第4話

 嵐のようだったわ……


「早くエレナお嬢様もエリオット坊ちゃまと一緒に、王立学園アカデミーに通えるようになるといいですね」


 突然の殿下の来訪に慌てていたメリーも、平常心を取り戻したのか、いつも通りの明るい声でわたしに話しかける。


「えぇ。そうね。あまり長く休んでしまうと勉強が追いつかなくなるわ。家庭教師でも頼まないと……」

「お勉強も大切ですが、早く元気になってくださいませ」

「ありがとうメリー」

「それはそうとエレナお嬢様。今朝は何か召し上がれそうですか」


 わたしの身体をそっと起こしながらメリーは尋ねた。


「動くのはまだ身体が痛くて辛いから、ここで軽くつまめるものがいいわ」

「ベッドで食べる軽い物ですね。フルーツはいかがですか?」

「そうね。フルーツなら食べられそう。お願い出来る?」

「えぇえぇ。もちろんです。すぐにご用意いたします。お嬢様。お背中にクッション失礼します」


 そう言うとメリーは手際良くわたしの背中にクッションをいくつも重ねて置く。

 身体を起こした姿勢をキープできるようにすると、厨房に慌てて向かっていった。


 一人になった部屋で思い出す。


 苺にチェリーに桃にメロン……

 フルーツの名前は元の世界と同じだわ。


 それにベッドやクッションといった物の名前も同じ。

 この世界独自の名詞が付いている訳じゃない。

 うっすらとしたエレナの記憶を遡る。


 花の名前も宝石の名前も一緒。


 何か異なる物……貨幣は……円でもドルでもなかった気がする。

 でも、お金で物を買ういう概念は一緒。

 基本的に元の世界と同一の名詞。

 名詞が異なるとボロが出るからありがたい設定だわ。


 そう呟いてクッションに身を委ね朝食が届くのを待った。




 朝食を終えると、お医者様がいらっしゃるのを待つ間にメリーが髪の毛を整えてくれる。


「毎日領地からお医者様をお呼びして治療していただいてたんですよ。しっかり治癒していただいていますから、エレナお嬢様には傷一つ残っておりません」

「やっぱり、わたしは怪我をしていたの?」

「いえいえ。心配無用です、身体を打ち付けたので青あざができてしまったのですが、治療でどこがあざだったのか跡がわからないくらい、すっかりキレイにしていただいていますからね。きっと今日の治療で痛みも治りますよ」


 階段から落ちたにしては痛みはあっても、傷やあざがあった様子は見受けられないのが不思議だった。


 話しながらもメリーの手の動きには一切の迷いがない。

 髪の毛を手際よくすくい取ってまとめていく。


「お医者様に診ていただくので髪の毛は軽くまとめさせていただきました。お疲れになって横になられてもご負担はないようにしましたが、いかがでしょう?」


 わたしの髪の毛を整えたメリーから手鏡を渡されて、確認するように促される。


 ──⁉︎


 手鏡には、イケメンなエリオットお兄様を少し幼く愛らしくした美少女が映っている。

 慌てて手鏡を伏せ、深呼吸してからもう一度手鏡の中を覗く。


 誰? この愛くるしい少女。


「エレナお嬢様?」


 心配そうに覗き込むメリーの顔が美少女の後ろに映りこむ。

 いつもの心配症なメリーの顔だ。

 鏡がおかしい訳じゃない。


 この美少女は、わたし?


 ……そうよね。

 兄妹なんだからお兄様に似ていて当然だわ。


 昨晩、目覚めた時に恵玲奈の記憶が戻ったからエレナの顔に驚いてしまったけど、一度冷静になって鏡を見るとなんだか見慣れているような気がする。


 転生すると顔も変わるのね。


 恵玲奈の顔でお嬢様っていうのは確かに無理がある。

 残念だけど、わたしは平面的な日本人顔をより平面にした顔をしていて、いわゆるモブ顔……

 きっとこの西洋風の世界だと逆にモブとしては浮いてしまうレベルの顔だもの。


 落ち着いてエレナの顔を見る。


 サイドに向けて編み込みをした髪の毛は柔らかそうな栗色、キラキラしたエメラルドのような緑色の瞳。

 陶器のような滑らかな肌に、口紅はつけていないはずなのに紅色に艶めくぽってりとして愛らしい唇。


 少し顔が疲れて見えるのは気を失っていたからかしら。


 殿下とお似合いの美女というには、ちょっと幼くて親しみやすい印象はあるけれど、でも守ってあげたくなる様な可愛いらしい顔をした美少女だ。


 自分の顔をじっくり観察していると、再びメリーに声をかけられる。


「エレナお嬢様どうされましたか?」

「ううん。顔色がいつもより悪い気がしたけど、大丈夫よ。髪型も、とても可愛いわ。ありがとう」


 自分に見惚れていたなんてバツが悪くなり、にっこりと微笑むとメリーが安心したのが伝わる。


「もうすぐお医者様がいらっしゃいますよ」


 そう言われたわたしは慌ててメリーに手鏡を返した。

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