033: ???
私は闇の牢獄に囚われていた。
音以外の全ては闇だけであり、全身の感覚もなければ、声さえも出せない。
意識が覚醒してからずっとこんな状態が続いているが、こうなる前に何が起きたのか。
何をしてしまったのか……それだけはちゃんと覚えている。
『 愛しき我が娘よ。どうか父の悲願を、この世界を救っておくれ 』
最期の瞬間、安らかな表情を浮かべていたお父様が何を想い考えていたのか、それは分からない。
確かなのは私が……私が、お父様を殺したという事実だけだ。
忘れられる訳がない。だからこそ、この体験を私は受け入れていた。
きっと今私に降り掛かっているこれは罰なのだ。
永遠にも感じられる無。
しかし、そんな私に唯一許された救い。
それはおそらく毎朝、そしてその日の夕刻に刻を告げる環境の音と共に訪れては、闇に囚われた私に向かって無邪気に話しかけてくれる幼い男の子の存在であった。
「 おねぇちゃん、おねぇちゃん!!きょうはね、お兄ちゃんたちといっぱいあそんだよ!!それでね、それでね!! 」
その子は毎日のように訪れては、なにも反応を返せない私に向かって、自らが知り感動した明るい世界を嬉々として語りかけてくれる。
私が知りうる世界は暗く冷たい石造りの空間とあの出会いがあるまでは、お父様ただ一人だけであった。
世界は小さく、冷たいもの。しかし、男の子の見るそれは私が知るものとは全てが違っていた。
明るく、暖かく、優しい世界。
そんな世界を無邪気に走り回るその子が羨ましくもあり、また微笑ましくもあった。
いつからか、この子の存在が私の支えであり心の拠り所となっていた。
「 きょうはね、お兄ちゃんといっぱいあまい実を食べたの!!けど、おねぇちゃんがお母さんにそれをいっちゃって、すごくおこられちゃった 」
そう……それは大変でしたね。お母さんにはちゃんと「ごめんなさい」は出来ましたか?
「 きょうはね、おてんきがよくなくてお外にでれなかったの……でもね!!お兄ちゃんたちがたのしい遊びおしえてくれたの!! 」
そう……それは良かったですね。お兄さん達にはちゃんと「ありがとう」と言えましたか?
「 おねぇちゃん、おねぇちゃん!!きょうはね 」
男の子の教えてくれる世界が眩しくて、いつの間にか私は、好きじゃなかった、いや大嫌いだったはずのそれらに希望を抱くようになっていた。
見てみたかった、男の子が私に教えてくれた温かい陽光を浴びる草原を、そして許されるのならそこを彼と手を繋いで一緒に歩いてみたい。
お父様をこの手にかけた事実は消えない。故に私はもう消えてもいいと思っていた。しかし、男の子の存在がそんな私を改心させ、救ってくれた。
罪を償い、生きたい。生きて、この世界を知りたい。
そう思わせてくれた。
毎日男の子が来てくれるその時を楽しみにしていた。しかし、そんな中事件は起きた。
それは意識の覚醒から暫く経ったある日。
いつものように「おねぇちゃん」と私の枕元へ駆け寄ってくれる男の子の声が聞こえたかと思うと「うわぁ」という悲鳴とそれに伴う重い音に陶器が割れたかなような耳に響く音。
おそらく転んで近くにあった花瓶のようなものが落ちたのだろうか?
となれば、怪我の度合いは大丈夫なのだろうか?
もし身体の自由があるのなら、おろおろと狼狽していることだろう。
動かない全身が今は恨めしく、何も出来ない自分が情けない。
不安と焦燥。そんな私を更に囃し立てるように男の子は喉がさけんばかりの声を上げ泣き始める。
もし身体の自由があるのなら、今すぐにでも男の子にかけよりその体を抱きしめる事だろう。
大丈夫だと何度も囁き、彼の傷を確認しては慰め勇気付けよう。しかし、それは叶わない。
闇は私を囚えて離さない。
動かない身体で心の拠り所としていた男の子の泣き声をひたすらに聴くしか出来ない。
そんな拷問のような時間が暫く続いた。
彼のお母様と思われる声に連れられ、何処かに行ってしまってからも私は男の子の安否を祈り続けた。
私は、私の心は泣いた。
何もできなかった私に泣いた。
そして次の日の朝、彼は来てくれなかった。
朝を告げてくれていた小鳥の囀り。しかし、いつもあるはずのそれに続く男の子の声はなく、また私の心は泣いた。
大怪我をしてしまったのかもしれない。何も分からない、何も出来ない私は、ひたすらに泣き続けた。
そうして長く苦しい時間が流れ、夕刻だろう環境の音。それに合わせ普段は聞かない控えめな「コンコン」という扉のノック音が耳に入る。
「 おねぇちゃん…… 」
それは切望していた男の子の声。そこには何か遠慮のようなものが含まれているが、それでもいつものその音に胸を撫で下ろす。
「 おねぇちゃん、きのうはかびんわっちゃって、ごめんなさい!! 」
男の子は大声で話す。そんな事気にしなくていい。
いや、むしろここは私の部屋ではないのだ。どこにいるのかも分からないのだから、この子が謝るのは筋違いだ。
ただ君が元気なら、無事なら私はそれだけでいい。
「 これ、お兄ちゃんたちととってきたの!!きれいなお花ばたけがあってね!!いっぱいとってきたよ 」
男の子が駆け寄ってくる。そしておそらく手一杯に花束を持っているのだろう靡くそれらの音が耳に入ってくる。
「 良い匂いでしょう?ぼくこのお花だいすき!! 」
良い、匂いなんだ……知りたいな。
どんな匂いなのだろう、彼の好きな花を知りたい。
私は、私のいるこの世界を知りたい。
生きたい………
初めて願った、心から強く願った。そして、そんな想いに私はようやく私に応えてくれた。
応えてくれたのだ。
ゆっくりとだが、全身の感覚が蘇ってゆくのが分かる。足先から頭のてっぺんまでの感覚が……
そして得られた、返ってきた重い瞼を動かして開いてみる。
それにより全てであった闇にぼんやりと光が指し始める。
眩しくて視界はぼやけている。けど、どうにかまだ完全ではない全身を意識し腕を動かす。
そしてそれを枕元にいる彼の頭へと乗せ、顔もそちらへ向ける。
あぁ、ようやっと見えた。
幼児特有の丸みのある輪郭、太陽のように明るくみてるこちらまで微笑んでしまう朗らかな顔付き。
私は精一杯の笑顔を作る。そして、長らく使っていなかった声帯に力を込め動かした。
「 あ、りが、と……う。カ、イル、、君 」
初めて声をかけてくれた時に教えてくれた男の子の名前。
カイル・ダルチ。決して忘れはしない、私を救ってくれた彼の名前ーーー
ーーーーー
それから彼は動けるようになった私を連れて様々な美しい世界を見せてくれた。
透き通った水面が眩い陽光を反射させている絵画のような湖。
一面が明るい花々で埋め尽くされ、その蜜を吸う為に飛ぶ蜂や蝶が幻想的な光景を作りしている草原に花畑。
世界は私が思っていたよりも美しく、多くの生命で満ち溢れていた。これ自体が宝物だといっても過言ない程に思える。
どうやら私は
そうして体調も無事回復したので、私は今改めて私を救ってくれた英雄達と話をする事になった。
彼らのリーダーである英雄と二人、部屋で机を挟み対面しながら座る。
他の英雄達はカイル君と遊びに出ているらしい。つまりカイル君が「お兄ちゃん」と慕っていたのはまさに彼らのことであったのだと理解した。
「 ホント無事に目が覚めて良かったよ。体調の方は問題ないかな? 」
「 はい、大丈夫です。ご心配ありがとうございます……あの、私お父様が眠られてからの記憶がなくて 」
「 あぁ、分かってる。全部説明するよ 」
英雄は言いにくそうにしながらも、言葉を紡いでくれる。
多くの民を生贄として殺戮を繰り返した狂乱の主、お父様は確かに死んだこと。
その戦闘により彼らの持つ
目を覚まさない私を連れ、更に英雄達の切り札である武器が使えない状態では危険であると判断し、今はこの町【ティック】に滞在していると言うこと。
それらをゆっくりと、優しい言葉で口にしてくれる。そんな彼の目は初めて会った時と変わらず真っ直ぐで綺麗であった。
「 これからの事なんだけど、一度俺たちと一緒に
思わず聞き間違いなのではないかと「えっ」と驚愕を洩らしてしまう。
自分の事はある程度理解しているはずだ、とても手放して放って良いような存在ではない。故に「自由」という英雄の言葉が信じられなかった。
「 そんな事……許されるのでしょうか? 」
「 俺たちが誰にも文句は言わせないよ。君はこれまで沢山大変な目にあった、だからもう自由に生きてもいいんだ。なんならこの町に帰ってきてカイル達と一緒に生きたっていい。たぶんこの町の人なら歓迎してくれると思うぜ、みんな良い人だからな 」
そう言いながら、以前私に見せてくれたのと同じ特徴的なニカッとした豪快な笑みを英雄は浮かべる。
その笑顔はどこか安心させるものがあり、気がつくと私は雑談ともとれるたわいもない言葉を口から溢していた。
「 カイル君。私は彼に救われました。あっ、もちろん皆様にもなんですが!!?……【
思い耽るように呟く。【
彼の温かな言葉は種族によるものだったのだと思えば、これまでの事に納得がいく。
しかし、目の前の英雄はそんな私に「分かってないな」とため息をついた。
「 種族とか、そんなの関係ないよ。子供ってのはそう言うもんなのさ。この世界にとっての小さな太陽であり陽光。一緒にいるだけで心癒される穢れなき存在。だからこそ、俺たちはそんな大切な宝たちを守る為に闘うんだ 」
その言葉に驚愕してしまう。けど、だからこそ彼らは英雄なのだと理解できた。
そして私は、決意する。目が覚めてからずっと考えていた事を……
彼らの想いを意思を心に感じそれは改めて強い願いへと変わってゆく。
私は胸で熱を持つ想いを英雄へと向ける。
「 あの、私も皆様の仲間にして頂けませんか?決して足は引っ張りません!!荷物持ちでもなんでもやります!!!お願いします!! 」
勢いよく頭を下げる。そんな私を目に英雄は狼狽しているようであった。
「 突然どうした!!?君はもう闘わなくても良いんだ、自由に生きていいんだよ!!? 」
「 はい、だからこそ……私は皆様のように闘いたいんです!!私の力を奪う為ではなく、護る為に使って欲しいんです!!……おそらく、それがお父様の願いでもあるから……どうか、お願いします 」
そして沈黙が訪れる。英雄が今どんな顔をしているのか想像するのが怖くて、私は頭を上げられなかった。
そうして数分、いやもしかしてら数十秒だったのかもしれない。彼は静かに声を吐き出す。
「 ダメだな。荷物持ちなんて必要ないし、俺たちと一緒に闘いたいってなら、尚更ダメだ 」
「 そんな!!? 」
耳に入ってきた言葉に絶望すると共に顔を上げると、先ほどと同じ豪快な笑みを浮かべながら片手を差し出してくる英雄が目につく。
「 俺たちと一緒に闘いたいなら、俺たちと《友達》になってくれ 」
………え?
予想外の言葉に唖然としてしまう。
友達……本でしか読んだ事なかった言葉。
「 私、友達というものが……わかりません 」
「 なら、とりあえずなってみてから、考えようぜ 」
変わらずのニカッとした笑顔。
その言葉の、彼の真意は分からないが、しかしその温かな英雄の顔付きに思わずこちらも笑みが溢れてしまう。
心が温かいもので満たされる。
気がつくと私は彼の手を握り返していた。
「 改めて、ギルド【
「 おそらく今の世界で唯一【
固く握手を交わす。ここから私にとっての全ては始まったのであった……ーーーー
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