第44話

 夕暮れにふと参考になる本が欲しいと思い、マティアス様にお願いして一緒に王宮内の図書館へ行く事になった。


「モア嬢、今度一緒に植物園に行きませんか?」

「植物園?私、行ってみたいです。今の時期なら花も見頃ですよねきっと」


 私はマティアス様と本を選んだ後、話をしながら中庭を通り抜けようとしていると、後ろから声が掛かった。


「モア!!」


声の方に振り向いてみると、そこにノア様の姿があった。後ろには一人護衛騎士が付いている。王宮で問題が起こせるとは考えていないけれど、しっかりと警備はされているようで安心する。


「クリストフェッル伯爵子息様、ごきげんよう」

「モア、少しの時間だけでいい。君と二人で話がしたいんだ」


 私はマティアス様を見ると彼は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔を一瞬したような気がしたが、そこは貴族であり護衛騎士。スッと無表情で私の一歩後ろに付いた。


彼も従者とはいえ今は他国の客人。ましてや私は男爵令嬢。断れるはずもない。何かあれば彼が私を助けてくれるわ。


「……そこのガゼボで良ければ話を聞きますわ」


 私は庭の中央部にあるガゼボを指さす。ここなら建物から丸見えだし、誰かが近づいても分かりやすい。個室のような空間では逃げることが難しいけれどここなら人の目もあるし大丈夫だろうと思ったの。


ノア様は頷き、一緒にガゼボの席に着いた。残念ながらお茶は出ない。マティアス様は黙って私の後ろに立っている。


「モア、愛しているんだ。どうか戻ってきて欲しい。君とまた結婚したい。今度はイェレと家族三人で静かに暮らそう」


夕暮れの太陽に背を向けているせいかノア様の表情は暗く見えてしまう。


「何故ですか?たとえ戻って結婚したとしてノア様は闇から逃げ切れるとは思いませんわ。アルロア夫人が許さないでしょう。国が黙っているとも思えませんし。逃げたところで殺されるか最下層の娼館へ売られて死ぬ。その未来しか見えませんもの」


「……そ、そんな事は」

「あり得ないと言い切れますか?出来るのであれば『時戻り』をする事もなかったはずです」

「私は今、今までに無いほど幸せに暮らしております。どうかそっとしておいて下さい」

「どうしても無理なのか?」

「ノア様に気持ちはありません」


私はそっと立ち上がりその場を去ろうとするとノア様が私の手を掴んだ。


「は、放して下さいっ」

「嫌だ。僕と一緒に国に帰るんだ」


私の手を引こうとするノア様。


今まで見たこともないその表情に私は怖くなった。


「や、やめて下さいっ」


 するとマティアス様は私をグッと掴んだ手に手刀を落として手を放させ、すかさず私を片手で抱き寄せた。


「黙っていれば。モア嬢にこれ以上近づくな」


ノア様にそう言うと、私を両手で抱き込むようにし、額に口づけを落とす。


「モア嬢、怖かっただろう?私から彼に話しておくから少し後ろへ下がっていてくれるかな?」

「……はい」


 私はさっきまでの恐怖とは打って変わって恥ずかしさで顔を真っ赤にする。


は、初めてキ、キスが、額が、だ、抱きしめられた……!?


こ、これはきっとノア様に諦めて貰うためにした事よね!?そうよね、そうに決まっているわ!


混乱しながらも彼の言う通りガゼボから離れるように歩き出す。


「モア!!」


ノア様の声が聞こえて来たが振り返らない。






----------マティアスSide


「モア嬢にこれ以上近づくな」

「お前はただの護衛だろう。止めるな」

「馬鹿な奴。お前はモア嬢の人生に必要ないんだよ」

「煩い。黙れ、ただの護衛騎士のくせに」


マティアスがふっと笑う。


「モア嬢の護衛がただの護衛の訳がないだろう?」

「……どういう事だ?」


奴が訝しげに俺を睨む。


「俺は王太后クラウディア様の命によりモア嬢の騎士となった。モア嬢の騎士の座を賭けて数多の騎士達と熾烈な争いの末に勝ち抜いたのが俺だ。お前のようなただの影とは格が違う。


モア嬢はこの国に来た当初から皆に愛され、釣書が膨大に届く毎日だった。傍に居たいと思う男は星の数ほどいるってことだ。この国にいる間、モア嬢にこれ以上ちょっかいを掛けるならお前を敵と見做して排除する」


その言葉に奴はグッと言葉を詰まらせている。俺はクルリと向きを変えて歩き始めてから振り返り、奴に言葉を投げる。


「あぁ、最後に、良いことを教えてやろう。モア嬢の婚約者は、俺だ」


 俺は少し離れたところで待っていたモア嬢に駆け寄り、奴に見せびらかす様にぎゅっと抱きしめた後、エスコートで中庭を出て後宮へ戻った。奴の悔しがる顔は胸がスッとする思いだ。




モア嬢を部屋に送った後、クラウディア様へ報告する。


「ふふふっ。影からも報告は上がっているわ。もっとやっても良かったのよ?」

「彼女を悲しませるような事はしません」

「ふふっ。そうね」


クラウディア様はとても楽しそうだ。影はどのような報告をしたのだろうか。

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