝試しに参加するきっかけとなったシーだった。
俺の視界を覆った黒は、こいつの肩まで伸ばしたウルフカット。見ていると季節感が狂う程白い肌は今日も汗一つ滲んでおらず、キイのような遊び心も隙も無い着こなしの制服から伸びる手足は、立ち枯れた木の枝のように細い。よく言えばミステリアス、悪く言えば何を考えているのか掴み辛い感情に乏しい目は、今日に限っては明確な怒りによる冷たい光を帯びていた。
要は、その特別高くもない身長と気配につられて下がった俺の視界を覆う程の近距離で立ち止まるなり、キイのスマホの写真を凝視して、それは物騒な言葉を零したという訳だ。
……直前まで気配を感じられなかったのは、こいつの足音がいつも小さいから。この通り白くて細いから、夜にばったり会ったら幽霊と見間違っても不自然じゃないし、本当に幽霊かもしれないと思う時だってある。線香の匂いはこいつの家には今時珍しく仏壇があるからで、レモンの香りは制汗スプレーだのシャンプーだのだろう。
いつも通り不意打ちみたいに現れたシーは、いつも通りに驚かされた俺の胸中などまるで気付かず顔を上げるとキイを見た。
「何で足立の首無いの?」
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