第6話 いざ初配信!

「え~と、今俺は森林のエリアに来てます。木が多くてじめじめしてますね...」


 スマホとカメラを持ち、欠けた鬼の面を被った不審者、もとい黒羽千景は鬱蒼と生い茂る木々を掻き分け進んでいた。


『年齢制限』と『角』。この二つの問題の突破口となったのが千景が自宅で見つけた鬼の面だった。全体的に黒く漆のような色合いをしており、左の角の部分から左目にかけて大きくくりぬかれたように欠けているのが特徴的な鬼の面。この面を被っている千景は穏やかな印象を与える焦げ茶色の左目と額の左側から生えている乳白色の角だけが露出し、後の部分は全て鬼の顔で覆われていた。


 ダンジョン系配信者たちは基本的に素顔を出しており、ある程度の個人情報もオープンにしている。そのため年齢や生年月日、出身校程度の情報であればネット上ですぐに調べることができる。千景にとって個人情報、特に年齢が発覚してしまうことは何がなんでも避けたかった。よって千景は鬼の面を被ることで素顔を隠してしまおうと画策した。この左側だけ欠けたお面はちょうど額から生えた角を邪魔することなく千景の顔の大部分を隠してしまえたので、まさにうってつけであった。


 またお面の角と合わせることで本物の角のカムフラージュにもなるのではないかという目算もあった。もし配信中に視聴者から角について触れられた場合、千景はただの装飾物だと言い張り誤魔化そうとしていた。お面の作り物の角があることで本物の角も作り物であるという理論を作り上げようとしていた。


 とりあえず二つの障害をクリアできたと考えた千景は早速機材を持ちダンジョンへと繰り出し、入り口から配信を始めて早くも2時間が経とうとしていた。いつもなら終始無言ダンジョンを探索している千景だが、今日は周囲の風景をカメラに収め雰囲気や様子を声で伝えている。


「ここの木は面白い形をしてますね」


「木に囲まれてるせいで少し肌寒いです」


「おっとっと、木の根っこに躓くところでした」


 いつも見ている配信者たちを参考にしてとにかく喋ることを意識した千景は、普段なら気にも止めないような事柄にも目を向け、とにもかくにも無言の時間を作らないことに腐心していた。


 元々口数多く話す性格ではなく、ましてや誰かとのコミュニケーションも数年碌に取ってこなかった千景にとって当然ながら気の利いたトークなどできるはずもなく、目についた物をとりあえず喋るというぎこちないもの配信内容になっていた。


「いや~いつ来てもダンジョンは緊張しますね」


 歩きなれたこの大森林は千景にとって誇張抜きに庭のようなものであり、千景はこの空間に恐怖や不安やとまどいといった感情を一切感じていない。むしろ怖いのは自分が上手く会話をできているか、配信を盛り上げられているのかという点だった。そうして話と話の間を埋めてできるだけ空白を作るまいと努力した結果、思ってもいないことをつい口にしてしまう。本心にもないことを喋ってしまう自分に少しばかりの罪悪感を覚えつつも先へ先へと密林の中を進んでいく。


「この辺は凶暴なモンスターたちの生息地になってて...ちょっと怖いけど行ってみたいと思います!」


 配信を盛り上げようと声の調子を上げる。日常生活で声を張り上げハキハキと喋ることなど全くないため、普段と違って元気に明るく話そうとしている自分に千景は気恥ずかしさを覚えた。


 そうして配信という今までに経験のない環境に置かれたことでぎこちなさを隠しきれていない様子の千景だったが、不意に何かの気配を感じとった。


(いるな...)


 凶暴な獣の気配を察知した千景は周囲を見回し警戒を始めた。


「シュー、シュゥーー」


 すると風を切るような不愉快な声と共にズルズルと何かを引き摺るような音が草木を掻き分けながら蠢いていた。ゆったりとした速度で千景に徐々に近づき、音が聞こえ始めてから20秒ほどで目の前に全貌を表した。


 千景の眼前に現れたのは10mは軽々と越す巨大な蛇でその頭部にはモンスターの証である巨大で禍々しい角が天を衝くように伸びている。生え揃った深緑の鱗は一枚一枚が鋭く刃のようになっており、体を絡め取られてしまえばあっという間に皮膚はズタズタになってしまう。また成人男性程度なら難なく入ってしまうほど大きな口に石器のような無骨な牙は、飲み込まれたら最期、二度と日の光は拝めないことを示唆していた。


「シュルルルル」


 大蛇は赤く宝石のような目をぎらつかせながら千景を睨み、風を切るような声を出しながら威嚇している。自身の縄張りに現れた闖入者に大蛇は警戒半分、怒り半分の様子で臨戦態勢を取っていた。


「あっ、そうだ、え~と、モンスターが出てきましたね!これはエメラルドスネークっていう蛇のモンスターで...あの大きい牙には毒があって危険です!」


 対して千景は大蛇ではなく手に持ったスマートフォンに注目していた。ここが配信の盛り上がる場面だと考えた千景は目の前のモンスターには目もくれず画面に向かって話しかけている。右手にはカメラを構えながら左手に持ったスマートフォンを見て、初配信の初めてのモンスターがきちんと画面に映っているかを確認する。


 大蛇に睨まれた千景に恐怖や焦りといった感情は全く存在しておらず、むしろ千景の脳内を支配していたのは、自分はきちんと話せているだろうか、視聴者が見て面白いと感じる画面になっているだろうかという配信に対する心配や不安だった。


 千景がスマートフォンの画面に話しかけていると大蛇が俄に動き出した。その巨躯に見合わぬ俊敏な身のこなしで一瞬にして千景の眼前に這い寄り、千景の頭を丸ごと呑み込まんばかりに大きく口を開ける。それに対して千景は大きく右に飛び退き映画のアクションシーンさながら大蛇の攻撃を躱す。


「おっとっと、カメラとスマホ大丈夫かな」


 飛び退き地面に着地すると、千景は呑気にも両手に持っている機材の心配をし始めた。千景にとって現在の状況はさほど緊迫した事態のではないだろうか、身の安全よりも真っ先にカメラとスマートフォンの安全について焦りを覚えていた。


 攻撃を躱された大蛇は千景の方に向き直り自慢の牙を突き立てようとなおも千景を目掛けて猛追するが、牙が届きそうになると先程とは動きを変え千景は後ろへ飛び退いて攻撃を避けた。再び攻撃が空を切った大蛇は懲りることなく千景へ噛みつこうとする。が千景はまたもやこの攻撃も後ろへ飛び退いて避ける。


 こうして後ろへ飛び退いて攻撃を躱す千景とそれを追いかけて前へ前へと進む大蛇の構図ができあがり、このいたちごっこが何度か繰り返された後千景は背中に冷たい樹木の感触を覚えた。真後ろを一本の木に阻まれ千景はもう後ろには退けないという状況へと陥ってしまい、そこへ今までの鬱憤を晴らさんとばかりに大蛇が勢い良く突進してくる。


 後ろには退けないため大蛇が浴びせた最初の一撃の時のように、千景はもう一度右へと大きく飛び退いて大蛇の突進を躱そうとした。しかし同じ手は通じないとばかりに動きを予測していたのか、大蛇は体を大きくうねらせ、空中に体が投げ出されている状態の千景に鞭のようにしならせた尻尾を打ち付けた。


 思わぬ攻撃に少し目を見開いて驚きを見せる千景だったが、束の間に平静を取り戻し空中で体を猫のようによじらせ、襲いかかってくる大蛇の丸太のような尻尾に足の裏を合わせた。足の裏で大蛇の尻尾を受け止め、そのままバットに当たって飛んでいく野球のボールのごとく千景は大きく空中を飛んでいき、そしてうまく地面に着地した。


「う~ん、やっぱり上手に映せないな...」


 不意の大蛇の攻撃を躱した後、千景はスマートフォンに目を落とし嘆息して独り言を呟いた。今まで千景が攻勢に出るわけでもなく大蛇の攻撃を受け流し続けているだけだったのには上手く動画が撮れているかのチェックをしていたためだった。千景は右手にはカメラを、左手にはスマートフォンを持ち、配信画面を度々目にいれながら大蛇との攻防を行っていた。


 ダンジョン系の配信者達はそもそも探索をしているメンバーに加えて必ず撮影を担当しているメンバーが存在している。ダンジョンを探索したりモンスターと戦ったりする技術と動画撮影の技術は当たり前だが全くの別物である。


 千景はダンジョンに関してはスペシャリストだがカメラの技術に関しては当然ながら素人で、加えて一人で探索も撮影もこなさなければならない。そうなればなおのこと視聴者を楽しませるような動画を撮ることは困難であった。


「う~ん、よし」


 少しの間逡巡した後、千景は背負ったリュックから手早く三脚を取り出した。そして手近な木の陰に取り出した三脚を立て持っていたカメラをセットした。少し手間取っていると後ろから地面を這いずる音と風を切るような鳴き声が聞こえてくる。


「よし、間に合った」


 ようやくカメラをセットし終えると千景の背後からぬるりと怪物が姿を表した。一連の攻撃を全て躱しきられてもなお大蛇の戦意は衰えていない。今度こそはこの小癪な小僧を己の毒牙にかけてやろうとやる気十分な様子であった。


 そうして一瞬の静止があった後、動き出したのは千景の方からで、馬鹿正直に大蛇に向かって正面から走り始めた。いきなり近づいてきた不届き者に少し面食らった様子の大蛇

 だったがすぐに迎撃する構えに入り、そして自身の牙の届く距離に入った瞬間素早く千景に噛みついた。が千景は更に速度を上げ大蛇の脇を通りすぎたため、大蛇の噛みつきは空を切った。そしてそのまま千景は尻尾側に回り込む。


 背後に回り込まれた大蛇はまたしても尻尾を鞭のようにしならせながら、千景を潰してしまおうとやたらめったらに地面を打ち付ける。しかし千景はその何本もの鞭を右へ左へと跳躍を繰り返し全て躱している。


「よし、これならバッチリ撮れてるな」


 大蛇の尻尾による攻撃を躱しながらきちんと動画が撮れていることを確認できると、満足そうな表情を浮かべながら千景はまた大蛇の頭部へ向かって走り出した。再び眼前に近づいてきた千景に、今度は不意を突かれた様子もなく大蛇は何度目の正直と言わんばかりに大口を開け敵を迎え撃つ構えを取った。


 すると今度は千景は真上に跳躍しそのまま大蛇の頭部へ乗った。まさか大胆にも自身の頭部を足蹴にされるとは思ってもいなかっかたのだろう、大蛇は今まで以上の鳴き声を上げ千景を振り落とそうと四方八方に頭を振り始めた。だが驚異的な体幹からか、千景は大蛇の角をがっしり掴んで離さず全く振り落とされる気配がない。


「よいしょ...!!」


 そして天然のロデオマシンをしばらく堪能した後、千景は少し力んだ声を出すとそのまま掴んでいた大蛇の角を折り取った。大蛇は一瞬の間耳が割れんばかりの絶叫を上げたかと思うと地面に大きく横たわり、そのまま動かなくなってしまった。


「ふぅ...やりました!エメラルドスネーク、討伐完了しました!」


 少しの静寂の後、千景は設置したカメラに近づき、できる限りの元気を出しながら達成感を演出した。


「えっと...今日の配信はこれまでにしたいと思います!ご視聴ありがとうございました!」


 大蛇を倒したところで配信時間は3時間近くになっており、この辺りで終わるのが適当だろうと判断して千景は配信を終わるための作業を行うためにスマートフォンに目を向けた。


『現在0人が視聴中』


 こうして千景の初配信は視聴者0人という形で幕を閉じた。

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