第16話
ここは静かでいいわ。誰もがおしゃべりに夢中でここには来ないもの。時間までここに居てもいいかも。噴水の周りは花が沢山咲いていて香りもいいしここでゆっくり本を読みたいわ。そう思っていると、数人の令息と令嬢がこちらに向かって歩いてきた。
「いた、いた!ここに居たわよっ!」
一人の令嬢が私を指さしてきた。確か、あれは五歳上のシュバイル侯爵令嬢だったわね。私は知らないふりをしていると、彼らは私を取り囲んだ。
「あなたの家って伯爵家よね?」
「……?そうですが、何か?」
侯爵令嬢はニヤリと笑っている。その様子から悪い予感しかしない。他の令息や令嬢達は皆、下位貴族だと思う。伯爵位で小さな私が一人でいる事をいいことに標的にしようとしているのね。
こうして悪意を持った人達に取り囲まれるのは気分が悪い。黙っていると彼女は私が黙っているのをいいことに文句を付けてきた。
「貴方の家って貧乏なのでしょう?だからドレスも買えないのよね。恥ずかしくないの?」
「……恥ずかしくはありません。父が精一杯頑張って用意してくれたのですもの」
私の言っている意味と彼女達の受け取る意味は違うけれどね。令嬢達の振る舞いに笑いが込み上げてくるのを必死に押さえようと下を向いた。グッと耐えていたせいか身体が震えていたみたい。令嬢達は私が泣いていると勘違いしたようで大声で私を笑い始めた。
彼らは周りを気にした様子もなく悪ふざけをするように私の髪の毛を引っ張った。
「痛いっ」
私がそう呟くと楽しくなったのか更に引っ張ったり、背中を小突いたりしてきた。大声で貧乏人と騒ぎ立てている。
「何故こんな事をするの?」
「何故?服も真面に買えない伯爵家なんてこの国の恥だからよ!!お前なんて出ていけばいいのよ!」
出ていけるものならすぐに出ていきたいのはこっちよ!と言いたいのをグッと我慢し、黙っているとそれが気に障ったようだ。
令息達が私の腕を捕まえて動けなくし、一人の令嬢が会場から持ってきた紅茶を私の顔の前に持ってきてニヤニヤと笑っている。あぁ、これは不味いわ。化粧が取れてしまう。
「止めて!!」
私は今までにないくらい大きな声で叫んだ。けれども彼らは笑うばかりで気にしていない。
「これで顔でも洗えばいいわ!」
そう言うとパシャリと頭から紅茶を掛けてきた。令息たちは笑いながら腕を放した。
「きったねぇな!!臭い貧乏人には丁度いいな!」
そう彼らは大声で笑っていると……。
「君たちは此処がどこか分かった上でやっているのかい?」
それまで大声で笑い、騒いでいた令嬢、令息達が一瞬にして息を呑む。そこに現れたのはクロティルド王太子殿下と護衛の騎士達だった。
「幼い令嬢を寄ってたかって虐めるなんてね。……君、大丈夫かい?」
殿下の言葉に令嬢達は顔を青くしている。私の腕を掴んでいた令息達はすぐに手を離した。
クロティルド殿下はハンカチをポケットから取り出して私の濡れた顔を拭いてくれる。
「クロティルド殿下、お止めください。殿下が汚れてしまいます。もう大丈夫ですから」
私は慌てて止める。
「!!!……あ、あぁ、そうか。こんなに汚れていてはこれ以上お茶会も参加出来ないね。王宮には替えの服もあるだろうから着替えるといい」
「いえ、これ以上ご迷惑は掛けられません。私は馬車へ戻ります。クロティルド殿下お気遣い有難うございます。では、失礼します」
私は一礼をして下を向いたまま早足で馬車へと戻った。
「お嬢様!大丈夫ですか!?」
御者は茶色い濡れネズミとなった私を見て驚いていたが、すぐに馬車の中に入れてくれた。
「ねぇ、御者さん。お母様に先に馬車に戻ることを伝えていなかったわっ」
「私がそこにいる騎士に伝えてきますから大丈夫ですよ」
「えぇ、お願い」
御者は近くにいた騎士に話をすると騎士は母に伝えてくれるようで中庭の方に向かっていった。
私は馬車内に置かれてあるタオルでゴシゴシと頭やドレスを拭いていると、怒り狂った母がバタンッと大きな音を立てて馬車の中に入ってきた。
「お母様、ごめんなさい。まさか頭から紅茶を掛けられるとは思ってもいませんでした」
「モア、ごめんなさいね。嫌な思いをさせてしまったわ。でも、もう大丈夫きちんとクロティルド殿下と王妃様が対処して下さるわ。私達は帰りましょう」
私は母にギュッと抱きしめられた。
「お母様、私はどうとも思っておりませんよ?だって貧乏だって彼等は私を馬鹿にしていたけれど、家は貧乏とは無縁の生活ですもの。途中で笑いそうになるのを必死に堪えていました。これも早く帰るきっかけだったと思えば万々歳です」
「そうね。これで口実も出来たわ」
母の機嫌がみるみる良くなってきた。馬車はすぐに我が家へ向かった。
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