第5話 まず準備が大変

「え~とまず、必要な物は…」


 夜も遅くなってきた10時頃、夕食や入浴も済ませ一日の雑事を全てこなして後は寝るだけといった時間帯。千景は自室で様々な物を並べていた。


 リュックに食料に飲料、医薬品、光源といった普段のダンジョン探索に必要な物に加えてカメラに三脚、モバイルバッテリー数個といったように配信用の機材も並べられていた。普段こういった機械類には一切触れずに生きてきたため、まだきちんと本格的に使っていないにも関わらず揃えただけでワクワクしていた。特にカメラに関しては無線通信というものが使われており、ケーブルを用いなくてもカメラとスマートフォンを接続することができるもので、どういった原理や技術が使われているのか考えもよらなかった。


 千景が一通りインターネットで調べたところ、まずスマートフォンで配信するためのサイトを開いて設定し、そして接続したカメラで撮影した映像を配信上に流すといった仕組みで成り立っていた。


「う~ん、でも、どうするかなぁ…」


 一通り必要な機材を揃えた千景だが配信をするためにはいくつかの無視できない弊害があった。


 一つ目が人数の問題だった。そもそもダンジョン探索系の配信者たちは「パーティ」と呼ばれる3~5人程度のチームを組んでおり、基本的に一人が撮影や配信での業務に回り残りのメンバーが探索や戦闘を行っていた。しかし千景は今まで一人で探索を行っていたし、パーティを組めそうな交遊関係も全くなかった。つまり探索・戦闘と撮影・配信を一人でこなさなければならなかった。探索や戦闘の部分に関しては些かの心配もなかったが、配信に必要な作業となると知識だけがある状態であるため未知数であった。


 基本的には手でカメラを持ってダンジョンの様子を映しながら探索し、モンスターに遭遇したら三脚を立ててカメラを固定し戦闘の様子を俯瞰で映すという算段であったが、上手くいくかどうかはやってみないと分からない状況だった。ただこれは技術的な問題であり、トライアンドエラーで試行錯誤していけばなんとかなるだろうという見方をしていた。むしろ千景にとっては残りの二つの問題の方に頭を悩ませていた。


 二つ目の問題が年齢の問題だった。当然だがダンジョンの探索には多種多様な危険が付きまとうものであり、それ故ダンジョンに関する法律も数多く存在している。その中の一つがダンジョン探索における年齢制限に関する法律であり、18歳未満におけるダンジョンへの立ち入りを禁止する法律で、未成年をダンジョンの危険から守る法律だった。ただこの法律には続きがあり、「但し政府から正式な認可を受けた組織、団体に所属し、規定の範囲内の活動で、満13歳以上の者であればこの限りではない」という文言だ。


 簡潔に言えば政府から認められた組織団体に所属しているのであれば13歳からダンジョン探索を行えるというものだ。ダンジョン探索を生業としている企業や団体は現在では数多く存在しており、その中で13歳以上であれば未成年でも受け入れを認められている組織がいくつかある。要するにダンジョン探索を行うには18歳以上、もしくは13歳以上で政府公認の組織への加入ということが最低条件であり、もちろんだが破れば罰則がある。


 千景は現在15歳であり、そして認可を受けている団体にも所属していない。そもそも千景が初めてダンジョンに潜ったのが7歳の時であるためどうあがいても法に抵触してしまっている。


 加えて成人が未成年を特別な理由や許可なくダンジョンへ同行させることや、あるいは未成年のダンジョン探索を協力したり教唆したりすることも法に抵触する行為であり、こちらも厳重な処罰の対象となっている。


 つまり千景の現在の状況が公になれば千景自身が罰則を受けるだけでなく父親もその対象になってしまう可能性がある。


 そして三つ目の問題が千景の額から伸びている「角」の存在だった。


 千景の額から不自然に伸びている一本の角。この角は千景の意思で自由に生やしたり消したりすることが可能で、日常生活では目立つため隠している。角を生やしている間であれば千景は人間離れした膂力や身体能力を得ることができ、15歳という若さで単身ダンジョンという危険に満ちた場所へ漕ぎ出すことができるのは幼少よりこの力を磨いてきたからであった。


 この角はダンジョンのモンスターに生えている角と同一の物で、モンスター達には基本的に角、もしくはそれに準ずる器官が体から生えており、この器官によって膨大なエネルギーが生成されていることが分かっている。そのためダンジョンのモンスター達は一見小柄な体躯であっても、成人男性数人がかりでも手に終えない膂力や身体能力を有している場合が多い。またその体自体も非常に頑強で刃物はもちろん銃などの火器や戦場で使用されるような兵器の類いの攻撃も一切通さない。


 簡単に言えばこの角によって千景はダンジョンに生息するモンスター達のような力を手にしており、それを活かしてダンジョン探索をしていた。


 千景も詳しくは覚えていないのだが千景が8歳の時ダンジョンでモンスターに襲われ死の危機に瀕したことがあった。なんでも父親と父親の仲間の人々がギリギリの所で駆けつけてモンスターを追い払い、なんとかダンジョンから連れ出され九死に一生を得たらしい。1週間ほど生死を彷徨い意識不明の状態であったのだが、目覚めた時に気が付いたら額の左側から一本の白く禍々しい角が生えていて、とてつもない存在感を放っていた。


 父親からはただ一つ、人前でその角と力を決して見せてはいけないとだけ忠告されており、なぜモンスター達と同じような角が自分に生えているのか?なぜ生えた角の存在について父親は何か知っている様子なのか?というような様々な疑問に対してはいつもはぐらかすような態度を取られていた。


 また以前に一度千景は同じクラスの一人に角を見せたことがあったのだが、その時にはちょっとした騒ぎになったことがあった。最終的には何事もなかったが、そういった経験と父親からの忠告もあり、疑問や納得できないことは多々あるが、千景は人前では角を絶対に見せないようにしていた。


 年齢と角、この二つの問題により配信を始める前から千景は行き詰まっていた。配信を行うためにはこの二つが公にならないように気を付けなければならないし、千景がどこにも所属せず誰ともチームを組まずにダンジョン探索をしていたのはこの二つの理由に依るところも大きかった。


 素性を隠すためにお面やマスクをといった顔を覆い隠す物をいくつか用意した千景だったがここでも角が最大のネックとなっていた。角がマスクを突き破ったり角のせいで上手く顔を覆うことができないでいた。きちんと固定できないと外れて素顔を晒してしまうし、そもそも顔を隠せたとしても額から主張する大きな角の存在は隠し通せない。


(ちょっとトイレ…)


 どうしたものかとじっと並べられた品々を見つめながら考えていると不意に尿意に襲われた。千景の住まいは一階の表側が骨董品店となっていて、店の奥が居間や台所といった居住スペースとなっており、そして千景の自室が二階にあるといった構造をしていた。トイレは一階にしかないため、自身に見舞われた異変を解消すべく千景は自室を出て階段を降りた。時計の針は10時25分を示しており廊下は暗く冷えきっている。千景にはガラクタにしか見えない商品の数々をかき分けトイレに続く廊下の電気をつける。


 すると千景は地面に何かが落ちているのを見つけた。近寄り拾い上げるとそれは鬼を象った古めかしいお面で能などで使われているのか般若に似ていた。角と牙を生やし険しい表情をしたそれは威圧感が満載で、幼子が見れば驚き泣き出してしまうほど厳めしい代物だ。恐らく父親の収集品兼商品なのだろうが、保管が甘かったのか、はたまた元々なのかは分からないが左目から上の部分が三日月のように欠けてしまっており、二本あるはずの角も右側の一本しか見受けられない。


(こんなのも売り物になるのかな…?)


 お面を拾い上げてしげしげと眺めながら益体もないことを考えていると、千景の脳内にある考えが浮かんだ。


(いや、この欠けた鬼のお面なら…)


 そうして一つの案に行き着くと、何の目的で一階に降りてきたのかも忘れ、千景は興奮気味に廊下を戻り階段を駆け登っていった。


 不登校、コミュ障、法律違反、人外、訳ありすぎる少年黒羽千景の配信活動が幕を開ける。

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