第2話 年頃の息子が何を考えているのか分からない

 千景は現在角の生えた獣たちとの戦いを終えて家路に就いていた。


 辺りを舞う土埃が太陽の光を遮って街全体は暗く淀んでおり、また建物も塗装が剥げたり壁にひびが入っていて見栄えの悪いものが多く、千景の住む街は全体的にくすんで寂れた印象を与える街並みをしていた。


 千景の歩いている小道には家々が立ち並んでいるが、人気は些かもなく、人が住んでいるのかどうか定かではないほど荒廃している家屋もあり、この辺りの活気が掃いて捨てるほどしかないことが窺える。


 夕暮れ時の遠回しなじっとりとした暑さと少しばかりの雨の匂いを感じながら、千景は迷うことも怖じ気づくことも無く薄気味の悪い小路を歩いていき、目当ての建物を見つけた。


「ふぅ…着いた」


 千景の目の前に聳えているのはこの小路にある他の建物よろしく寂れた木造の建物だが、それは一般的な居宅とは大きく違っていた。


 正面に大きく『骨董品店 龍穴堂』と書かれた木製の看板が掲げられており、建物の周りには中に収納できなくなったのか、はたまた商品の喧伝かは分からないが古い壺や皿、動物の置物等がちらほら置かれていた。住居の類いではなく、一応立派に構えられた店であることが見てとれる。


 千景はその建物の中へ躊躇いなく入っていくと大きな声で呼び掛けた。


「父さん?父さーん!帰ってきたよー」


 呼び掛けに返事はなく、声が店内に木霊するだけだった。


「いないのかな?」


 目当ての人物が留守であることを悟ると、千景は徐に店内を歩き置いてある物を眺め始めた。


 埃立ち込めた店内にはおおよそ日常使いはできなさそうな奇怪な意匠の首飾りや汚れたり塗装が剥がれたりして模様がところどころ見えなくなっている壺、色褪せながらも金色に鈍く光る龍の置物、といった一見すると使いどころのなさそうな品物が所狭しと並べられている。


 しばらくの間薄暗い店内を練り歩き、窮屈そうに並んでいる物品の数々を一通り眺めた後、千景は木製の机の上に整列して置かれているブリキ製の車のおもちゃを手に取った。


「本当にこんなガラクタが売れるのかなぁ…」


 手に取ったおもちゃをまじまじと見つめながら千景は率直な感想を呟いた。こんなどこにも需要が無さそうな物で商売ができているんだろうか?千景はいつもそんな疑問を抱いていた。


「聞き捨てならんな。どれも立派な商品だ」


 すると店の奥から男が一人出てきて千景の言葉に苦言を呈した。男は袴に草履という古風な出で立ちをしているが、襟や裾はヨレてくたくたになっており、あまり衣類の状態に気を使っていないことが窺える。また目の下はくまで覆われていて、あまり整えていないのか髪の毛も毛先が四方八方に飛び跳ねてぼさぼさとしており、全体的にだらしがなくみすぼらしい雰囲気を与える見た目の男だ。よくよく見てみると整った顔立ちをしているのだが上記の要素が元の素材を全て台無しにしてしまっている。


「あ、父さん。居たなら返事してよ」


「あーすまんすまん、ちょっと奥で作業しててな」


 父さんと呼ばれた男は千景の父親、黒羽譲治その人であり、気だるげにブリキのおもちゃを持った千景に近づき先ほどの苦言の続きを語ろうとした。


「それよりなんだ?ガラクタって。どれも価値がある貴重な物ばかりなんだぞ?例えばあそこにある陶器なんかは…」


「あーはいはい。それより今日の分の精算してよ」


 話が長くなると感じた千景は早々に話をぶつ切りにして自身の用件を済ませようとした。


「ん?あぁ…」


 会話を切り上げると二人は入り口から見て正面にあるカウンターへ移動した。カウンターの内側の椅子に譲治が座り外側へ千景が立つ。千景は背負っていた鞄を下ろして蓋を開け中身を一つ一つ丁寧に取り出しカウンターの上へ置いた。


 朱色や緑色や黄色が交互に混じりあい、織物の様相を呈している美しい羽や人間の片腕ほどもあろうかと言う巨大で厳めしい牙、淡くぼんやりと青色に光り輝いている石といった具合に千景の鞄からは日常生活ではまずお目にかかることのない、珍妙な品物が続々と出てきた。また昼間に戦い折り取った狼に似た獣たちの角も戦利品の中に紛れていた。


「今日も中々上出来じゃないか」


「別に…普通だよ」


 素直な称賛をそっけない態度で息子に返された譲治は一瞬つまらなそうとも、拗ねたようとも取れる顔をした後、カウンターの下にある引き出しから鑑定用のルーペを取り出し並べられた品々を繁々と眺めた始めた。


「えーと、どれどれ…。紅葉鳥の羽にグレートタイガーの牙、魔蛍石に…あとアカメオオカミの角も…」


 目を細めたりしながら千景の持ち帰った物を品定めするように見つめる譲治はさながら鑑定士の様であり、カウンターの上に並べられた品々に明るく一定の知識を持っていると思われる。


 一通り見終えるとルーペを引き出しにしまい、少し疲れたのか首や肩を回したりしながら千景に話しかけた。


「明日にでも卸してくるよ。で、売り上げは折半ね」


「うん、分かった。じゃあ俺部屋に戻ってるよ」


「あー…千景…ちょっといいか?」


 用が済み足早にこの場を去ろうとする千景に譲治が待ったをかけた。足を止められた千景は訝しげに父親を眺める。


「今日の昼間に学校の先生が来てたぞ、千景君の様子はどうですかって」


「…」


 触れられたくない話題を持ち出されたのか、千景は虚を突かれたように目を大きく見開いた後、眉をひそめて押し黙った。


「千景君なりの考えやペースがあることも分かってはいるが、もう3年生だしそういうことも含めてそろそろ今後の進路についてもきちんと話し合っていきたい。だから学校にも顔は出してほしいって」


 罰の悪そうに黙っている千景の様子をそのまま眺めている訳にも行かず、譲治はなおも言葉を続けた。


「その…お前ももう15になるんだし、将来に向けて考えてることとか、他にもっとやってみたいこととか、何かあるんじゃないか?」


 それまでの沈黙を破り、千景は絞り出すようにして言葉を紡いだ。


「…別に今のままでいい。自分が食えるだけのお金だって稼げてるんだし」


「別に学校に行かないことが悪いとか、一人でダンジョンに潜る生活が悪いって言いたい訳じゃない。ただ千景はここ数年、ダンジョンと家を行き来するだけの毎日だったからダンジョン以外のことを全く知らないだろ?今の生活を続けるにしても、もっと他の色んなことを経験してからでもいいと思うんだ」


 今までに溜めこんでいたのか、自身の親心を吐き出すようにして譲治は千景に話続けた。


「気軽に話したり一緒に遊んだりする友達とかいるのか?最後に父さん以外の誰かと話したのいつだ?俺はただ千景にとってもっと楽しい生活が他にあるんじゃないかって…」


 しかし熱を帯びて口数多く語りかければかけるほど、裏腹に千景の反応は鈍くなっていく。


「俺は別に一人でいい…もういい?」


 これ以上はうんざりだとばかりに不機嫌そうにそう言うと、話を一刀両断して千景は店内の隅にある階段を昇りそそくさと自室に籠ってしまった。


 気まずい沈黙の後、譲治は嘆息しながら呟いた。


「はぁ…何やってんだ俺は…。帰ってきて早々に説教じみたことを...」


 激しい自責の念に駆られながら父親としての不甲斐なさを感じ、譲治は額に手を当て俯きながらなおも呟いた。


「でも千景…今のままでいいんならなんでそんなに毎日つまらなそうなんだ…?」

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