035:違和感の謎

鼻につく硝煙に顔を顰めつつも、目の前で驚愕のまま停止してしまっている肥満の悪党へ大きな溜息を向ける。


「 ……ったく、思った通りだ。あんたら銃の事なんてなんにも分かってないじゃないか。そんなんでよく俺達を襲おうとしたもんだ 」


「 う、うるさい!!!さっさとくたばりやがれってんだッ!!? 」


俺の言葉で我に返ったかと思えば、怒り狂ったように手にしているそれの銃口を向けてくる眼前の悪党よりも早く、対策として身に付けていたマントを翻し前面を覆い隠す。


そして今日だけで何度聞いたか数えるのも億劫な一帯に響く銃声と、そこから発せられる硝煙。

こちらに向け放たれたそれらが結果として「ポスッ」という情けない音と僅かな衝撃を生み出したのを確認し、マントを戻し防御を解除。


すると、目の前の悪人はまるで時が戻ったかのように先ほど同様に驚愕で固まっており、それを目にまた大きなため息を溢した。


「 驚く程のことかよ。いいか?あんたらが奪った銃ってのは、簡単に言えば火薬を使って小さな鉄塊を高速で放つ武器だ。となるとそれが生み出す衝撃や貫通力は確かに強力だが…… 」


俺の言葉へ被せるように近くでリースの雄叫びと複数の銃声たちが発せられたかと思うと、それらに続くようにすぐさま恐怖の叫びを上げる野盗達の声が耳に入る。


横目で軽く見てみると「効かぁぁん」と言いながら片手をぶんぶんと振り回してる幼馴染が目についた。


心配などはしていなかったが、とりあえず予定通りの展開に少しの安堵。視線を目の前の肥満に戻し言葉を続ける。


「 見ての通りだ。衝撃や貫通力が強いだけの武器ならそれを相殺できる能力がある、魔物からとれる素材で作られた装備があれば簡単に対策出来るし、そもそも人間族ヒューマンよりも身体硬度が高い巨人族ギガントを始めとする他種族の血を引く者に対しての効果は薄い。残念ながら今の銃ってのはまだまだ発展途上で簡単に使える代物じゃないんだよ 」


分かりやすいようにゆっくりと言ってやったのだが、それが気に食わなかったのか目の前の悪党はわなわなと身体を震わせたかと思うと、手にしていた銃を投げ捨て、代わりに腰に下げていた鞘から短刀を抜き取り襲いかかってくる。


「 うるせぇぇんだよ、クソガキがぁぁ!!! 」


叫び、汚くも唾を撒き散らしながら迫ってくるそれに対し静かな心を保ちつつも、气流力の循環を開始。


各感覚を強化。拳を固め、息を沈める。


「 武器一つ使いこなせない雑魚が、本当に俺にかなうと思ってるのか?……思い上がるなよ悪党 」


他者を傷つけ生きる事を生業に選んだ愚者に哀れみなどは微塵もない。徹底的に懲らしめるまでだ。


そして間合いが縮まると共に、耳障りな怒号を上げながら俺の頭目掛け、手にする短刀を大振りで振り下ろそうとするそんな悪党の一撃を容易に読み取り、その鈍重な動きよりも早くステップにより肥満の真横に回り込んでみせる。


更に、流れるような動作で一突きの槍を思わせる固めた拳を最高速をもって悪人の側部急所へ放ち、深々とその肉に潜らせた。


分厚い脂肪に覆われてもなお、人体の弱点として隠しきれないそこをついた感触が「ミシッ」という独特な音を立てながら拳に伝わってくる。


「 ぐふぅぅッッ!!く、クソォォォ!! 」


そんな一撃を受け肥満の主は苦痛を溢しつつも、慌てて再度俺に短刀を奔らせるが……遅すぎるな。

槍のように突き刺した拳を引き抜き、ステップによる回避。そして移動。


標的の視界から抜け、見えぬ領域に身を置き固めた拳を構えては、放つ。


なんのことはない。あとはこれを繰り返すだけだ。


一撃を放ち終わると共に、標的の視野を強化した感覚により完全に把握しては、こちらの存在を常にその外へと置き続ける。


相手からすれば、触れられる程に近くにいるはずなのに見えない敵が確実に急所への攻撃を続けてくるという盤面だろう。


リースやルイスのように俺の動きよりも早い、或いは最低でも追い切れる程の速度を持つものでなければこの練撃を凌ぐ事は出来ない。


故にそれらを繰り返し、数えて7つの突きを終える頃には、標的は手にしていた短刀を地に溢し、痛みの蓄積が強い腹部を抑えながら膝から崩れ落ちた。


それを目に、こちらもようやっと脚を止めては呻き苦しむ悪人を見下ろす。


「 ち……畜生、俺を、俺を見下ろすんじゃねぇぇ!!!おいッてめぇぇら全員出てこいッッ!!! 」


痛みに顔を歪めつつも叫ぶ悪党だが、それに応える声はない。


予想外であったのだろうその沈黙に何が起こっているのか分かっていないとばかりに焦燥しているそれに、俺はやはり「やれやれ」と首を振る。


「 俺とリースが無計画であんたらの縄張りに足を踏みこむと思ってたのか?……この感じなら、ルイスの方もうまく行ったみたいだな 」


ワンガルドから教えてもらった情報を元に俺たちは策を立てた。といってもそれは複雑なものではなく至極単純なもので、俺とリースが真正面から罠に踏み込み、ルイスが森心術グランドローグを使っての隠密により待機しているであろう伏兵を捕縛すると言ったものだ。


森心術グランドローグというエルフ族の血をある程度濃く引き継いだ者だけが使えるこの術には、動植物との対話から成される掌握だけではなく、前提としてその発動によって自らの存在を自然に溶け込ませる特徴がある。


それを利用した隠密行動は強力で、气流力によって強化した感覚を用いても認識する事が難しい程だ。

つまり、一定量の自然がある領域において、術を展開したルイスは最高のひそみし者となる。


「 よっしゃぁぁ、一丁あがりぃぃぃ!!! 」


そんな耳煩い勝利宣言に視線を向けるとリースの方も片がついたようで、倒れる10数の野盗達の中心でガッツポーズを決めていた。


「 こっちも完了よ。8人と思ったよりも少なかったわ 」


更にリースに続いてルイスも役割が完了したようで廃村の奥から姿を表した。


予想していた通り野盗の集団は悪に走った素人集団であった為容易に制圧出来たのはいいのだが、二人ともそれなりの人数を捌いているのに対して、こちらは一人……念の為とこの集団の頭となる人物とは俺が相手するとしていたのだが、まさかその代表とされる悪党までも弱いとは、なんだか仕事をした気がしない。


「 お疲れ、二人とも。一応だけど怪我とかないか? 」


その問いに二人して「大丈夫」と口を揃える。それを聞いて、俺も气流力の循環を解き脱力する事にした。


そして予め開放しておいたルイスが身に付けるーー装着者のイメージした物体を魔力によって再現、創造する能力を有する魔冠號器クラウンアゲート創造者の腕アゾットメイク】によって鉄製の手錠を創造作り出してもらい、それを一つ受け取り、野盗の頭である先程から腹を抱え苦しんでいる肥満の手に取り付けてはその身を地へと伏せさせた。


「 数えるに、野盗はこの頭を入れて20ちょいくらいか、全員分の手錠作る魔力はありそうか? 」


「 余裕も余裕よ、任せといて 」


創造仕事を始めるルイスに「頼んだ」と言葉を向け、リースには元々の目的地でありここからはある程度近くである【ランクール】の町まで一走りしてもらいそこの警護団を呼んできてもらうように頼む。


そして俺は野盗が奪った銃たちを回収、一箇所にまとめる作業を始める。


「 ふ、ふざけるな……これじゃあ話が違う。お前ら全員3トゥリア級の冒険者じゃなかったのかッ!!? 」


手錠をかけられ地に伏された野盗の頭となるそれが今だ消えない痛みをそのままに恨み言のようなものを吐くが、それに対し、散らばった銃たちの回収を淡々とこなしながらも暇つぶしと答えを返してやる事にする。


「 どこでそれ知ったのかは知らないが、俺たちは冒険者の昇級試験なんて興味なくてね。受験するにも金かかるし、級が上がったとて何か変わる訳じゃないからな 」


その回答に悪党は「ぐぅぅ」と呻きを漏らす。


確か前に聞いた話では奪われたら銃は20だったと記憶している。まとめたそれらを数える。


「 えっと……よし、とりあえず20丁あるな 」


そこまでやって今度はルイスの方をみてみるが、流石はルイスって所だ。

既に手錠の創造は終えており、全ての野盗の手にそれらをしっかりと付け拘束を完了していた。


仕事が早くて助かる。


「 ルイス、ここ任せていいか?念の為にこいつらが使ってた古屋とか調べとこうと思うんだけど 」


「 了解、何かあったら声かけてね 」


この野盗の集団が火砲鍛治士ガンスミスの荷馬車を襲ったのは確定として、他の商人たちにまで毒牙をかけていないとは限らない。


状態によるが、奪われたものは出来るだけ返してあげたいという良心くらいはある。


最もその商人たちがまだ生きていたら、ではあるが……


この場所は廃村というだけあり、放置された古屋の数はそれなりにあるのだが、こんな時こそ气流力による嗅覚の強化は特に役立つ。


少し歩いて、野盗たちが群れていたであろうそこを特定。集会所であったのか、他のものよりも長い古屋であるそこの扉を開け、中に足を踏み入れる。


「 うっ、くっせぇぇな 」


室内で留まっている何日も、いやなん月か?洗われなかった不衛生な身体から出る鼻がひん曲がりそうな程に臭う体臭と酒、それらが蒸されてムワッとするそこは、決して長居したく無い環境、場所であった。


汚く食い散らかされた食糧に、床の所々には唾や吐瀉物。もういやだ、ここ……


しかし、どうにかそれらを我慢して捜索してみる。

有り難いことに、特に目立つものというか、奪われた物資のようなものは見当たらない。


あるのは先程見てしまった汚いものばかりだ。なら、もう良いだろう……


踵を返し室内を出ようとしたその瞬間、視界の端に僅かに映った紙。そこに描かれたナニカ。


「 ……なんだ? 」


それは溢れた酒に食い散らかされた食べかすで手の置き場も無い程に汚されている長机の上にあった。手を伸ばし、つまみとる。


そしてしわくちゃであるその紙を伸ばし、見てみる……


「 これは……おいおい、ちょっと待ってくれよ 」


「 おぉぉぉぉい!!!カイルゥゥゥゥ!!! 」


不意に外からリースの叫び声が発せられる。おそらく町の自警団を連れてきてくれたのだろう。

今だ驚愕こそあるが……今は気にしても仕方ないか。


紙を投げ捨て、室内を後にする。


そしてリースが連れてきてくれた自警団の皆さんに現状や経緯を説明。


すると彼らは野盗を捕まえてくれ、更に奪われた物資を回収してくれた礼をしたいと申し出てくれたのだが、残念ながらそれらを受け取っている時間はなかった。


そこまで時間に追われているわけでは無いのだが、万が一にも列車に乗り遅れてしまってはいけない。

事情を説明し、この場の始末は自警団の皆さんに任せて俺たちは【ランクール】へと歩き出す。


そして何の問題もなく、列車に乗り込み中央都市ルドアガスへと向かうのであった……ーーー


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る