036:手配書と続く違和感

寝台魔導列車【スライク】


これに乗車するのは今回で2回目となるのだが、前回の一般席とは違い、今俺たちがいるこの特別席と呼ばれるここは金貨40枚という途方もない大金を請求してくるだけに、あらゆるぜいをふんだんに盛り込んだ場所であった。


まず驚いたのは、【席】と呼ばれているのに対して、俺たちに提供されたここが【部屋】だった事だ。


それも列車の中という限られたスペースしかない環境であるにも関わらず、大の大人が横に三人程並んでも余裕があるであろう幅に、奥行きも広いといった空間が二つ、上下に繋がっているという、思わずこんなにも場所をとっても良いのだろうかと謙虚になってしまう程の室内。


上の部屋には、一体幾らの値がするのであろう全身を優しく沈め、柔らかく包み込んでくれる暖かなベットが二つ置かれた寝室。


そして下の空間には、寝具同様に腰掛けた者へ途方もない安らぎを与えてくれるであろう高級なソファーが向かい合わせに設置されており、この特別席を購入した者のみがそこに身を委ね、奔る美しい光景を車窓を通して楽しめるといった造りとなっていた。


発車が夕方だったと言うこともあり、差し込む夕日が更に室内を美しく彩っている。


「 はぁ……すげぇぇな、特別席って 」


「 本当にね、お金持ちの人達っていつもこんな贅沢な光景に包まれてるのかしら? 」


いつもなら馬鹿騒ぎをするはずのリースも今だけは息を呑んでおり、ルイスは普段経験しない贅に囲まれているのが中々慣れないのかキョロキョロと視線を回してはソワソワとしている。

そんな中、俺は設置されている最高級のソファーに腰を下ろし沈み込んではその寵愛に包み込まれていた。


あぁ……この柔らかくて心地よいクッション性、最高すぎる。


おそらく今とんでもなく馬鹿面を浮かべているだろう、けどそんなの気にならない程の充足感。


この感覚を体験出来るだけでも十分に金を払う価値があるぞ、これ……最高。


………コンコンコン


「 ッッふぇぇ!!? 」


不意に乾いたノック音が部屋へと響き、突然のそれに驚いて勢いよく直立。飛び起きてしまう。


「 はっ、はい。どうぞ!!! 」


ちゃんと代金は払っているし、俺達は客という事で緊張する必要などないはずなのだが、やはり場違いというか、初めての富豪体験に思わず声が上ずって反応してしまう。


気がつくと幼馴染二人も俺同様に、まるで上司と初めて対面する新入社員のように綺麗に指を真っ直ぐ伸ばしての直立姿勢をとっていた。


「 失礼します……あ、あの〜お客様?? 」


3人揃っての一糸乱れずの気を付けの姿勢でのお出迎えに、扉を開け姿を現した、ずっしりとした大きい体格に綺麗な制服を身につけた50代ほどであろうかシワの多い、しかし柔らかで親しみのある顔付きをした、車掌さんと思われるその人は狼狽しているようであった。


はい、俺たちは完全に田舎者です!!!


「 着席ッッ!!! 」


その俺の号令に二人はサッとソファーに腰を下ろし、真っ直ぐに姿勢良く座る。

両手は太ももの上、首と脊髄を一直線に顎を引く!!


……いや、なにやってんだ俺たち。これじゃあまるで模範囚3人の護送みたいになってるじゃないか。


「 あ、あの……どうか皆様リラックスしてお過ごし下さいませ。我々一同お客様が心よりこの旅を楽しめるよう誠心誠意努めさせて頂きますので 」


丁寧に頭を下げそう口にする車掌さんの客商売のプロとしての対応に思わず感動を覚える。


それを目に咳払いを一つ、安静を心に取り戻す。


「 す、すみません。こんなにも素晴らしい席、というよりお部屋は全員初めてでして緊張してしまって 」


正直に本音を口にしてみると、車掌さんはゆっくりと下げていた頭を戻し爽やかな笑みを浮かべてくれる。


「 本日は寝台魔導列車【スライク】。特別席のご購入誠にありがとうございます。この魔導列車は3人の車掌、そして20名のスタッフにより運行させて頂いております、私はその代表。ダールと申します。 」


そこまで言い切りダールさんは再び綺麗なお辞儀をこちらへと向けてくれた。


何度も頭を下げさせてしまって申し訳ない。


こんな時富豪ならどんな対応をするのだろうか、少し考えてみたが、やはりここは自分らしくするべきだと思考を切り替え、とりあえずこちらも笑みを返す事にしてみた。


「 わざわざ、ありがとうございます。カイル・ダルチです 」


そういい握手を申し出てみると、車掌さんはなんの躊躇いもなくそれに応えてくれるのだが、その握ったダールさんのゴツゴツと厚い皮膚を持つ手を感じることで、この人物がさんではないと一瞬で理解出来てしまう。


それは相手も同様であったようで、彼は何かを思い出したかのようにパッと目を一度見開くと感嘆のような言葉をこちらへと投げかけてきた。


「 カイル様というと、魔冠號器クラウンアゲートの最年少使役者ホルダーと名高いお方でしょうか。これはこれは、お会い出来て光栄です 」


「 いや、そんな大したもんじゃないですよ、俺なんて。それよりも今腕に刻印術式スキルが見えた気がするんですがダールさんもかなりの実力者では? 」


握手をほどき、車掌さんの長袖からチラッと見えたそれを尋ねてみると、彼はそれまでの爽やかなものとは違う、少し豪快な「はっはっは」という笑いを上げ始めた。


そんな車掌さんの親しみやすい柔らかな顔つきを目にソファーに腰掛けていた二人も緊張がほぐれてきたのか全身に脱力をかけ良い表情を浮かべている。


「 確かに昔は中央所属の使役者ホルダーだったのですが、流石に歳には叶わず、今は引退してこの職に着かせて頂いております。この刻印術式スキルの彫りがあったからこそ、この列車の車掌になれたのだと過去の自分に感謝を述べる毎日ですよ 」


ダールさんは長袖を軽くめくり、自慢の彫りを見せてくるが、すぐに自分の立場を思い出したかのように「失礼しました」とそれを戻し、口調を改める。


「 コホンッ……本日のご夕食は先にお渡しさせて頂いておりますパンフレットに記載されている食堂車両においてご利用出来ます。勝手ながらで申し訳ありませんが、お時間の指定もありますので、そちらのほど、よろしくお願いいたします 」


「 あの、それなんですが…… 」


丁寧かつ聴き心地の良い口調で続けてくれる車掌さんの言葉を遮り、乗車する際に貰ったこの列車の案内ことパンフレットを開き、そこに小さく記載されている文面を見る。


「 パンフレットには、夕食はこちらの希望でこの部屋でも食べれると書いてあるのですが、可能でしょうか? 」


そんな俺の突然の提案に幼馴染の二人は疑問を露わにしている。本来ならそうする必要はないのだから当然だろう。


しかし、そんな意見に車掌さんは変わらずの微笑みで慣れた解答を返してくれる。

やはり、毎日富豪たちを相手に客商売をしているプロは凄いな、話しやすくて助かる。


「 勿論、可能です。ですが、そこにあるように、その際は予めこちらで指定させて頂いておりますコースメニューのみとなりますが、宜しいでしょうか? 」


「 大丈夫です。よろしくお願いします 」


そう言い開いていたパンレットを閉じると、車掌さんは「畏まりました」と綺麗なお辞儀を向けてくれた。


相変わらず疑問符を浮かべ続けている二人をそっちのけに俺たちはやり取りを続ける。


「 では、これで失礼いたします。当列車の到着予定は明日の昼過ぎとなりますので、それまでどうかこの旅をお楽しみ頂ければスタッフ一同幸いでございます 」


「 ありがとうございます。満喫させて頂きます 」


これで話は終わり車掌さんは部屋を後にする。

そして再び列車が奏でる独特な走行音と振動のそれが部屋へと響き始めたのを合図に二人はこちらへと口を開き始めた。


「 突然どうしたんだよ、カイル。まぁ、別に美味いもん食えるなら何でもいいけど、なんか部屋で食う意味あるのか? 」


「 意味があるなら、教えてよ。ないなら、ないでいいけど 」


そんな幼馴染達の言葉に、少し前の出来事を脳裏に思い浮かべる。それは野盗たちのアジトである古屋にあった紙に書かれていた内容、貼られていた写真。


再び最高のソファーに腰を下ろし全身を抱擁されながらも危機感のない言葉を呟いてみた。


「 どうやら俺、誰かに狙われてるらしい。野盗達が俺を対象とした手配書みたいなの持ってたんだ。ご丁寧に顔写真まで付いていた辺り、依頼主はそれなりの資金を持っているんだろうな 」


そんな言葉を能天気に言ってみたのだが、それに対して二人は「えっ!?」と口を揃えて驚愕しているようであった。


野盗達の古屋で見つけた紙、それには驚く事に俺をには賞金を払うと、わざわざ写真まで付けて書かれていた。更には冒険者としての等級。气流力使いとまで……


しかし、それを冷静に思い出すと幾つかの疑問点が出てくる。


初めは俺達が保管する三つの魔冠號器クラウンアゲートを狙っての事だと推測していた。

この絶対兵器を狙う輩は数知れず、しかし未だそれらが奪われたという問題が起きていないのは、それを保持するものが皆かなりの実力者であるからだ。


到底野盗などでは太刀打ち出来ない力を持つ者たち、それが【冠使役者クラウンホルダー】なのだ。


その中でも最年少であり、最も可能性がある存在となると俺を襲ってくるのも納得できる。


しかし、手配書らしきその紙には魔冠號器クラウンアゲートについての事は書かれていなかった。そして『』ではなく『』とされていたのも気になる。


といっても、今はこれ以上に情報がないのだから考えても答えは出ないのだが……


「 ちょっとッ!!カイルなにやったの!!?狙われるような事したの!!? 」


まるで悪さをした子供を問い詰めるように取り乱しているルイスに「さぁ?」と変わらずの口調で返す。


「 思い当たる節はないよ。ここ数年はずっとウィルキーにいたし、それは二人も知ってるだろう?……けど狙われてるのは確からしいし、少し警戒しとこうかなって 」


「 成る程な、万が一まだカイルを狙ってるヤツがいたとして、飯食ってる時に襲われたら周りも巻き込んじまう可能性があるからって事か? 」


予想外に冷静なリースの言葉に「そういう事」と返しては、大きくため息をつく。

まぁ、こんな高級車両に潜入してまで襲ってくる輩なんてそういないとは思うが、念の為だ。


そこまでいってようやっと落ち着いた時間が帰ってきた。ルイスも冷静を取り戻し深くソファーに座り直している。


「 ……あと一つ気になった事があるんだけどさ 」


不意に今度はリースが思い悩んだように言葉を呟く。

今度は俺とルイスの二人が疑問を浮かべてそこへと視線を向けた。


「 さっきカイルが話してたさ、刻印術式スキルって……なに? 」


「「 ………お前、マジか?? 」」


ルイスと口調までもが被る。

俺たちは冷たい視線でこの馬鹿へと視線を続けたのであった……ーーー



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