第40話
「久しぶりね、モア。お婆様の所ばかりで寂しくてきちゃったわ」
母はそう言いながらサロンでお茶を飲んでいる。今日は侍女としてではなく、令嬢の格好で母と座っているの。祖母から母が来ると聞いて侍女長から令嬢の格好をするように言われていたのよね。
祖母を待つ間、一週間の我が家の出来事を話していた。お茶会の話や、新たな特産品になるであろう品物を見つけたらしくて母は上機嫌に話を聞かせてくれたの。そして私が前回の結婚した当時、丁度今位にラオワーダ国で流行っていた情報を元にこちらから先に流行らせて収益を挙げているのだとか。
きっとサルドア国に向かう前から同じように流行の一歩先を歩いて莫大な収益を掴んでいたのかもしれない。サルドアで私が保護される理由もその事に絡んでいるだろうし、深くは考えない事にするわ。
「待たせたわ。シーラ、久しぶりね」
「お母様、お久しぶりですわ」
「シーラがわざわざ離宮にくるなんて珍しいわね。今日はどうしたのかしら?」
「お母様ったら。分かり切っていますよね」
二人ともクスクスと笑い合いながらお茶を飲み始めた。
「モア、今日私が来た理由はわかっているわよね?」
「マティアス様との婚約の件でしょうか?」
「えぇ、そうよ。モアは本当に彼でいいのかしら?」
「そう、ですね。正直マティアス様はとても素敵でこれからも一緒に居たいと思っていますが、『時戻り』の記憶が拭えず不安で怖くて自分から飛び込めない部分もあります」
「大丈夫よ。彼は誠実だし、影のような仕事はしていないもの。彼の実力は折り紙付きで将来騎士団長も夢ではないわ。モアを虐めるような家は正攻法で叩き潰しそうよね」
母はクスクス笑っている。祖母も頷いている。
「……とはいえ、婚約は成立したわ。おめでとうモア」
母は嬉しそうに立ち上がり、私を抱きしめてくれた。
「本当ならずっと我が家で幸せに暮らして、学院に行って、恋愛を楽しんで、青春を謳歌できたはずなのに。お母様の所で保護されていたとはいえ離れて暮らすのは母として少し寂しく感じたわ。でもモアは頑張ったわ。ずっと努力してきたんだもの。もう大丈夫なの。モアは私達以上に幸せになってくれないとね」
母の言葉に涙が出た。自分のせいで色んな人達に苦労を掛けてしまった。でも自分を好いてくれる人や私のために動いてくれた両親。親戚。色んな人達の顔を思い出して胸が詰まった。
「ふふっ。モア、私はモアと暮らせて嬉しかったわ。シーラが王女の頃には私も王妃として忙しく動いていたから子供も乳母に預ける事も多くて後悔ばかりしていたのよ?でもこうして孫育てが出来て、私を慕ってくれて、今もこうして側にいてくれる優しい孫は絶対に幸せにならないとね」
「……お婆様」
私は一頻り泣いた後、目を赤くしながらお茶を飲む。
「モアも落ち着いたわね。婚約の手続きを終えた報告としてここに来たのは間違いないのだけれど、兄様から気になる話を聞いたの。お母様にも招待状は来たかしら?」
話が変わると、母も祖母も急に真面目な顔になった。私は首を捻りながら祖母達の話に耳を傾ける。
「えぇ、勿論招待状は届いているわ。今回は私も出席するように、とエリアス国王様からのご命令なのよ」
祖母の言い回しから面倒だわと言いたげな様子。
「お婆様、王宮の舞踏会に招待されているのですか?」
「今度のエリアスの誕生祭よ。戴冠して二十年だから記念式典が催されるの。問題は各国からも使者が来ることね」
「各国からの使者は毎年外交などで来ているのではないのですか?」
外交は式典がなくても行われているので不思議に思っていると。
「今回のラオワーダ国の使者はクロティルド王太子殿下が来るのよ。そしてモアに会いたいと要望があったの」
「……私に会いたいと要望、ですか?」
「えぇ。今頃になってね。何があるのかよく分からないからモアは当日私の侍女として側にいるように手配しているわ。もちろん護衛にマティアスも付く事になっているのよ?」
「そうなのですね。何故今頃になって私に会いたいと言っているのか謎ですが、公式な場ですから断る事はできませんね」
事前に使者の要望がある場合はある程度叶える手筈となるため要望を出したのだと思う。でもクロティルド王太子殿下は婚姻したはず。
夫婦で来るのかしら?
私には直接知らせは来ていないので陛下かお婆様が対応してくれているのだと思う。
そこからは陛下の誕生祭の話になった。爵位のある者は全員出席が義務らしいけれど、夜は晩餐会があり、高位貴族だけの参加になるらしい。けれど唯一の例外は母。本来なら男爵位なので参加はしないのだけれど、我が家はサルドア国有数の富豪で元王女である母は特別枠の参加らしい。
母は参加を面倒だと嫌がっているけれど、エリアス国王様から直の命令なのだとか。妹可愛いは健在なのかもしれない。
私はというと、爵位を持つわけでもないので本来なら全ての行事に参加しなくてもいい。けれど、要望があったので祖母の侍女として同行する事になっている。もちろんドレスを着るわけではないので一安心ね。
そうしてある程度母とお婆様はお話をして一泊した後、母は忙しいのよとすぐに帰ってしまった。陛下の誕生祭は学院が始まる一週間前なので私は誕生祭が終わった後、そのまま自分の家に戻る事になっている。
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