第42話

「残っている彼等は私の信頼のおける者なので心配いらないわ」


祖母の話でクロティルド王太子殿下が分かりましたと話し始める。


「モア嬢はこの国の王家に伝わる『時戻り』をしたのではないかと思い、確認するためにモア嬢に会いたいと願い出たのです」

「何故そう思うのかしら?」

「……それは、彼が一緒に時を戻ったという話をしたからです」


 ノア様が一歩前に出て祖母に礼をする。殿下の話に私は震えそうになった。やはりそうだったのかと。息子だというイェルは戻ってもこの状況なら生まれていないので戻れないのだと思う。殿下の一言で一気に当時の嫌悪感が蘇ってくる。


「証拠は?」

「あくまで内密に」


 祖母の言葉に殿下は紙を渡している。きっとこれから起こる国内情勢の話なのかもしれない。一応彼は情報を得る仕事だった。どこまで祖母に情報が出されているのかは謎だけれど。


「……そう。それで?確認してどうしたいのかしら?」

「ここにいるノアは戻る前の彼女の夫。愛おしい妻にどうしても会い謝罪したいと。私もモア嬢に傷を付け守れなかった事、こうして無理を承知でお願いに来たのです」

「愛おしい?馬鹿げているわね。影の分際で。例え時戻りをしようとしまいと孫娘を守る事が出来なかった男二人が何を言っているのやら」


祖母の声は珍しく低く厳しい。するとノア様がお婆様に向かって勢いよく頭を下げる。


「私は、モア嬢を深く愛しております。それは今も変わらず愛しております。けれど、国からも両親からも守ることが出来なかった。息子イェルも。もう一度、もう一度だけモアに会いたい。謝罪したいと願い、今回無理にクロティルド王太子殿下の従者として付いてきました」


不敬罪になりかねないノア様の行動に驚きを隠せないでいた。今まで見たことがないほど必死な様子。


「愛しているですって?まぁ、今はエリアスの誕生祭。各国の使者の要望をある程度聞くと言っているのですから良いでしょう。モア、こちらへ」


祖母はそう言って私を呼ぶ。最後まで祖母は『時戻り』の言及はしていない。


「はい、お婆様」


私は祖母の座っているソファの横に立ち、ベールの付いている帽子を脱いだ。


「お久しぶりです。クロティルド王太子殿下、ノア・クリストフェッル伯爵子息様」


 二人の視線は私に向けられていてそれは頬の傷も捉えているようだ。本当は頬の傷も化粧をすると殆ど見えないのだけれど、今回は傷を目立たせるような化粧をしている。


誇張されたような傷。侍女長の腕は凄いなと感心したのは言うまでもない。


「モア、その傷……。辛かっただろう」


ノア様がそう呟いている。殿下も気まずそうだ。


「顔の傷が気になりますか?」

「未だに傷跡が残っているのだな。モア嬢、本当にすまなかった」

「いえ、前にも謝罪は受けました。もう気にしないで下さい。この国に来てから学院にも通って楽しく過ごしています。こんな傷があろうと私を好いて結婚してほしいと言ってくれる方にも出会えました。今、私は幸せに暮らしていますのでお気遣いは結構ですわ」


 殿下はその言葉に困惑している様子。あちらの国では私の動向までは聞こえてこないはずだから求婚者に驚いているのかしら。それともこの傷で私が不幸になっていると思っていたのかしら。


後者なら俺が救い出してやるとでも思っていたのか。


そう思うと気持ちは穏やかではないけれど顔には出さずにニコリと微笑む。


「……モア、婚約者がいるのか」

「えぇ」

「どうか、その婚約を白紙にして私ともう一度結婚して欲しい」


ノア様は懇願する。私が断る前に祖母が断りの言葉を口にする。


「それは聞けない願いね。何もない貴族同士であれば本人や家の希望で婚姻は自由よ?けれどモアはこれでも王位継承権が存在する身であり、この国に籍を置いているの。そして貴方はラオワーダの影でありモアの尊厳を傷つける可能性がある。孫をみすみす不幸にさせるような事を認める訳にはいかないわ」


祖母は何を言っているの?と言わんばかりな態度をしている。祖母の態度は当たり前だと思う。それほどノアの話は可笑しなものでしかないもの。


「クリストフェッル伯爵子息、この話は聞かなかった事にしておきます。私はもうあちらの国に戻るつもりはないですし、婚約者をお慕いしております。どうぞお忘れ下さい」


 私は一礼をしてソファの後ろへと立ち侍女に戻った。すると彼は突然ごめん、と謝罪をし始める。その様子に祖母も殿下も黙って見ているだけだった。

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