047:いつかの笑顔を願って
「 ……コホンッ失礼しました。話に戻りましょう 」
咳払いを一つ。「シャー!!」という鳴き声が聴こえそうな程威嚇してる猫みたいに鋭い眼光でこちらを睨むルイスと、未だ机に頭を起きピクピクと痙攣しているリースを無視し、頭にどでかいたんこぶを生やした俺は冷静に話を切り出す……マジで痛い
「 俺としても事を大事にしたくはありません。なので、こちらの要求を受けて下さるならダールさんのその願い聞き入れましょう 」
「 ほ、本当ですか!!?ありがとうございます!!是非、なんでもお申し付けくださいッッ 」
焦燥と歓喜が混じった複雑な表情で車掌さんは声を上げる。皮一枚繋がったとはいえ目の前の要人が何を求めてくるのか分からないのだから不安もあるのだろう。
そんな彼を真っ直ぐに見つめ、交渉の言葉を紡ぐ。
「
「「「 !!? 」」」
顔を伏していたリサさんはその言葉を耳にパッとその赤く泣き腫れた表情を露わにし、結果列車運営の代表として来ていた3人は共に驚愕をこちらに向けては、言葉を失っていた。
これが自分勝手な我が儘だって事は十分に理解している。だからこそ、この要望を通す為の妥協点を作る。
「 本当はこの事件自体を無かったことにして欲しい。俺自身被害にあったとは言え、今こうして何事もなく無事な訳ですし。けど、それがそちらとしては難しいという事も理解しています。この件を有耶無耶にしてしまうと他のスタッフさんに示しがつかない……でしょ? 」
説き伏せるように発した問いに、我に返ったダールさんは小さく「おっしゃる通りです」と言葉を返してくれる。
「 今回だけ、
先程までの態度はなんだったのか、無意識に少し弱気が籠ってしまった言葉を聞いた幼馴染たちは、おそらく苦渋を浮かべてしまっているのだろう俺の顔を心配そうに見つめてくる。そんな一転した優しさに思わず苦笑が漏れてしまった。
大丈夫だよ、ありがとう。
さっきのように激情に囚われないよう心を冷静に保ち、思いを代表たちに向ける。
「 俺はノイさんを護れなかった。けど、彼女の未来だけなら護ることが出来るかもしれない……護りたいんです 」
最後の一言だけは、自分自身の為に口にした言葉だ。
だけど……それでも全ては護れない。人間一人に出来ることには限界がある。成長はそれは苦しいほど実感させる。
だからこそ、例え想う全部を救えないのだとしても精一杯だけはしたいのだ。
手を伸ばして掴まえれるのなら、護れるのなら俺はどれだけの苦難がそこにあろうとこの手を伸ばし続けたい。
夢を、職を追われた彼女に待ち受けるのはきっと苦労の多い毎日となるだろう。それは辛く厳しい日々となり、そんな苦難に心はより傷付き続けるかもしれない。
それでもノイさんには、リサさんというかけがえのない
心の底から相手の為に、同じく泣き苦しんでくれるそんな存在がいてくれるのならきっと大丈夫。
俺は、無責任だけどそう信じてる。
どれだけの試練があろうとも、彼女にも笑って過ごせる世界はきっとあるのだと、信じてる。
「 ……カイル様。失礼な発言で申し訳ないのですが、お客様とノイさんはこの列車で知り合ったばかりの仲だと認識しています。何故そこまで彼女に肩入れを……? 」
予想外の要望に何か裏があると思っているのだろうか、神妙な面持ちの車掌さんは慎重に言葉を投げてくるが、そんな彼に俺は苦笑を返すしかない。
「 意地悪な質問ですね。けど、特に深い理由はありません、俺ってのは
そんな間抜けな解答に幼馴染たちも思わず笑みを溢す。それを目にダールさんも今回のようなことが初めてではないという事を悟ってくれたのだろう、また驚いた顔をするが、すぐにやれやれと優しく呆れているかのように少し表情を柔らかくしてくれた気がした。
そんな車掌さんに最後の
「 ダールさん、オリゴさん。たった一日、それも数時間程でしかない付き合いでしたが、それでもノイさんがこの列車で働く事にかけていた情熱は素人である俺にも凄く感じられました。共に働いていたお二人ならそれは尚更だったはずです……これは俺からの
そこまで言って「お願いします」と頭を下げる。そんな俺にオリゴさんは狼狽しては「どうか頭を上げて下さい」と口にするが、ダールさんは強く口を詰まったままであった。
被害者件『
しかし、要人はそこに
なんならこの場で口約束だけしておいて、全てが終わった後簡単に裏切る事だって出来るはずだ。そして、それを咎めるなんて俺には出来ない。
下げていた頭を戻し、車掌さんを真っ直ぐに見つめる。
息の詰まる雰囲気、それが数分もの間続く。いや、もしかしたら自分だけがそう感じているだけで実際は数秒しか経っていないのかもしれない。
しかし、この沈黙こそがノイさんがこれまでひたむきに努力し続けてきた結果なのだと俺は感じている。もし彼女がこの仕事をただの職務と分かりきって過ごしてきただけならダールさんはこんな願いなどバッサリと切り捨てていただろう。
そうせず口を閉ざしているのは、おそらく彼自身がノイさんの頑張りをより評価し、この事件に深く同情しているからだ。それはこれまでの発言を振り返れば容易に理解できる。
列車運営本部として、車掌として、そしてダールさんという一人の人間として……彼は熟考を続けている。
そうして更に少しの沈黙がすぎ、脇に下げていた帽子を深く被り重なっていた視線を外した車掌さんは俺に表情を隠すようにバッと腰を下った。
「 かしこまりました。ではカイル様のご要望を受けさせて頂き、ノイさんを護衛団へ引き渡すのは止めといたします。そして列車運営本部としては彼女に対し『自主退職』という対応をさせて頂きたいと存じます。勿論、退職金の支払いなど正当な手続きは行います……よろしいでしょうか? 」
ダールさんは頭を下げたまま言い切る。それを耳にしたリサさんは親友の今後に希望がある感動にいよいよ我慢出来なくなったのだろう、また感情を隠すように、しかし以前とは違う涙を僅かに眼から溢れさせては車掌さんに続きこちらへと腰を下った。
念の為に幼馴染たちを見てみると二人とも「よかったな」と言わんばかりの笑みをこちらへと向けてくれており、それを目におそらく一番の理想であろう結果に落ち着けた事を実感しては安堵の息をつく。
「 ありがとうございます。では、その対応でお願いします 」
ノイさんが職を追われるのは、残念ながら変えられない結末だ。どうあっても彼女の夢は……ここで終わってしまう。
だが列車運営に損害与えた者としての懲戒解雇ではなく、あくまで個人の理由で離れた者として扱われる自主退職とでは天地の差だ。おそらくこれを追求する職はあまりないだろう。
後は彼女次第、ここから先の未来への道を整えるしか俺には出来なかった。悔しいがこれが今の精一杯だ。
「 この度はスタッフ、ノイ・タンジットによる加害誠に申し訳ありませんでした。そして列車運営、また彼女への寛大なお心、感謝の極みにございます…… 」
そこでダールさんは言葉を詰まらせる。そして少し間を起いた後これまでよりも僅かに篭った声色で「ありがとうございました」と続けた。
その言葉にどんな想いが込められていたのか、考えるのは無粋だろう。
頭を上げる車掌さんの顔色は深く被られた帽子によって隠されているが、なんとなく嬉しそうに見えた気がした。
そんな彼に幼馴染たちが俺に向けてくれたような笑みを浮かべながらオリゴさんは話を続けてくれる。
「 お時間頂きありがとうございました。食材当の安全は昨夜スタッフ総動員で再確認しましたので問題ありません。どうか朝食の方お楽しみ頂ければ幸いです。担当スタッフとしてリサさんを残しますので何かありましたら遠慮なく彼女にお申し付けください 」
そうして頭を下げたままのリサさんを残し、二人は深い一礼を最後に部屋を後にする。
一体今日だけで何回頭を下げたり、下げられたりしたのか……つ、疲れた
とはいえ、まだもう一つ。
椅子を立ち、顔を伏せ今だ肩を震わせている彼女へと足を向ける。そんな俺にルイスも続く。
「 あっ、リースさんは座っててくれます? 」
俺たちを追おうと席を立つが、あまりにもダメージ過多な股間を抑え、産まれたての子鹿のように足をブルブルとさせている
そうしてリサさんのすぐそばまで移動しては、深呼吸を一つ。様々な感情はありつつも、しっかりと伝えるべき言葉を選び口を開いた。
「 リサさん……すみません、俺に出来るのはここまでです。後の事は頼みます。どうかノイさんを支えてあげて下さい 」
それを耳に頭を上げ俺を見つめる彼女は、顔中真っ赤なうえ涙でぐちゃぐちゃになっており、どうにか声を絞り出そうとするその口はワナワナと震えてしまっていた。
「 うぅ……カイル、様……ぐすっ、ありが、とう……ございました 」
こんな状態なのに、止まるはずもない涙をどうにか押し留め、一スタッフとして丁寧な言葉を選ぼうとするそんな彼女をルイスは優しく抱き包んでは、その背をゆっくりと摩り宥める。
「 もう、いいの。もう我慢しなくていいんだよ?頑張ったね 」
そう優しく語りかけるルイスを目に、まだ幼児だった頃の恥ずかしい思い出が蘇る。するとまるであの頃の俺のように、温かく優しい柔らかさをその身にしたリサさんは、感情を抑えることが叶わなくなり、聖母のように感じているのだろう幼馴染に縋り付いては声をあげて泣いた。
これまで我慢していた全てを解き放つように、声が枯れんばかりに年甲斐など気にせず、幼子のようにただただ泣き続けた。
親友が間違いを犯してショックだったのだろう。
親友が騙されて犯人が許せなかったのだろう。
なぜ親友がと悲しんだのだろう。
そして親友が投獄されるかもしれないと怖かったのだろう。
複雑な感情が渦巻き、それでもリサさんはこの列車のスタッフとしての職務を全うした。溢れんばかりのソレらを誰よりも必死に抑えて耐え続けた。
でも、もういいんだ。
「 大丈夫……大丈夫。泣いても良いんだよ、一杯泣いていいの 」
ルイスはおそらく今リサさんが最も欲しているだろう全てで彼女を温かく包み込む。
「 うぅぅ、あぁぁぁ!!!あぁ、ありが、とうございます……ぐすっ、ありが、とう、うぅぅッあぁぁぁ!!! 」
泣き叫びながらも、それでも必死に俺たちへと感謝を繰り返すそんな彼女に思わず笑みが溢れる。それはルイスも同様であった。
リースは知らん。
そうして彼女の我慢していた全てを俺たちは受け止め、朝食を共にする。
たくさんの話を聞いた。ノイさんの家庭事情や彼女がリサさんと一緒に今までどれだけ頑張って仕事を尽くしてきたのか。
たくさん、たくさん話を聞き、そして改めて心に固く誓う……仇は必ずとる、と
もし最悪の形として考えていた推測が正しかったのならば、その機会は遠からず訪れる。
その時、果たして俺は自分を制する事は出来るのだろうか?
中央都市を目前に、心には確かな陰りが生まれそこに潜む激情は確かに熱を高めていくのであった……ーーー
第三章 『 試練を乗り換えし者(前編) 』 完
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