第3話

 目を開くと、朝日に照らされたキラキラと眩いばかりのイケメンが、わたしを見つめていた。


 サラサラと流れる淡い金色の髪の毛。

 陶器のように滑らかな肌をキャンバスに、見つめていると吸い込まれてしまいそうな、深い湖の様な紺碧の瞳。

 それを縁取る長いまつ毛は、顔に影を落としていた。

 薄紅色の柔らかそうな形の良い唇は軽く開き、口から何か言葉にならない声が漏れた。


 あるべき場所に、全てのパーツが正しく並んでいるかのような美しい顔。


 まるで何かの物語から飛び出してきたようなイケメンの周りに、キラキラのエフェクトの幻覚が見える。


「……ひぇっ……がっ顔面偏差値がエグい…」

「ガンメンヘンサチ? エグ?」


 やばい! 侯爵家のご令嬢が使う言葉じゃない!


 うっとりイケメンの顔に見惚れて声に出てしまった言葉を、オウム返しにされ、わたしは慌てて顔を背ける。


「でっ殿下! わっわざわざ、お越しくださったのね!」


 説明されなくてもわかる。王太子殿下だ。


 取り繕おうとしても、勝手に胸が高鳴り、顔が火照り、声がうわずる。


「……エレナ嬢が目を覚ましたと聞いたからね。具合はどうだい?」


 わたしの頭の上から「はぁ」と深いため息が聞こえ、その後に続く感情のまったくこもっていない声に、高揚した気持ちは急転直下冷え込んでいく。


 エレナが目を覚ますのは、そんなに迷惑だったのかしら。


「……ありがとうございます。身体はまだ痛みますが、意識ははっきりしております」

「そう。ならよかった」

「よくありません!」


 王太子殿下の側近候補であるお兄様が叫んで遮った。


「いいですか、殿下。もうすぐエレナは社交界に出てもおかしくないレディなんです! いつまでも子供扱いして、レディの部屋に勝手にずかずかと入っていいとお思いですか!」

「勝手? 使用人に許可はとったが?」

「我が家の使用人が殿下を断れるはずないでしょう? こういうのは殿下の方が気を使ってもらわないと……」


 やいやいとお兄様が文句を言い始め、わたしが顔をあげる頃には、二人してエレナのことなんて忘れている様子だった。


 わたしは二人の顔をじっと眺める。


 ──シリル・ヴァーデン王太子殿下。


 淡い金色のサラサラな髪の毛、深い湖の様な紺碧の瞳…(以下略)


 この絵に描いたようなイケメンは、この国……ヴァーデン王国の王位継承権第一順位の王太子殿下で、言い争ってるわたしのお兄様であるエリオット・トワイン侯爵令息と幼馴染で……そしてわたしの婚約者……という設定のはず。


 相変わらず作品名やストーリーは全く思い当たらないのに、登場人物の設定はスラスラとでてくる。

 本当になんなのかしら……


 じっと殿下の顔を見つめていたら目が合って慌てて視線を逸らす。


「まだ、目が覚めたばかりで万全ではないとエリオットに聞いたのに、顔を見たくて立ち寄ってしまった。朝早いのにすまないね。でもエレナ嬢の顔を見て安心したよ」


 優しげな声だけど、さっきから感情は何もこもっていない。


「……ご心配おかけしました」


 わたしは顔を上げて殿下の顔を見る。わたしを見ているようで見ていない瞳は、細められて微笑みをたたえている。


「……これから王立学園アカデミーに向かわなくてはいけないのでこれで失礼するよ。帰りには見舞いの花束を持ってまた顔を出そう」

 そう言うと殿下は微笑みを一切崩さないまま、キラキラエフェクトの幻覚をわたしに残して爽やかに去っていった。


「……ガチ王子すご」

「えっ? 今なんか言った?」


 その呟きに殿下を追いかけて部屋を出ようとしたお兄様が振り返って小首を傾げる。


「なっなんでもございません! 殿下によろしくお伝えくださいませ!」

「任せて」


 さすがに殿下の後では見劣りしてしまうけれど、イケメンなお兄様もキラキラと微笑みを振り撒きながら頷く。

 お兄様は王立学園アカデミーに向かうため殿下の後を追いかけて行った。

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