第43話
「私はずっと後悔していたんだ。モアと結婚してから仕事をする度にモアの心が離れていく。
夫人や令嬢達がモアに嫌がらせをしている事を止めなかった。いや、それを利用する事で相手が優越感に浸り饒舌に喋りはじめる事を止める事が出来なかった。いつも辛い思いをさせていた。謝る事しか出来ない。
寝かされたモアをなんとか守っていたけれど、私が仕事の時を見計らって両親は無理やりモアを連れて行った。
僕ではどうしようも無かった。本当に謝る事しか出来ない。モアが死んで僕が死ぬまでの間、イェルは閨事から一切遠ざけ持ち直したウルダード家に引き取って貰った。母は怒り狂っていたけれど。
それ以上執拗にイェルを追わなかったのは僕が後妻を娶り、跡取りを作ったから。僕は君が亡くなってからの人生はつまらないものでしかなかった。
もう一度、君に会いたい、愛していた事をきちんと伝えたかった。謝りたかった。もし、君とやり直せるのであれば僕は家を捨てる事も考えていた」
彼は思いの丈を言葉にしていた。そこで聞かされた私の知らない話。彼は彼なりに必死に私を庇っていたのね。私自身、彼を見る余裕も無かった。
もう少し私が、私自身に余裕があったら違っていたの?
考えが過るけれど、やはり無理だと思う。
だって私とノア様で逃げ出したところで我が家を陥れるほどの力を持った国が許すわけがない。人知れず殺されるか、最下層の娼館に売られるのがオチだ。それに『時戻り』をした今は過去の記憶を過去として処理できるほど自分は幸せなのだと感じている。
祖母に守られ、両親に守られ、今も隣で私を守ってくれているマティアス様がいる。いつまでも過去に囚われてはいけないの。
「謝罪は出来たようね。では私達はこれで後宮に帰るわ。誕生祭はあと三日。楽しく過ごして下さいな」
祖母はそう言うと立ち上がり、部屋を後にする。私とマティアス様も礼をして祖母の後に付いていく。
「モア、彼等が国に帰るまで気をつけなさい」
「何か接触があるのでしょうか?」
「勘よ、ただの勘だけれど。マティアス、誕生祭が終わるまでモアに付きなさい」
「畏まりました。愛する婚約者を全力で守る事を誓いますよ」
私達は後宮に着いてから軽く会話をして部屋に戻った。
私は翌日も朝、お婆様の準備に取り掛かる。陛下や王妃様と違い特に参加しなければいけない行事は少ないが、各国の使者や他の貴族達のもてなしをするのでゆっくりは出来ない。
今日の祖母は午後から集まった夫人達とのお茶会がある。侍女長や先輩達が細かな部分まで気を配りお茶会の準備をしている。
お茶会を主催する裏側を知って大変なんだなって実感する。今まで主催する側に立ったことがないから。母が取引相手の貴族達を対象にした立食パーティのような物はたまにあるらしいけれど、私は参加したことがない。
結婚しても伯爵夫人なのでほぼ呼ばれる側になる。伯爵夫人という響きにちょっと自分で思っておきながら恥ずかしさも感じている。
そうしてお茶会は恙なく進んでいく。
私はお婆様と隣に座る第三王女様のお茶のお世話係になっている。もちろん今日もベールを外す事はない。
令嬢達の話題は専ら素敵な騎士や令息の話が多い。その話題の中でもクロティルド王太子殿下やノア様の話題も上がっていた。二人とも見目麗しいし納得よね。
近くでレイラ様も楽しそうにお茶をしているわ。
やはり令嬢達はノア様の見目に囚われたと嬉しそうに話をしている。こちらの国には浮名を流している事までは伝わっていないし、熱をあげすぎて被害者にならない事を祈るしかない。
そうして盛況の内にお茶会は終了した。
今日と明日、祖母は後宮でゆっくりする日になっている。後宮の中庭で祖母とお茶をする。
「お婆様、昨日はお疲れ様でした。やはりどこでも恋愛話や素敵な男性の話は定番ですね」
「いつの世も変わらないわねぇ。世の中が安定してきて政略結婚は少しずつ減ってきているしね。今は女も強いのよ?モアもマティアスを尻に敷くくらい強くなりなさい」
「もうっ。お婆様ったら。でもお婆様のような素敵な女性になりたいから学院でも必死に勉強しますわ。父からは『レフト伯爵領はまだまだ開発されていない。現伯爵は騎士団長であり、王宮勤めをしていてとても忙しい。夫人と協力して領地を開拓してしっかりと地元に根付いた特産品を作るように』と言われているの。休む暇はなさそう」
「あら、いい事じゃない。いつマティアスが騎士団を引退しても良いように領地の収益を上げる。領地経営も楽しそうね。私は自分の商会を持っているけれど、楽しいわよ?モアが頑張るなら私も応援しちゃうわ」
「ふふっ。お婆様、有難うございます」
私は祖母とお茶を楽しんだ後、部屋に戻って勉強を始めた。漠然としていた自分の未来を祖母と話す事で少しずつだけれど輪郭が掴めるようになってきた。
やはり口に出すことも必要なのだと実感したわ。
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