第5話
「エレナ。お医者様がいらしたよ」
お父様が寝室に連れて来た女性は、白いゆったりとしたローブに身を包んでいた。
まるで、ゲームやアニメの世界の聖女や神官みたい……
ローブについたフードを下ろすと、お母様に近い年頃の女性が顔を出して、優しく微笑んだ。
領地からきてもらってるってことは、かかりつけ医なのかな?
見たことあるような、ないような……
「エレナ様。お目覚めになられて何よりです」
ベッドサイドに置いた椅子に座ってそう言うと、お医者さまは私の手を優しく握りしめ、問診が始まった。
いろいろ質問されるけれど、やっぱりわからないことが多くてうまく答えられない。
問診でわたしがエレナじゃないことがバレてしまったらどうしよう。
戸惑いながら問診に答える。
「エレナ様。痛み以外に何か心配なことはございますか?」
「少し疲れているけれど、特にないわ」
「それはなによりです。では、これから治療を始めます。今日は目が覚めていらっしゃるのでいままでよりもしっかり治療できます。これからエレナ様にお流しする魔力に集中なさってくださいね」
ま……魔力……?
驚いて握られた手を引こうとすると、お医者様がわたしの手を握る力が強くなる。
「エレナ様。傷やあざといった見た目の怪我は私の魔力だけで治療ができますが、身体の中の痛みはエレナ様ご自身の協力も必要です」
「わたしの協力……?」
「左様です。私がエレナ様に魔力を流しますので、その魔力をご自身で辛い場所、痛む場所へ導く必要がございます。ご自身の痛みに向き合うのは恐ろしい事かもしれませんが、ご協力がなくては効率的な治療にはなりません」
そうか。
この世界にはレントゲンやCTなんてないから、目に見えない痛みはお医者様には見つけられない設定なのね……
わたしも魔力を持っているのかしら。
いろいろ気になる事はあるけれど、まずは治療に専念しなくちゃ。
わたしはお医者様の握る手に意識を集中する。
握られた手から、何か温かいものがゆっくりと侵入してくる。
まるで血管の中を虫が這いずり回っているみたいでゾワゾワする。
「魔力が流れてきているのはわかりますか? ご自身の痛みに向き合い、魔力が痛みに向かう様に集中して下さい」
わたしが頷いたのを確認すると、お医者様は手を強く握りしめて流し込んでいる魔力の量を一気に増やす。ゾワゾワが身体中を駆け巡った。
これが魔力……
ゾワゾワが身体を通り抜けると、驚くほど痛みが取れ、身体が軽くなっていた。
治療が終わったお医者様は、お父様となにやら話し込んでいた。
なんだろう……お医者様にはわたしがエレナじゃないことはお見通しなんだろうか。
不安に駆られていたわたしのもとに、お医者様を見送ったお父様が戻ってきた。
お医者様から「治癒したが、しばらくは無理しないように」言われたということで、
「わかりました」
神妙な顔で頷いたわたしを見て、お父様は苦笑する。
何がおかしいのかしら……
やっぱり中身が違うことがバレているの?
「エレナさえ良ければ、エレナの部屋でお茶を飲んでもいいかい?」
本来なら居間に移動するべきなんだろうけど、わたしの体調がまだ万全じゃないからと、お父様達は気遣ってくれている。
「えぇ。ぜひお父様とお母様とお茶を飲みたいわ」
メリーやメイド達に指示を出すお父様をじっと見つめる。
視線を感じたのか、わたしと目を合わせると穏やかに微笑む。
やっぱり、お父様はなかなかのイケオジだわ……
まぁ、流石にわたしの攻略対象じゃないだろうけど……
そんなしょうもないことを考えながら、お父様とお母様とテーブルを囲む。
「顔色もずいぶん良くなったわ。あんなことがあったから本当に階段から落ちた時は心配で心配で……生きた心地がしなかったわ。ねぇ。メリー」
急にお母様に話を振られたメリーは力一杯頷く。
「あんな事……」
「そっそうだわ、エレナ。お医者様の治療はどうだったかしら?」
わたしの呟きにお母様はハッとした顔をして話を逸らした。
あんな事って何かしら……
聞きたいけれど、聞いてはいけない気がする。
「ご心配おかけしました。でも見ての通り元気ですから、ご安心ください」
みんなに微笑みかけ話を深く追及しないことにした。
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