046:交渉

切り替えた思考で敢えて冷たく言葉を吐く。すると代表である3人の顔付きに明らかな狼狽が見てとれた。


まぁ、先程まで穏やかだったハズの被害者が急に静かな怒りを露わにしたかのような反応をしてしまっているのだから仕方がないだろう。別に意地悪でそうした訳ではないのだが、今はこの姿勢スタンスを貫く必要がある……どうしても、引き出したい言葉があるんだ。


そんな俺に冷や汗を流すダールさんは口を開く。


「 ノ、ノイさんの処遇についてですが、中央都市ルドアガスに到着後『護衛団』に身柄を引き渡し、然るべき裁きをうけて貰うつもりです。その後彼女は……列車運営本部から懲戒解雇が言い渡される事になります 」


『護衛団』とは中央都市に本拠点を置き年々その勢力を驚異的な速度で拡張させている騎士団や警護団の完全上位組織として設立された団体だ。


いずれはその活動域を大陸全土へと広げようとしているソレらは今や総団員数が一万を優に越えているとすら噂されており、中央都市周辺の小さな町などは全てこれらの庇護を受けている。故に必然その権力も高まり続けており、今や犯罪行為に対する裁判や投獄もその業務の一環として任されているのだ。


もしノイさんがこれに今回の事件の犯人として殺人未遂の罪で引き渡されれば、数年牢屋に入れられる可能性もあるし、そうでなくても罰金刑はまず確実だろう。しかし一番の問題は、彼女の経歴に罪が記載されてしまうことにある。


ウィルキーのような町ならまだ何とかなるかもしれない。だが中央都市には、その広さや発展により当然の如く田舎よりは犯罪行為などが実在する為に、職につく際はこれまでの生い立ちをある程度調べられるという就職の際の特徴があるのだ。となると汚れてしまった経歴が最大の不利要素デメリットとなるなど想像に難しくない。


更には懲戒解雇という、列車運営本部に多大なる損害を生じさせた愚者であるという烙印レッテルまで押される始末。果たしてそんな事になって、この街は彼女を受け入れてくれるのだろうか?


求めていた言葉ではなかったが、軽く想像するだけでも悲惨以外ない、そんなノイさんの未来を耳に思わず顔を渋めてしまう。すると不意に涙の混じった嗚咽が一つ。

視線を向けてみると、スタッフとして眼前のお客に悟らせないよう努めているのだろう、顔を伏せては精一杯にその心情を隠そうとしているリサさんが目についた。

しかし、抑えきれない哀情は彼女の肩をずっと震えさせている。


「 ………リサさん 」


こんな事件が起きるまでは充実に満ち輝いていた人の変わり果てた姿に思わず同情が漏れてしまう。


彼女の親友は、ノイさんは利用されただけなのだ……


しかし騙されたとはいえ、毒を盛り図らずも人を殺そうとしてしまったという事実はどうあっても、変えられない。


例え被害者である俺が許したとしても、この問題がスタッフと客との間で起こったという事件である以上、列車本部としてはこれを無視する事は出来ないだろう。相手がこの大陸でも上位の権力を持つ組織の一つである『中央局』に名を記された『冠使役者クラウンホルダー』であるなら尚更だ。


彼女を完全に救う事は難しい。けど、俺に出来る精一杯だけはしておきたい。何もせずにこの問題を終わらせなんて絶対に嫌だッッ


「 事件の全容にノイさんへの対応。そして俺や今なお巻き込まれている幼馴染二人への謝罪とお詫び……十分に伝わりました。で? 」


先程の少しキツめの口調ではなく、今度は静かに感情を込めずに言葉を紡ぐ。

それは室内に長い沈黙を作り出し、僅かとは言えない間そこに響くのは列車が奔る独特な走行音だけとなる。


幼馴染二人はこの場の全てを俺に任せるように静かに口を閉ざし、リサさんは今尚消えない哀しみを必死に押し殺し続けている。残る代表達はこの列車の為にすべきただ一つの選択肢を口にするかを至難しては苦難の表情を浮かべていた。

しかし、いつまでのこれが続く訳でもなく、息苦しい雰囲気の中、車掌は覚悟を決めたようだ。


「 ……カイル様。無礼を承知でどうか聴いていただきたいことがあるのです 」


そうして意を決したように絞り出した声に、未だ顔を伏せ肩を震わせているリサさんを除くこの場にいる全員の視線が向けられた。


「 どうか……どうか今回のこの事件。皆様のお胸にしまっておいては下さらないでしょうか? 」


そう深々と頭を下げるダールさんに沈黙を向け、続きを促す。気がつくと彼の隣にいるオリゴさんも同様に腰を折っている。


「 被害に合われたお客様、そしてそのご友人様にこのような勝手な申し出、無礼極まりない事は重々承知しております。しかし、何卒。何卒ご一考頂けないでしょうか? 」


その言葉には車掌としてこの列車を守ろうする彼の強い思いが感じられた。


中央都市ルドアガス列車運営本部』


中央局や多くの開発者協力の元立ち上げられたこの会社は設立されてまだ10年と経っておらず、世間からの声は多くない。


『 魔導列車という未知の移動手段を作り運用している、よくわからない会社 』


という印象を良いものにしようと日々職務を全うしている彼らにとって、今最も失いたくないものは金を積んでも得られない『信頼』そのものなのだ。


良くも悪くも、分からない。

そんなどちらにも転びそうな現状で、もし今回の事件が広まってしまえばその評価が今よりも大暴落するのは目に見えている。


特別席を担当するスタッフが利用者に手を出したなどという現実は、今まさに多くの利益をもたらしてくれているであろう富豪層だけでなく、からへと印象が変わってしまった一般層の客足をも遠ざけてしまうだろう。


結果これまで培ってきた信頼は失われ、多くの客が離れてしまう可能性は高い。最もそれは、ノイさんが防衛団に引き渡された段階で新聞などによる大衆報道マスメディアによって世間に知れ渡ることであり、それらの損害は覚悟しなければならない確定事項だ。


なら、何故ダールさんはこのような口封じを申し出てきているのか?


理由は簡単だ。


列車運営本部は中央局に多大な支援を受けている。そしてそんな組織にとはいえ所属している事になる俺に被害を与えてしまったという事実は、世間からの悪印象を払拭するための力、後ろ盾を完全になくしてしまうという危険性を孕んでいるのだ。


もし俺が中央局に愚痴や文句を垂れようものならそれは避けられない未来となり、魔導列車という革新的な技術体は時代にもみ潰されることだろう。


故に彼らは

「使役者として狙われる事はよくある事、列車運営に非はない」と言わせなければならない。


俺にそう願い出るしかないのだ。自らの夢の形、魔導列車という素晴らしき時代の産物を守る為に……そして求めていた、彼らから引き出したい言葉はその先にある。


車掌は頭を下げたまま、必死の懇願を叫ぶ。


「 我々に出来る事なら致します!!賠償金がお望みならご希望の額を言っていただければ中央都市ルドアガスに到着後すぐにッッ幾らでもご用意させて頂きます!!ですので……何卒、何卒ッッこの身勝手な願い、聞き入れて頂くことは出来ないでしょうか!!? 」


きた!!


求めていた、引き出したかった言葉を耳に、あからさまに態度に出ないよう安堵の息をつく。


これでようやっとスタート地点だ。


そしてこれからは計画通りに言葉を紡ぐ。失敗しないよう、気をつけながら……そう心を固め口を開ーー


「 ん?今って 」


「 リース 」


「 あっ、はい。すみません、ちょっと魔が刺して 」


こッッッの!!お馬鹿ッッ!!!………と思いつつも、体面は冷静クールに真顔でこの馬鹿に視線を向ける。


巧みに、俺たちが今座っている場所は机を挟んで前方にリース。上座にルイスとなっている。


自称ツッコミ担当の幼馴染が

男二人あんたらが殴り合える距離に座るとこっちが疲れる」とを付けたせいでの配置だ。


故に、俺は机の下で悟られないよう履いている片方の靴を半分程脱いでは振り子のように揺らしてゆく。狙いは当然長机により見えないがその下で無防備に開いてるであろう前方にいる幼馴染の……


「 リース。お前をしばくのは部屋に帰ってからだと言ったな? 」


「 言ってないです、カイルさん。それ多分あんたの脳内台詞 」


「 アレは嘘だ 」


前方の馬鹿のツッコミを無視し、言葉を吐くと共に足の振り子を早め……


(半分脱いだ)ボールをッッ!!


相手の股間ゴールに向かってッッ発射シューーート!!!


そうして足が軽くなると同時にリースの顔が瞬時に絶望へと変わる。脳内で「チンッ」という音が聞こえた気がした。


「 あぁぁぁぁ!!!! 」


超・エキサイティング!!!


そうして絶命を叫び机に崩れる馬鹿………


待って!!違うんです、ルイスさんッ!?

俺だって真面目にやりたかったんです!!どうかお慈悲ーー


「 こッッッの!!お馬鹿ッッ!!! 」


「 すんっっっぐぅわぁぁ!!! 」


弁明よりも先に頭に降り注ぐルイスの拳骨乙女の流星。俺はその強烈な一撃ダイレクトアタックによって奇声を上げながら目の前の幼馴染同様、机に崩れ悶えるのであった……ーーー

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