第2話「シルバーアッシュ(銀灰色)の髪」

「ねーねー聞いてよ、アタシのママ酷いんだよ」


 アタシ、多口多加子たぐちたかこはそいつ、無口無言むくちむごんの家に押し掛け、二階にあるそいつの部屋にドタドタ駆け上がりフスマを開けた。


 そいつの部屋、重厚な和室のプライベートルームにはふさわしくない、安物の学習机と小さい頃にアタシがその上で飛び跳ねて壊した学習机とセットで買った青い布張りの椅子の代わり、アタシが選んであげたロココ調の真っ白なかわいい椅子に座り知恵の輪を解いていた。


 アンティークの椅子の四歩の足には畳を傷つけないようにお手伝いさんの鉄台てつだいさんが付けてくれた綿入りの赤い巾着きんちゃくの靴を履いている。


「どう? 似合ってると思わない?」


 そいつはアタシの姿をみるなり両目を見開いて驚く。


「色、ガッツリ抜いてみた‼」


 銀灰色、シルバーアッシュのロングヘアー、昨日まで黒髪だったアタシとはオサラバだ。


 親の趣味が色濃く反映した清楚系の真っ白ふりふりワンピースにシルバーアッシュの髪は合わない気もするが、アタシは髪を染めたかった。


「取りあえず無言、服は無視して髪をホメて‼」


 アタシはそいつがホメるのを前提で生きている、それ以外あり得ないし今までもなかった。


 パチパチパチ


「でしょ!!」


 そいつは静かな拍手で答える、もはや拍手喝采と言っても過言ではない。


「ママはなんで怒ったのかなーーーー」


 アタシが美容院から帰って来て、一度気絶したママはそのあと怒りっぱなしだった。


 仕事中のパパに電話する始末だった。


「似合うよねーー?」


 パチパチパチ


「でしょ‼」


 そいつはいつもアタシの味方だ。


「でもどうしよう、なんかアタシ腹立って家飛び出して来ちゃったけど……どーせここだとバレるしなーー」


 アタシを探したければこの家を探せ。


 大抵なんかあるとココに駆け込むからアタシは親に心配されたことがない。


「どうしよう?」


「………」


 そいつは心配そうにアタシを見つめる。


「………⁉」


「あっ、とけたんだ」


 そいつは心配そうにアタシを見つめながらも知恵の輪を解いた。


「――――」


「どこ行くの?」


 突然フスマを開けて部屋を出ようとするそいつにアタシは不安になる。


 今一人はイヤなのに……。


 そいつは小さく指を回す動きをする。


「あっ、電話?」


 そいつはスマホを持っていない、どうも必要性を感じないらしい。


 でもそいつの家には今も現役でいらっしゃる、回す感じの黒電話様が玄関先に鎮座ちんざなされている。


「ママに電話するの?」


 アタシは少し不安になる。


「任せとけ?」


 そいつは笑顔を見せ自信満々に胸を叩いた。


 そいつ、人と話すの苦手なのに……。



 ◇◇◇



「なんでだろ? なんかたよれる……」


 そいつが電話してるあいだアタシはそいつのベッドの橫を背にして座り込み小さく丸くなる。


「あっ、このシール、小学校の時のやつだ」


 アタシはそいつの木のベッドのはりに小学校一年生の時に張り付けたウサギとカメのシールを見つける。


「ベッド買って貰ったのすごく喜んでたな、無言」


 そいつは小さい頃はよくアタシの家に遊びに来ていて、アタシが買って貰った普通の学習机とかベッドとかうらやましいがっていた。


「長い付き合いだな」


 アタシは壁にかけられた高校のブレザーをみつめた。


「あっ、ママどうだった?」


 そいつがフスマを開けて帰って来た。


 そいつはグッと親指を立てる。


「あんたそうゆーの似合わないね」


 アタシは少し『ほっ』として笑う。


 そいつは少し悩むように自分の立てた親指をみつめていた。


 アタシはベッドの橫に座ったまま、ひざに顔を埋めて少しだけ泣いた。


 そいつはそれを知ってか知らずかまたロココ椅子に戻り、知恵の輪を始める。



 アタシはきっと、そいつが好きなんだ。

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