042:夕食の香り

贅に次ぐ贅。

全身を満たす幸せに俺達は静かに涙を流しては、その至高を深く味わい続けていた。


この列車に乗車してからというもの、皆心待ちにしていた高級夕食ディナー


コースメニューとして一品ずつ焦らすように降臨してくれるそれらの料理は、全てが芸術的といわんばかりに美しく盛り付けられては、圧倒的な存在感を放っていた。それはナイフの一刀、フォークの一突きを入れることを躊躇ってしまう程の美の形であり、それらを目に三人揃って甘美のため息が溢れたのは言うまでもない。


前菜オードブル【ランヌーの肉入りパイパテ

古くから人間が家畜化に成功した魔物の中で最も美味と言われ、多くの権力者を虜にしては、しかしある特定の環境下でしか成長しないなどの様々な要因による飼育難度の高さにより、一部の牧場主ランチャーでしか取り扱えないとされている言わずと知れた高級肉。それが【ランヌーの肉】である。


その中でも濃厚で、きめ細やかな珍味とされる肝臓レバーとそれを引き立てるように混ぜられた脂肪が少なく淡白な味わいの部位から作られた挽肉。


その二つを合わせ、少しの酸味を持つハーブと香辛料とで完璧なまでに整えられたそんな至高の一品は、口にすると共に期待を裏切らない、いや優に超えてすらある深い味わいハーモニーを全身で奏でては

【その後に来るコースメニューの為に食欲を増進させる】という前菜オードブルとしての役割を文句の付けようもなく、十二分に発揮していた……


星ッ三つです!!


スープ【丸ごと玉ねぎホウル・オニオンスープ】

次に出て来たのは先と違い、ごく庶民的な一皿。しかし、その味は正に異次元そのもの!!


まるで熟れた高級果実のように甘く、とろっとろに解れる丸ごとの玉ねぎが中央に鎮座していたそのスープは、本当に野菜から引き出された深みなのかと、シェフに直接問いただしたい程に肉や魚とも引けを取らない素晴らしい旨みを口内で広げては、喉を通り全身へ暖かな優しさを染み渡らせていく……


勿論、星ッッ三つです!!!


そして次に対面した、食したはずの魚料理ポアソンなのだが……それは気がつくと綺麗さっぱり皿の上から消えて去っていた。不思議ですね。


それが目の前へ配膳され、歓喜と共に一口頬張ったまでは記憶している。おそらくそこで俺達は理性を一時的に消失させてしまったのだろう。

なんの思考もなく、ただただ幸福を貪り尽くしたのは容易に想像できる。


なんと愚かな、勿体無い事をしてしまったのかと後悔に苛まれるが、しかしその一品を口にしたこの場にいる全ては皆、静かに感涙をその頬に伝わせている。それで十分なのかもしれない。……いつかまた相見あいまみえる事があるのなら今度こそはその幸福をしっかりと脳に焼き付けよう、至高の料理

深海魔魚セレインのポワレとキノコのデュクセル】……恐ろしい子!!!もうッッ星三つアゲちゃう!!!


そして……そしていよいよこのコースメニューの肉料理ヴィアンド、もとい主役メインディッシュがご降臨なされる番だ!!


ここまでの品全てが至高そのものであったが、今からくるソレはこれらのいわば主役ッッ!?


スタッフの皆さんも苦笑いする程にあっという間、かつ無我夢中で魚料理ポアソンを完食してしまった為に、空になった夕食用に展開させた長机を前に俺達はただ背筋ピンでその時を待ち続けていた。


緊張からだろうカタカタと小刻みに音を刻み、膝を笑わせているリース。


そして俺の隣では主役メインディッシュが発するであろう旨みの衝撃で心肺が停止しないように、ゆっくりと深呼吸を繰り返し脈を整えているルイス。


全く……幼馴染二人して大人気ないというか、子供というか。

もっとこう、どっしりと構えて料理が運ばれてくるのを待てないものかね?


まぁ、かく言う俺も气流力による感覚強化で聴力を強化しては、今か今かと廊下から聴こえてくるであろうスタッフさん達の足跡に耳を澄ませているのだが……俺たち子供ガキだせ!!


「 ッッ!? 」


不意に高めすぎた聴力が拾ってしまった高音が脳に響き、その不快感に思わず顔を渋める。

調整をミスったようだ、巡らせている气流力ちからを僅かに弱めては鋭利となっている感覚を少し緩めた。


やはりというか、特殊な環境下での感覚強化と言うものは変わらず難しい。

今実行しているような聴力の強化となると、現状列車が発する走行音が大きすぎてそれ以外の反応がかなり分かりづらく、また先のように脳へ響く苦痛になりかねないのだ。


ここ最近で、气流力ちからの扱い方がまた一段と達者になったかと自信はあったのだが、自惚れだったのかもしれない……とほほ


そんな改めて自覚した己の未熟さに少し落胆するが、それを励ましてくれるように聴こえ始める待ち望んでいた音達が耳へと入ってくる。


「 ………来たかッッ 」


廊下から聴こえてきたスタッフさん達の落ち着いた足音と、彼らに押され進んでいる台車カート。そしてその上に鎮座しているであろう食器達の発するそれらに思わず心が踊る。


いよいよ、いよいよだ!!

見せて貰おうか、高級夕食ディナー主役メインディッシュの凄さと言うものをッッ!!


………ジャラジャラ


( ………うん?今何か聴こえたような )


歓喜の中、不意に聴こえた音が何故か心に留まる。


「 ……… 」


それは些細な、人がいるなら何処でも聴こえるようなありふれたものであった。


加えて部屋の外にあるのは廊下だ。この列車には俺たち以外にも多くの乗客がいるのだから、そこから発せられ囁きなど数知れず、それら全てを警戒などしていたら、こちらの神経がもたない。


そんな事理解している。しかし……無意識からの警告か咄嗟に脳裏へ浮かんだ食堂車両での出来事。


そこで遭遇した、確かカウロとか名乗っていた嫌味な金持ちが身に付けていた装飾。それが靡き擦れる際に発していた音と、聴こえ心に留まったものとが類似しているかもしれないという僅かな疑惑が本来なら気にもしないであろうはずのそれを忘れさせてくれないのだ。


気のせいかもしれない。思い込みなのかもしれない。けど、俺の性格ではそんな確証のない推測にも満たない思いつきを簡単に割り切る事が上手く出来なかった……


聴力の強化をギリギリまで高め、警告の所在を確かめようと試みる。しかし、それと同時に扉から「コンコン」というノック音が発せられそれを合図に主役メインディッシュを運んできてくれたスタッフさん達が部屋を訪れては配膳を始めてくれる。


「 ………ダメか 」


こうなってくると今の実力ではもう、音の種類が多すぎて判別が出来ないそうにない。

不安を消しきれない事から思わずため息が洩れてしまう。


「 あの……カイル様?申し訳ありません。何か気に触る事がありましたでしょうか? 」


「 へ??? 」


予想外の言葉に驚愕すると、それを発していた顔見知りのスタッフさんであるリサさんの他にも、皆の視線が自分に集まったいることに気付く。なんてこった余程険しい顔をしていたのかもしれない。


慌てて焦燥の笑みを浮かべ、言葉を走らせた。


「 いやいやッすみません。なんでもないんです!!ホントに。えっと……ちょっと待ち時間で中央都市ルドアガスに着いた後の事を考えてたら、思いの外集中しちゃって……ハハハ、にしても少しぶりですねリサさん。ノイさんも 」


ヘラヘラとらしい言い訳を並べつつも、配膳にきてくれた数人のスタッフさんに混じる顔見知りの二人に挨拶を向ける。それで少し場が和んだのを感じたのだろう、待機していた料理人シェフらしき清潔感のある白いコックコートを着こなした中年ほどであろう男性が笑みと共に口を開き始めた。


「 寝台魔導列車【スライク】のご利用、誠にありがとうございます。わたくし料理長ヘッドシェフを任されておりますオリゴと申します。コースメニューを最大限お楽しみ頂けるようお客様へ主役メインディッシュのご説明をと参りました 」


そう深く頭を下げるオリゴさんは、車掌のダールさん同様に優しい年季のようなものを纏った安心感のある雰囲気を纏っていて、その綺麗な様に俺達は拍手を送る。

そして目の前に並んだ贅そのものであるその一品について彼は説明を始めてくれるのだが……申し訳ないが今の俺の心には、楽しみにしていたハズのそれを嬉々として耳にする余裕はなかった。


同じ失敗をしないよう、なんとか顔色は変えずに内に循環する气流力の操作に努める。


「 本日ご用意させて頂きました主役メインディッシュは、高級肉であるランヌーの中でも特に貴重とされる心臓。そして霜降り肉をメインに構成された一品となります…… 」


聴力をギリギリまで引き上げる。しかし、得られる不審な情報は何一つない。


「 ………そして使用しているソースですが、こちらは秘伝のものとなっておりまして、申し訳ありませんが、レシピの方は伏せさせて頂いております。これは私の師から教わったものなのですが、その味はこれまでの人生において類を見ない程に絶品でありまして…… 」


笑顔をそのままに視力を強化して視察……問題なし。

触覚も同じく……次は嗅覚。

全ての感覚を用いて確かな安全を手にしなければ、この心の不安を消し去る事は出来ないだろう。


俺だってこの楽しみにしていた夕食ディナーを心の底から味わいたいというのに……

ほんと、用心深いと言うか。心配性な自分の性分が少し嫌になる。


「 以上がこの品の説明となります。ご清聴誠にありがとうごさいました 」


強化した嗅覚を用いて静かに周囲の空気を大きく吸い込む……異常はない。寧ろ主役メインディッシュが放つ芳ばしく思わず涎が垂れる香りは浸りたい程に素晴らしい。


やっぱり気のせいだったのだろう。

試せる手段は全てやった。なら危機的な問題などなく、後はこの至高の時間を楽しむだけだ!!


腰を曲げ顔を皿へと近付ける。そしてもう一度、その幸せを大きく吸い込んだ。


「 はぁ、幸せだ………えッ!? 」


嘘……だろ!!?


驚愕、それに思わず勢いよく立ち上がってしまう。そんな俺にまたしても皆の視線が集まる。


………見つけた。いや、捉えたと言う方が正しいのかもしれない。


「 り、リーダー?どうしだんだ? 」

「 ちょっとカイル!?なによ!?どうしたの?? 」


幼馴染二人は俺を諌めるように声を荒げるが、そんな事気にせず俺は料理長へと向き直り、混乱する頭をそのままにどうにか言葉を絞り出す。


「 ……オリゴ、さん。この料理のソース、確かレシピは秘伝と言う事でしたよね? 」


「 え、ええ。申し訳ありませんが、どのようなお客様でもこれだけは秘匿とさせて頂いております。それが……なにか? 」


どうやら俺はまた険しい顔付きになっているのだろう、冷や汗を流す彼に申し訳ないと思いつつも、続ける。


「 では、一つだけ。俺が今から言う食材、スパイスを使使。だけでも教えて頂けませんか?……一つだけでいいので、お願いします 」


その言葉に料理長は顔を曇らせる。

なんて迷惑な客なのだろう。自分のことながらそう思うが、必要な事なのだ。引くわけにはいかない。


そうして少しの思考の後、彼は重い口を開いてくれる。


「 ……分かりました。何か事情がお有りなのでしょう、お答えします 」


そう折れてくれた彼に素直に「ありがとうございます」と頭を下げる。

俺の行動によって先程まで穏やかであったはずの空間は張り詰めたものになってしまっている。けど、もう止まれない。


どうにか頭の中で言葉を整理し、ゆっくりとそれを吐き出す。


「 料理長……俺は料理のことは知識でしか知りません。それを前提に、なんですが……昔読んだ本には本来なら食材も調理の仕方によっては美味しく食べられる、みたいな事が書かれてました 」


「 ??……そ、そうですね。食材ものによりますが、正しい調理法を用いればそのような事も可能かと 」


それを聞いて言葉を詰まらせる。次の一言が重い。これを出せばと思われても仕方がない。けど……俺は聞く必要がある。


前置きに「では」と小さく呟き、彼の目を真っ直ぐに見つめる。


「 このソースに【粉末にした】を使用していますか? 」


「 なッッ!!? 」

「 ちょッ、ちょっとカイル!!? 」

「 おいおい、幾ら何でも、リーダー!!? 」


幼馴染二人は一斉に立ち上がり俺へと詰め寄る。

しかし、視線はその言葉に驚愕を浮かべた料理長から離さない。いや、離せない。


この人の真意を、敵かどうかを確かめなければいけないんだ。

何故なら、俺の前に置かれた至高の一品とされるそれには冒険者なら知らぬものがいない程の激毒が盛られていたのだから………ーーー

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