看護

 佳鈴声よしすずこえは火照る頬にヒヤリとした感触を受けて、重苦しい意識をなんとか現実まで持ち上げる。

 つるりとした感触でそれが蛇の鱗だと知って佳鈴声はおもむろに瞼を開く。

 そうして視界に映ったのは、頬に顔を寄せる蛇ではなくて、彼女を見下ろす統木すばるきの花嫁の姿だった。

 病に臥せって物忌みで人から遠ざけられた自分の前にいるはずのない存在がいて、佳鈴声は大いに混乱した。

 ぱちぱちと瞬きをする彼女の目の前にするりと蛇が鎌首をもたげて大きく映った。

「夢かな」

 結論。佳鈴声は現実逃避してもう一度瞼を閉めた。

 頭は重いし火食ほばむ体は熱いし、自分にはもっと睡眠が必要なんだと言い聞かせる。

 でもお腹がぐるぐる鳴って、痛くて、熱くて苦しいから、佳鈴声は寝てなんかいられなかった。

「おなか、いたい……」

 脂汗を滲ませて佳鈴声がまた瞼を開くと、花嫁の顔が鼻がくっつきそうなくらい近くにまで迫っていた。

「ふゃあっ!?」

 ご尊顔が間近にあって怯えた佳鈴声は布団の中で仰け反って、枕へとしたたかかに後頭部をぶつけてしまった。

 佳鈴声の奇怪な行動に花嫁は目を丸くする。

「よもや気のれるにや」

「ツッコむのも面倒臭いんで、天然ボケは止めてくださいねー」

 険しく眉を寄せる花嫁の後ろから、水桶の替えを運んできた今言いまことがするっと口を挟んできた。

 佳鈴声が今言に視線を向けた端目はしめで蛇の小さな体が細い指に摘ままれる。

 その動きに佳鈴声が顔をごろりと横に向けると雲手弱くものたおやが蛇を抱え直しているのが視界に入る。

「ごめん、私達には止められなかった」

 何よりも先ず謝られては、熱に浮かされた佳鈴声には何の事やら全く分からない。

 そんな朦朧とした意識が、花嫁が自ら絞った布巾で額を拭われる冷たさで少し敏さを表に出す。

 ひたひたと肌に触れる濡れた布巾の先に花嫁の指の形がしっかりと感じられて、やっと佳鈴声は自分がどんなに畏れ多い目に遭っているのか理解してしまった。

「ひぃぐ!?」

 佳鈴声は信じられない事実に呻き声を上げて、それでお腹に変な力が入って激痛に苛まれた。夢波ゆめなみに揺れていた意識で忘れていた腹痛が佳鈴声を改めて責め立ててきて、佳鈴声は背中を丸めてお腹を両手で押さえた。

「痛むや? 腹や?」

 花嫁が不安そうに訊ねて来るけれど、佳鈴声は苦しみに歯を食いしばっていて返事が出来ない。

 そんな佳鈴声を花嫁は軽々と抱え上げる。

「ひゃあ!?」

 急に持ち上げられた佳鈴声は考えるよりも先に恐怖で手を突っ張って花嫁の腕の中から抜け出そうとする。

「これ、な暴れそ」

 弱った佳鈴声の細腕で叩かれても花嫁は全く意に介さない。

 しかしその動きを今言が体で遮った。

「さすがに鈴声が恥ずかしさで死んじゃうんで止めてあげてくださいましね。かわやにはうちが連れていきますから」

 花嫁は佳鈴声の世話をするために此処にいるのにその役目を明け渡すのを嫌だと思ったけれど、佳鈴声の心に負担を掛けるのも本末転倒だと思って渋々今言にその小さな体を受け渡す。

「ありがとうございます……」

「人の心の分からないのが主だと大変よね」

 弱々しくお礼を言う佳鈴声に、今言は努めて明るく返事をして汗で衣を重くしている体を部屋の外へと運んでいく。

「なんぞ恥ずかしう思わる」

 排泄は健康な人でも当たり前にするというのに、恥ずべきではないと花嫁は憮然となるが、部屋に残った雲手弱はそこがそもそも擦れ違っているのだと思うと重たくなる頭を徐に振った。

「誰でもするのと見られてもいいのとは、また別のことですよ」

「む」

 そこを指摘すると花嫁は唇を尖らせて、取りあえず腰を床に降ろした。

「花嫁様がそばにいるだけで鈴声は気を張って疲れるとは思いますよ。今からでもお帰りになりませんか?」

「否」

 雲手弱はやんわりと佳鈴声が取り乱した元凶を部屋から取り除こうとするが、当の本人は生真面目な顔をしてそこに居座る。

「佳鈴声が死なるは、困る」

 そう言って少し拗ねた顔をする花嫁は、すごく人間らしくて雲手弱はぽかんと気の抜けた表情を見せてしまった。

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