第4話 配信とはなんぞや

 【おおお!マジでスゲェ!】

 【やっぱつえーな、さすがの面子だ】

 【かっこいい!!!】

 【今日も安定してますねー】


 千景は現在穴でも空けるのかという勢いで液晶を注視していた。


 スマートフォンの画面には探索者と見られる四人組とその後ろで動かなくなっている巨大なトカゲのような生物が映し出されており、探索者たちがダンジョンのモンスターを打ち倒して一息ついている場面だった。先ほどまで四人の探索者たちと巨大トカゲは激闘を繰り広げており、千景もその様子を手に汗を握りながら眺めていた。


 千景は現在「mytube」という動画の投稿、配信及び視聴を目的としたサービスを提供しているウェブサイトを閲覧していた。同じようなサービスを提供しているサイトの中では最大手であり、可愛い動物の動画から美味しそうな食べ物の動画、くすりと笑えるおもしろ動画から社会情勢や時事問題を分かりやすく解説した動画まで、この世の中のありとあらゆる分野の動画が日々大量にアップロードされていた。


 今や知らない人間はいないとまで言い切ることのできる存在となっており、インターネットという言わば仮想空間の中でありながら実社会に与える影響や経済効果は計り知れないものになっていた。現在では立派な一大産業の一つであり、「mytuber」というこのサイトに動画を投稿してそれを誰かに見てもらうことで生計を立てている者たちも出てきている。


 そして数週間前にダンジョンで見かけ、現在千景を熱中させている画面の向こうの四人組は世間では「ダンジョン系配信者」「ダンチューバー」と呼ばれている人々で、主にダンジョンの中での活動を動画として投稿・配信し様々な人に見てもらうことを目的としている。


 ダンジョン内の生物や植物、景色や光景たちは日常を生きる人々にとっては物珍しく、強く好奇心や関心を惹かれるものばかりであり、故にダンジョン内の様子や活動を映した動画は現在非常に人気のあるジャンルの一つとなっていた。


 その中でも特に人気なものが「モンスター」と呼ばれるダンジョン内に生息する凶暴な生物たちとの戦闘を撮影した動画だった。探索者たちとモンスターとの戦いは見る者を熱狂させ、瞬く間に人気のコンテンツの一つとなっていた。


 だが千景にとってダンジョンもモンスターも特段珍しいものではない。ダンジョンの奇怪で美しい景色の数々も獰猛なモンスターとの戦闘も今の千景にとっては至極日常的でありふれた光景であり、ダンジョンに潜り始めた頃の心が踊る感覚や危険と隣り合わせゆえの緊張感という感情たちは今や押し並べて希薄なものとなっていた。


 世間一般の人々と違い千景のダンジョンに対する好奇心や新鮮さはとっくに枯れ果てていたはずだが、それでもこの数週間、千景はダンジョンを映し出している動画群の虜になり、暇さえあればかぶりつくようにしてスマートフォンの画面を見ていた。この一週間に至っては自身のダンジョンの探索をいつもより大幅に切り上げ、空いた時間を動画視聴に当てたほどであり、千景にとってこのようなことは今までに一度もなかった。


 ここまで千景を夢中にさせたのは動画内のダンジョンに関する部分ではなく、その動画に登場する人々に関する部分だった。


 初めてダンジョン探索動画やダンチューバーという存在を知った時千景がまず思ったことは、他人がダンジョンを探索している様子を見て何が楽しいのだろうか?という疑問だった。ただでさえ千影は自身がダンジョンを探索することに退屈を覚えており、ましてや他人がダンジョンに潜っている様をただ傍観することに何か楽しみを見出だせる気がしなかった。しかしたくさんの動画を見るたびにその考えは徐々に変化していき、ダンジョン配信というものが一大コンテンツになっている理由を思い知らされることになる。


 まず千景が感じたのは自身でダンジョンを探索することと、他人のダンジョン探索を見ることは全く別の楽しみがあるということだった。一般的にダンジョン系の動画には普通では知ることのできない知識を得たり、普通では経験できないダンジョンの散策やモンスターとの戦闘を擬似体験できるという点に大きな需要がある。だが千景のダンジョンに対する知識や経験はかなりのものであり、動画に映し出されている光景に特別目新しいものや興味がそそられるものは無いに等しい。そのため擬似体験に関してはあまり心動かされるものはなかった。


 それよりも千景が楽しんでいるのは配信者たちのリアクションや感想だった。新しい景色を見たときの感動や強敵を倒したときの達成感、そういった感情を画面に映る人々は時には言葉で、時には表情で情緒豊かに表現する。その反応を見るたびに千景は忘れていた感情を思い出し、そして共有している気持ちになった。


「ふぅ~なんとか倒せたな!」


「中々手強かったね~」


「あんまり無茶しすぎると危ないですよ」


 今現在、千景が見ている動画の四人組は今まさに巨大なモンスターを倒した後の余韻に浸っている真っ只中だった。その顔には疲れが見えるものの自信に満ち満ちており、その言葉の数々には達成感が溢れだしていた。そういった配信者たちの反応は自分にもこんな瞬間があったなぁ、と年寄りめいた感慨を千景に覚えさせると同時に、今は失われているワクワクや希望の感情を掘り起こし再び煌めかせた。


 またかつて自分がダンジョンで経験したり感じたりしたことを同じように動画の中の人々が体験していると、この人もこんな風に感じたんだ、この人も同じように考えたんだ、と千景が今までにできなかった誰かと感動や興奮を共有するという喜びを味わうことができた。こういった琴線の触れ方や楽しみ方はむしろダンジョンでの知識や経験が豊富な千景だからこそできることでもあった。それに加え自分が経験した、していないに関わらず誰かの活動や努力を応援することの喜びや楽しさも動画を通して知ることができた。


 千景が今まで置かれていた境遇も配信にのめり込ませる要因となっていた。千景は基本的に単身でダンジョンを探索しており、協力してダンジョンを探索したりモンスターを倒すといった経験は皆無だった。いつも一人で未開の地へ足を運び、いつも一人で強敵たちを薙ぎ払い、いつも一人で幸せを噛み締めていた。友人や仲間と呼べる存在を作ったこともなく、そしてそういった関係の人々と切磋琢磨したり肩を並べて何かをしたこともない。


 そんな千景からすると信頼できる者同士で困難に挑戦しそして同じ目的を成し遂げていく配信者たちの様は、眩しく新鮮に映り、そして心のどこかで自分もそうなってみたいと感じ、憧れていた部分だった。


 加えてmytubeや配信という環境の中で産まれた独特の文化や一体感も千景を虜にした大きな理由の一つだった。投稿された動画を閲覧しているのは千景だけではなく、日本中や世界中の人々が同じ動画を視聴しており、そして同じ動画を視聴している人々同士でコミュニケーションや交流を取ることができる。最も一般的なものは「コメント」という動画に文章を残すことができる機能で、自身の動画に対する感想や意見を書き込んだり、反対に誰かの書いた感想を見ることができる。


 特に配信形式の動画ではリアルタイムにコメントを残すことができるため、書き込んだコメントをその場で配信者に読んでもらい反応してもらったり、あるいは一緒に動画を見ている人々がコメント同士で交流するたのしみかたもあった。画面上の文章で緩やかでありながら誰かと繋がって一つのコンテンツを楽しみ、共有する一体感を味わうことができた。


 動画内のダンジョン探索の様子と今までの自身のダンジョンでの経験を重ね合わせることで生まれる、自分もこんな体験をした、初代自分もこんな感覚を味わったという一種のあるあるネタのような楽しさ。


 自分が今まで経験することなく、そして心の奥底で求めていた誰かと何かを成し遂げるという体験を見せてくれる。


 インターネットという環境に置いて、緩やかながら誰かと繋がりそして同じ楽しさや興奮を共有するという楽しさ。


 簡潔にまとめるとこれらの要素が千景の心を強く掴みダンジョン探索動画にのめり込ませた。現に千景はこの数週間の空いた時間のほとんどを動画を視聴することに費やしていた。


 そしてその中で千景の中に新しいかんがえも産まれていた。


(…俺も…動画配信をしてみたい…!!)

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