ずっと無所属ソロぼっちでダンジョンを探索していましたが、動画配信を始めてみました
緑黄色の覇気
第1話 とある洞窟での一幕
辺り一面は岩肌に囲まれており、まるで獣の牙のように天井や地面から岩垂氷と石筍が生えそろっている。そんな太陽の光や温もりが全く届かない暗く湿った洞窟の中に一人の少年の姿があった。
短く切りそろえられた黒髪に穏やかな印象を与える瞳を持ち、顔立ちにはまだあどけなさが残っていて実年齢よりは少し幼く見える。人混みに入ってしまえば瞬く間に見失ってしまいそうな、とりわけ目立つ所のないどこにでも居る平凡な見た目の少年だ。
―――その額から激しく主張している、太く禍々しい一本の『角』の存在を除けばの話だが。
彼の額からは御伽噺や童話などで度々登場する鬼のような角が我が物顔で生えていた。それは猛々しくもグロテスクで、乳白色をしており長さや大きさはちょうどカラオケなどにあるマイク程度のものだ。その生え方も少々歪で、額の真ん中から真っすぐに生えているのではなく額の左側から左右非対称に一本だけ生えていた。
洞窟の中には光源と呼べるものはおおよそ存在せず、人間が視覚から情報を取り入れることはまず不可能な環境であるが、彼の眼はこの暗闇に適応しているのかまるで猫のように黄金色に爛々と輝き、周囲の光景をしっかりと鮮明に捉えていた。
そのおかげか少年は自身が今どのような状況に置かれているのかを分析、判断するのに必要な情報を不足なく享受することができていた。
「グゥルルルル...」
「ゥォォオオオ...」
そんな『角』を生やし夜行性の動物のように瞳孔を光らせている異形の少年、黒羽千景は現在体の芯に響くような、不快な唸り声をあげている獣たちに囲まれていた。
千景は声の主たちをはっきりと認識しており、彼を取り囲んでいる生物たちは自然界でよくみられる狼に非常に近しい見た目をしていた。ただ牙や爪、腕や足に付いた筋肉、そして体格は通常の狼と比べて一回りも二回りも大きく発達していて、またその目は凶暴性をそのまま反映しているかのように赤く煌めいている。
そして何よりも頭部から千景と同じように真っすぐと『角』が生えており、広く一般に知られている狼とは全く別の生き物だということを示唆している。まさに怪物、化け物、モンスターといった呼び名が相応しい姿かたちをしていた。
千景を囲んでいる赤い目は暗闇の中に点々と浮かんでおり、暗夜に散りばめられた星座のように煌々と不気味に輝いている。角を持つもの同士ではあるが獣たちに友好的な態度は些かも見受けられず、その目は獲物を品定めをするかのように目の前の少年を見据えており、喉を鳴らして牙を剥き千景を威嚇していた。
(6、7匹ってところだろうか)
対して獣たちに包囲され、敵意を存分に向けられている千景の表情からは、このような状況であれば当然沸き起こるであろう、不安や怯え、絶望といった負の感情を一切読み取ることができない。
心身共に鍛え上げられた偉丈夫であってもたちまち取り乱し、正気を保てなくなってもおかしくないような、正に絶体絶命の緊急事態に直面しているはずだが、彼の心中はむしろ呑気とも取れるほどに穏やかで冷静そのものだった。またパーカーにスボンというこの場に全くもってそぐわない出で立ちもその呑気さに拍車をかけていた。
今現在、自身を取り囲んでいる獣たちの数はいくつで、どの程度の脅威なのか。相手の動きがあるのを待つか、それとも先手を取って行動を起こすか。千景は一切動揺すること無く落ち着いて状況を整理し、次の一手を思案していた。
「グゥルルル...ガァッ...!!」
しばらくの間はお互いに相手を見つめ合う膠着状態が続いていたが、この均衡を崩したのは獣側だった。群れの中の一匹が集団から外れておもむろに前へ躍り出たかと思えば、全身の筋肉をしならせながら千景の背後から喉笛を噛み千切ろうと飛び掛かった。
研ぎ澄まされた太く鋭い牙は今までに多くの獲物たちを仕留めて来たことを物語っており、体のどの部位に受けても致命傷は避けられないであろう程の凶悪な代物だ。
その牙があわや喉元に届こうとしたその時、千景は右足を軸にコンパスのように自身を反時計回りに回転させ、獣が襲撃の目標地点としていた位置から体をずらして攻撃を回避した。さらにその瞬間、獣の突進の勢いと自身の回転の勢いの両方を利用して、獣の逞しい角をまるで小枝のようにあっさりと右手で折り取ってしまった。
千景に飛び込んだ獣は勢いをそのままにもんどりうって地面を転がり、ひとしきり転がり終わると体勢を立て直そうとしたが、体に上手く力が入らないのか泥酔しているかのように足元がおぼつかずしっかりと立ち上がることができないでいた。そして見る見るうちに力なく頽れていき、最終的に獣は地面に横たわり動かなくなってしまった。
「よし。まずは1匹」
完全な死角からの急襲をまるで背中に眼がついているかのように的確に捉え、必要最小限の動きでかわし、さらに致命打まで加える。刹那の間に行われた命のやり取りであったが、この一連の流れの中でさえやはり千景は冷や汗や顔の曇り一つ見せず、落ち着き払っていた。
「グゥルルオォォ...!!」
「グウゥゥ...ガァッ...!!」
「ゥゥウウ...ガウッ...!!」
一瞬の静寂の後、獣たちが一斉に耳をつんざくような雄叫びを上げる。予想外の結果に驚いているのか、はたまた仲間を討ち取られ激昂しているのか、ともかくその声や目には俄かに興奮の色が浮かび始めていた。先ほどまで群れからは警戒や様子見という気色が強く感じられたが一変して敵愾心が最も色濃いものとなり、現在獣たちにとって千景は何としてでも屠るべき仇敵といった対象になっていた。
まず行動を起こしたのは千景の正面にいた獣だった。初速から全速力で走り出し口を大きく開け、そのまま千景の脛へ喰らい付こうとする。だが既に目標の姿はそこにはなく獣の牙は空を切った。先刻まで視界に収めていたはずの標的が忽然と消えたため獣は混乱して周囲を見回すが、どこにもその姿を見つけることができないでいた。そして数秒の後、獣の頭部に衝撃が走りその意識は遥か彼方へと遠のいていた。
牙が届く直前に千景は真上へ大きく跳躍して攻撃を避け、そのまま自由落下のエネルギーを利用して踵落としの要領で獣の脳天に重い一撃を加えた。角はぽっきりと折れ顔は原型をとどめていないほどにひしゃげ、獣は一瞬にして見るも無残な姿へと変貌してしまった。
更にもう一匹仕留めた千景に息つく間もなく獣たちは攻撃を畳みかける。立て続けに同胞を屠られ分が悪いと感じたのか、これならどうだと言わんばかりに今度は二匹同時に左右から千景へと襲い掛かかった。どちらか一方にだけ集中してしまうとたちまちもう片方の牙の餌食になってしまう、そのような対処が非常に困難な状況を獣たちは作り出したがそれでも千景の表情から平静さを失わせることはできなかった。
まず右方から迫って来ていた獣を正面に見据え、先ほどから右手に遊ばせていた、最初に仕留めた一匹目の獣の角を素早く逆手に持ち替え槍投げさながら放り投げた。開けていた大口へいきなり大根ほどもある角を投げ入れられた獣は、やにわに勢いを失い息苦しそうにもがき始め動きを止めた。そうして片方の獣を足止めすると、今度は左足を軸にして少し跳び上がりながら体を一回転させ、左方から迫ってきていた獣に回し蹴りを繰り出しその角を粉砕した。
地面に着地した直後、口の中に角を放り込まれじたばたしていた獣のもとへ素早く駆け寄り、手際よく軽々と角をへし折る。角を折られた獣はキャウンと弱々しい鳴き声を上げた後ぐったりと地面に横たわり、華麗に蹴りを入れられ角を砕かれた獣は一匹目に角を折られた獣と同じく、ひとしきり地面をのたうち回った後にぴくりとも動かなくなってしまった。
「これで4匹目」
矢継ぎ早の猛攻を凌いだ千景だが、その表情にはなおも平然が満ちており呼吸の乱れ一つない。4匹目の獣を仕留めてからは、辺りは嵐が過ぎ去った後のごとく静寂に包まれており、聞こえる音と言えば微かな獣たちの息遣いと天井から滴り落ちる水の音程度だった。瞬く間に群れの半数以上を返り討ちにされて取り残された獣たちは完全に委縮してしまい、先ほどまでの威勢はすっかり消え失せている。残りの頭数で攻撃を仕掛けても二の舞になることは火を見るよりも明らかであり、獣たちもそのことを重々理解しているのかただ千景をじっと見つめるだけで何も行動を起こせないでいた。
「...バウッバウッ!」
しばらくの間沈黙が続いたが残された獣の一匹が我に返ったかのように吠え出した。すると他の獣たちもそれに呼応するかのように吠え始めたかと思うと、千景から距離を取り、蜘蛛の子を散らすように暗闇の中へ消えていった。
「ふぅ、今日はこのへんにしとこうかな」
一人残された千景は体を伸ばしたり肩を回したりしていつもの日課が終わったとでも言うように一息ついた後、足早にこの場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます