誰も知らない彼女

三鹿ショート

誰も知らない彼女

 迷い子の少女と共に交番所にて迎えを待っていると、やがて姉を名乗る人間が姿を現した。

 此処まで急いで走ってきたためだろう、顔は赤く、呼吸が荒いその人間とは、私と同じ学校に通っている女子生徒だった。

 妹である少女は彼女を認めると、それまで平然としていた様子から一転し、泣きながら姉に抱きついた。

 妹の頭部を愛おしそうに撫でるその姿は、普段の彼女の様子からは想像することもできないものだった。

 平生の彼女は、誰とも馴れ合うこともなく、無表情のまま黙々と一日を過ごしていたためである。

 果たして彼女が私の知っている彼女と同一人物なのだろうかと疑ってしまうほどだったが、彼女が私の名前と顔を知っていたことを考えると、どうやら間違いではなかったようだ。

 並んで歩きながら私がそのことを伝えると、彼女は表情を変えることなく、

「私にとって優先するべきものは家族ですから、学校でどのように思われていたとしても、気になることではありません」

 彼女は妹の頭部に手を置き、口元を緩めた。

 家族に対するような態度を他の人間にも向ければ、多くの人間を虜にするだろうが、彼女が望んでいないのならば、私が口出しをするべきではない。

 私は彼女とその妹に手を振って別れると、彼女が浮かべていた柔らかな表情を思い出しながら帰路についた。


***


 学校で彼女が私に声をかけると同時に、教室がざわめいた。

 彼女が他者に接触することなど皆無だったことを考えれば、当然だろう。

 だが、彼女は周囲の様子など気にすることなく、妹が私に再び会うことを望んでいるということを伝えてきた。

 どうやら私は彼女の妹に懐かれたらしい。

 放課後にその時間を作ることは可能かと問われたため、私は首肯を返した。


***


 彼女の自宅にて彼女の妹の相手をしているうちに、すっかり暗くなってしまっていた。

 妹の相手をしてくれた礼にと、彼女が夕食を振る舞ってくれたため、私は彼女に頭を下げた。

 彼女が作った料理はいずれも美味であり、私は素直に感想を述べた。

 その言葉に、彼女は目を丸くした。

「特別なものを作ったつもりはないために、そのようなことを言われるとは、思っていませんでした」

 私は、その一瞬を見逃さなかった。

 それは、彼女が口元を緩めたということである。

 家族以外に愛想を良くすることがない彼女がそのような態度を見せたことに、私の心は動かされた。

 いや、彼女が妹に対して柔らかな態度を見せていた時点で、私は彼女に心を奪われていたのかもしない。


***


 やがて、彼女の妹を介さずとも、我々は接触するようになった。

 笑顔を見せることはほとんど無かったが、学校にて一人で過ごすことがなくなったということは、大きな変化である。

 私という他者と関わるようになった影響か、彼女は他の生徒とも関わるようになっていった。

 素っ気ない態度だが、彼女に顔と名前を憶えられていたという時点で、人々は彼女が他者に無関心であるわけではないということを知り、彼女に対する認識を改めたようだ。

 彼女が私以外の人間と過ごすことに、一抹の寂しさを覚えたが、彼女の交友関係に口を出すことができるような立場ではない。

 しかし、私が先に帰宅しようとすると、駆け足で追いかけてきて声をかけてくるということに、私はささやかな幸福を感じてしまうのだった。


***


 それから彼女とは特段の進展も無いまま、学校を卒業することになった。

 最後に想いを伝えようかとも考えたが、彼女との現在の関係が終焉を迎えることは避けたかったために、せめて記念撮影でもしようと思い、彼女を捜すことにした。

 教室に姿が無かったために、廊下などを捜していたところ、空き教室にて彼女を発見した。

 だが、彼女以外に男子生徒が存在していた。

 彼が顔を赤らめながら何かを言っているところを考えると、おそらく愛の告白でもしているのだろう。

 頭を下げた彼にどう反応するべきか悩んでいるのか、視線を彷徨わせていた彼女は、やがて私を発見した。

 彼女が手招きをしたために教室の中に入ると、彼女は突如として私と腕を組みながら、

「気持ちは有難いのですが、私が好意を抱いている相手は、彼なのです」

 顔を上げた男子生徒は、私を認めると、納得したような様子で苦笑した。

 彼が去った後も腕を組み続けていたため、私は顔面が熱くなるのを感じながら、

「告白を断るためとはいえ、あのような理由を使うべきではないと思うのだが」

 その言葉に、彼女は首を傾げながら、

「あれは、私の本心ですが」

 私は、固まってしまった。

 動きを停止させた私を気にすることなく、彼女は続ける。

「あなたと関わってから、他の人間とも関わるようになったのですが、誰と相対していたとしても、どうしてもあなたとの時間と比較してしまうのです。そのことを妹に問うたところ、それは間違いなく、あなたに好意を抱いているということらしいのです。そう言われてみれば、あなたが妹に優しくしてくれたことは嬉しかったですし、私が当然と思っていたことに対して新鮮な反応を見せてくれたことに面白さも感じていたことを考えると、確かにそうなのかもしれません」

 まさか、あの幼かった少女がそのような助言をするようになったとは、成長とは恐ろしいものである。

 彼女は私に顔を近づけながら、

「私がそう想っているだけで、あなたがどう思っているかは不明なのですが、あなたは私のことをどのように想っているのですか」

 ここまでのことを告げられて、私が本音を隠すわけにはいかないだろう。

 私は、彼女に己の想いを伝えることにした。

 彼女が嬉しそうに口元を緩めたところを見ると、私の言葉は彼女に響いたということに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誰も知らない彼女 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ