045:敵意と激情
先程訪れたスタッフさんの予想外の提案、というより懇願のような言葉に案内され身支度を済ませた俺達はとんでもない一室に招かれていた。
それは狭い従業員通路を除いて車両一つふんだんに使った、富豪といえど扱える者は更に少数であろうこの寝台魔導列車で唯一の
俺たちが今回利用している特別席自体、金持ちの特権のようなものなのだが、部屋に足を踏み入れた瞬間本能的に理解出来てしまう圧倒的違い。
部屋を飾るのは田舎者でも名を知るような歴史的画家や彫刻・彫像師により生み出された作品の数々。
芸術に興味がないものでも無意識に魅入ってしまうであろうそれらは窓から差す陽光に加え室内を照らす、魔石を動力源としていると推測出来る最新式かつ特殊な造りをした
清潔としか言いようがない、
平民からすればパーティーでもする場所なのか、としか考えられない室内の中心にある触り心地の良い生地で織られたテーブルクロスの掛かった長机は、どうやら食事を摂る場であるらしいのだが……こんなに広さいるのか?
そしてそんな長机に配置された、これまた当然のように高級そうである椅子に俺たち3人は腰掛け、物心ついて初めてである富豪体験をしたばかりであった昨日の乗車時のように緊張からガチガチに硬まった身体で姿勢を正していた。
……で、俺たちは何すればいいんだろうか?
見た事ないくらい丁寧かつ低姿勢でお願いされたとはいえ、要は「とりあえず来て欲しい」と懇願されたから
スタッフの皆さんは横一列にピタッと並んでおり、皆その顔々には僅かに疲労が見て取れる気がする。
うむ……流石にこのまま放置されるのは気まずい。すると、救い船とばかりに新たに部屋にやってくる見知った面々。車掌のダールさんに料理長のオリゴさん。そして食堂車両で知り合ったリサさんだ。
なんとか気軽に話しかけれそうな顔ぶれを目に安堵の息を付くが、しかし予想とは裏腹に現状は変わってくれず、彼らはスタッフさん達の前にまるで代表であるとばかりに立つと同様に難しい顔で口を閉ざしてしまう。
そして再びの沈黙……。
室内にはガチガチに硬まった田舎者3人と、綺麗に並んでいる10人はいるであろうスタッフさん達。そしてその代表とばかりの顔見知り3人という中々に珍しい組み合わせ。
もうなんか先頭にいるダールさんが突然
「 今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます 」
とか言い出しても違和感がない程の謎の緊張が走っている雰囲気に、思わず喉を鳴らしていつのまにか溜まっていた唾を呑み込んでしまう。
「 ……カイル様、そして皆様 」
そんな雰囲気の中とうとうダールさんが重く口を開く……緊張は更に高まり冷や汗が流れるが、それを無視して次の言葉を待つ。
「 ……ちょっと殺し合いを 」
「 リース、しばく 」
おめぇぇじゃねぇぇ!!座ってろ!!!なんっっっで、おんなじ事考えてるんだよ!!!?
とりあえずこんな場面でボケたリースは部屋に帰ったらもう一回玉蹴るの決定な?
緊張からふざけたくなる気持ちはわかる。けど、今じゃないッ!?
という事で絶対許さん。玉蹴る、潰す。
「 ウチの馬鹿がホントにすみません 」
努めて冷静に言葉を向けると、それに合わせるように今度はダールさんだけでなくスタッフさん達全員が一斉に「バッ」という空気を割く音が聞こえる速度でこちらへと頭を下げてくる。
まさか、ホントにやるんですか!?最期の一人になるまでですか!!?
「 この度は、誠に!!誠に申し訳ありませんでした!!! 」
そうして絞り出されたその声を皮切りにダールさん、そしてオリゴさんが代わる代わる様々な謝罪の言葉を続ける、大謝罪大会が開催されてしまうのであった………ーーー
それから数十分もの間二人の謝罪は続き
「代表として責任を取り自害します」とでも言いかねないほどの勢いに気圧され、こちらがひたすらに宥めるというやりとりを永遠と続け続け……ホントに疲れた。
結果、俺たちの対応を今よりも更に上のVIP扱いとし、特別な朝食に手土産など出来る限りの手を尽くさせて欲しいと懇願されてしまい。
もちろん最初は断ったのだが、それをすると会話がリセットされやり直しになるという
「 本当になんとお詫びすれば良いのか……この度は 」
「 いや、ホントにもう良いですから!!十分皆さんには謝罪していただきましたし、その気持ちも伝わりましたから!!……それより 」
代表の3人を除いたスタッフさんたちが朝食の準備をしてくれている中、一度は治っていたハズの謝罪が再び始まろうとしていた為、本題とばかりにずっと気になっていた事を問うてみる。
「 ……ノイさんは、どうなったのでしょう? 」
そんな俺の言葉に代表の皆さんが静かに息を呑んだのが分かった。すると少しの躊躇いの後二人は視線をリサさんへと送り、それに応える彼女は一歩前へ出ると一礼を向けてくれるが、それに篭る悲壮は計り知れないものであると感じる。
「 ノイちゃんは……恐ろしいことをしてしまった、と……カイル様に謝罪したいと、何度も泣き呟いていました。おそらく今なお罪悪感と後悔からそれを続けていると思います 」
リサさんにとって古くからの親友であるノイさんが如何に苦しんでいるのかその重い言葉から容易に想像できる。口を閉ざし、彼女の報告を、その言葉の続きを待つ。
「 昨夜カイル様が毒物を特定し、実際にそれがノイちゃんの衣服のポケットから発見されたことで一度お部屋から解散させて頂いた後、私達は彼女を拘束し聴取を行いました 」
ダールさんもオリゴさんも黙ってリサさんの言葉を続けさせている。
「 彼女曰く、所持していたものがカイル様が教えてくださったような危険な毒物であるとは聞かされていなかったらしいんです…… 」
「 つまりそれって、ノイさんを騙してライルの実の粉末を渡した誰かがいるって事ですよね? 」
「 ………はい 」
気がつくと朝食の用意も既に終わっていたようで室内には俺と幼馴染二人。そしてこの件の代表である3人以外には誰もいなくなっている。
静まり返った室内でリサさんは続ける……
「 昨日夕食のご用意をさせて頂くよりも前。ノイちゃんが一人で行動していた時に
時間帯的に、おそらくノイさんが部屋に茶菓子を配膳してくれた後の帰り道と言ったところか……
昨日の出来事を思い出しながら聴き入っていると、不意に耳が「ギリッ」という拳を握るような音を拾う。
それはどうやら幼馴染たちが発したものであったようで、視線を回してみると、リサさんが語ってくれているそのフードの客とやらに不快感を感じているのだろう険しい顔つきになっている二人が目についた。
俺は幼い時から孤児院で生活している。故に親戚なんて……
「 その方はカイル様との思い出などを意気揚々と語った後、ノイちゃんに『イタズラを仕掛けたいから手伝って欲しい』と続けたらしいんです 」
その言葉を耳に早ったリースが「まさかッ!?」と食いつこうとするが咄嗟に片手を向けて静止させる。それにより口を止める幼馴染を目にリサさんはもう一度俺に頭を下げた。
「 いくらお客様のご要望でもそのようなことは許容しかねるとノイちゃんも断りを入れたようなのですが…… 」
そこまで言ってリサさんの口振に濁りが混じる。
「 リサさん? 」
そんな彼女に続きを促すが、まるでそこから先はまだ不明であるかのようにリサさんは言葉に悩んでいるようであった。すると、交代とばかりに今度はダールさんも一歩前へと出ると、ゆっくりと口を開く。
「 ノイさんの話では、フードのお客様は私の
「 は!?……そ、そんな事って 」
田舎者3人揃って息を呑む。
書類の偽造、それだけでも理解が及ばない問題だが
動揺から全身だけでなく思考までも硬まってしまうが、どうにか少しの冷静を戻し言葉を絞り出す。
「 その……都会の方じゃ書類や捺印の偽造なんて事は結構あったりするんですか? 」
俺の認識では重要書の偽造だなど
「 いえ、私もこのような事例は初めて聴きます……ノイさんがここに勤めてそれなりの年が経ちます、勿論私の確認印を見る機会も多くはなくても幾らかはあった事でしょう、それは書類も同様です。そして私が知る限り誰よりも仕事熱心であったノイさんがそれを覚えていないとは到底思えません。つまり提示された偽造書類一式はそんな彼女の目さえも騙せてしまう程の完成度だったという事なのでしょう……これには、私個人の私情としても、同情せざるを得ません 」
そんなダールさんの本音を耳にする事で、今回の事態を更にハッキリと認識出来たと同時に言葉を失ってしまう。
つまり、この事件はスタッフさんであれば誰であってもその毒牙に掛かっていた可能性があったということだ。
ただの一社員であるその立場で協力の許可証まで発行している客人の願いを断るなど出来るはずもない。
それが誰かの命を狙い奪うなどと言う恐ろしいものではなく、
黒幕に目をつけられた彼女の運がなかった……いや、違う。俺の推測が正しいなら、
昨日食堂でみた彼女の忙しいながらも充実に満ちていた、輝かしく美しい笑みたちが頭に浮かぶ。しかし、それが汚されたというこの事実に、内から湧き上がった怒りは無意識に拳を全力で握り潰してはそこで丸まった手の平の皮と肉を裂き、溢れさせた血を床に滴らせていった。
「 カイル 」
「 ……リーダー 」
胸が苦しくなり、今の今まで自分がどうやって呼吸をしていたのか分からなくなる。それに伴い動悸は早まり、高鳴る心臓の鼓動にいつもなら感じないはずの苛立ちを感じてしまう。
『お願い、あなた目を開けて!!』
『ひぃぃ、頼むッた、たすけ……て』
『嫌だッ嫌だ嫌だ嫌だぁぁ!!!』
制御できない怒りは心の奥底からあの日の声を、あの時の何もできなかった無力であった自分の情けなさを引き連れては、脳に蘇らせ始める。
『お父さんッお母さんッッ嫌だよ、起きてよぉぉ!』
『どうか、神よ。幼き子たちだけでも…どうか、どうかお願いします!!』
あの日の声が鮮明に蘇り、あの時何も護れなかった自分に、そして今なお知人を利用され傷付けられた、護れなかった自らに対する怒りが更なる煽りを引き起こす。
止まらない激怒により際限なく湧き奮い立つ行き場のない力は、全身を激しく震わせ始めた。
この列車での仕事はノイさんにとって憧れ、夢だったんだ。それを叶える為にこなしてきた彼女の努力を、想いと年月を……俺なんかを殺す為だけに、奪ったってのか!!?ただそれだけの為に壊したってのか!!?ふざけるな!!!
……許さない。許せない。許すわけにはいかないッ許せるはずがないッッ!!
『 ×××、すま……ない。父さんな、もう帰れそうに……ない 』
あの日の声が、離れてくれない。
「 ………殺してやる 」
「 カイル 」
不意に震えていた肩に乗る柔らかな感触。温もり。うざったいそんなもの振り払おうと拳へ更に力が篭めるが今度はそれを止める硬く熱い感触。
「 ……… 」
訪れる二つの心が怒りの中に沈み包まれた俺の心を優しく引き上げてくれる錯覚。
……わかってる。ごめん、二人とも
未だ頭の中は赤き激情が『声』が渦巻いているが、それを無視して目を閉じては大きく息を吸う。そして取り込んだ冷たい空気で沸き立った全身の細胞を少しでも宥め、俺を支えてくれている二人に目を開き向き直る。
「 ………悪い。ありがとう、二人とも 」
俺の手を抑え暴れかけた力を止めてくれるリースに、怒りに呑み込まれた心に暖かさを戻してくれるルイス。
いつの間にか席を立って側に来てくれていた幼馴染たちを間近に感じると、不思議と『声』は遠ざかってゆく。
今までも激情に捕らわれる事あった。自らを制御できなくなるほどの、どうしようもない衝動。
けど、そんな俺が今の今まで自分でいられるのは二人がいてくれているからだ。
本当に、感謝してる……
「 もう大丈夫。ありがとな 」
そしていつものニカッとした笑みを浮かべる。それを目に安堵してくれた二人は何事もなかったかのように席に戻り、その頃にはもう頭に響いていた『声』は聴こえなくなっていた。
わかってるさ……今は怒った所で意味がない。
何もできない、何にも発揮されない強い感情は無駄に体力を消耗し、場合によっては傷つけたく無いはずの相手に食いかかってしまう危険性を孕むだけだ。故に今必要なのは冷静な思考。
まぁ、分かっていても制御しきれないんだから俺もまだまだ半人前なんだなと、自分の事ながら少し苦笑しては落胆してしてまう。
けど、俺にはまだやるべき事が残っている。
もう一度深く深呼吸。意識を切り替えて、これまでのモノとは違う、鋭い視線をダールさんとオリゴさんへと向けた。
「 経緯は、わかりました。ありがとうございました……で?まだ俺になにか言いたい事があるんじゃないですか? 」
ここからが俺にとっての本番だ、切り替えた思考で二人に言葉を投げかけた………ーーー
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