032:揺るがぬ想い

「 うぅぅ、寒い寒い 」


近場の川で洗ってきた使い終わった食器や調理器材達を手に野営地へと戻る。そしてとりあえず水を受け凍えてしまった手を暖める為に、寝巻き代わりにそれまで身に付けていたセーターよりは軽いシャツに着替え、荷物の整理をしていたルイスへとそれらを渡し俺は焚き火の近くへと腰を下ろした。


「 お疲れ様、後は私が拭いとくわね 」

「 おぉ、頼むよ。ルイス 」


手を擦り少しでも多く暖をとれるように努めながらも、視線を巡らせてみると、川に行くまでは大満足の晩餐に上機嫌で騒いでいたリースが毛布代わりの旅用マントを羽織ってはしんと横になっている光景が目に入る。


「 ったく、騒ぐだけ騒いだらもうおねんねかよ。いつまで経っても変わらないな、こいつわ 」


「 ほんと、眠ってる時だけは信じられないくらい静かなのよね、リースって 」


スゥという静かな寝息を溢し安らかな眠りについている幼馴染を目にルイスと共に思わず苦笑いが漏れてしまう。起きている時は散々馬鹿騒ぎを繰り返すリースが、何故か眠っている時だけは信じられないくらい静かなのは出会ってからずっと変わっていない。


初めは、まさか息してないのかと心配した事もあったがそんな事はなく。

純粋に眠りが深いらしく、一度熟睡したらイビキなどはかかない癖に朝までグッスリだ。


いっそ、その単純さが羨ましいとさえ思えるよ。


そんな思いにため息をつきながらも、ゆっくりと深呼吸をしては、この瞬間を堪能してみる。


焚き火から時折奏でられるパチパチという心地の良い音に、森という多くの生命で溢れた空間から発せられる全身に染み渡るような安らぐ香り。

空を見れば雲一つないそこに点々と輝く星々の煌めきがまるで名画のような美しい光景を露わにしている。


町にいたのでは決して体験できない、優しい自然に包まれた空間。そこに大切な二人がいてくれる。

それがなんだか嬉しくて、心満たされるこの時間をみんなで共有できている今の一時いっときが感慨深かった。


けど、それは俺に限ってのことだ。


頭の中でこの野営に至るまでの些細な出来事、それら全てが欠片となりパズルのように組み上がってはその答えを作り上げる。


きっとルイスの心には何か引っかかっているものがあるのではないだろうか?と……


分かってしまうんだよな、だってちっさい時からずっと一緒なのだから。


「 なぁ、ルイス。今年に入ってから、なんかあったか? 」


「 ……え? 」


俺の言葉に幼馴染は動かしていた布巾を止めてしまう。それに構わず問いを続ける。


「 今年に入って、よく俺に突っかかってくるというか……なんというか。いや、悪い気はしないし、別に良いんだけど。なんか、あったのかなって、気になって 」


「 ……ごめん、ちょっと待ってもらえる?この食器全部拭き終わってから、話させて 」


上手く内容をまとめる事が出来ず歯切りの悪い言葉になってしまった上に、予想外に静かで、そして視線を合わせずに返答した幼馴染に俺は動揺の籠った「あぁ」という声を返すしか出来なかった。


もしかして……怒ってる、のか?


ルイスとの仲は長い、それこそずっと一緒にいたといっていいほどだ。故に隠し事やその感情などは、ある程度読み取れると自負していたのだが、今目の前にいる幼馴染の考えが……俺にはわからなかった。


これまで見たことのない顔つき。

何かを決心したかのような、への字で固まった口に、頬はほんのり赤くなっているがその目つきには羞恥などは感じられない。


トイレ我慢……ではないよな?


先程までの安らぐ時間からは一変した、緊張に包まれた空気に気がつくと冷や汗が浮かんでいる。


そうしてカチャカチャという洗い終わった食器達についた水滴を布巾で拭き取る音が止むと、ルイスはそれらを荷物へと仕舞う。

そして顔を伏したまま俺の隣に腰掛け、膝を抱き抱えるような丸まった姿勢をとり、共に焚き火の光を前に受け始めた。


しかし言葉はなく、流れる沈黙に思わず口内でいつの間にか溜まっていた唾をゴクリと喉を鳴らして飲んでしまう。


体験したことのない謎の気まずさ、それがなんだかわからないが、息が詰まっているというのだけはわかる。


どれだけ続いているのか分からなくなる程の、沈黙に次ぐ沈黙。


流石にこのままでは辛い、そこでチラッと横目でルイスを見てみる。すると、歩いている時は気付かなかったが幼馴染の首元で焚き火から出る光をキラリと反射させている、俺が市でプレゼントしたものであろう見覚えのあるネックレスが目についた。


これだッ!!


思いついた会話の切り口を頭に浮かべ、固まっている呂律をどうにか動かす。


「 ら、未来に咲く安らぎラブロメロン、もっ、持ってきてたんだ、にゃ 」


……噛んだァァァ!!!

それにめっちゃ甲高い声で口にしてしまったァァァ!!!


緊張してるんだよ、仕方ないだろ!!


というか、なんで俺緊張してるんだよ!!


知らねぇぇよ!!!


頭の中でカイルとダルチが喧嘩している、カイル・ダルチとは私の事です。


もうダメだ。童貞心全開だァァァ!!!


「 ……ふふ、あははは!!! 」


やっと顔を上げたルイスが俺を笑う。


それはそうだろう。

俺だって第三者なら大爆笑する自信あります!!


「 ごめんごめん、なんだか上手く言葉に出来なくて 」


笑いすぎて浮かんでいた涙を指で拭いながら幼馴染はそう口にする。そしてある程度満足したのだろう、落ち着いた柔らかな顔つきを浮かべると首に下げたネックレスをその手に乗せた。


「 ずっと肌身離さず持ってるわ。中に種が入ってるから、今の季節はだいたい服の中に入れてて見えないだろうけど……ちゃんと、大事に持ってるから 」


「 そ、そっか 」


やっと会話が出来たというのに、何故か未だに緊張が消えない。


未来に咲く安らぎラブロメロンいつくしむように見つめるルイスが、雑誌などで載っているどんな美女の写真よりも綺麗で、どんな美しい花々や景色の写真よりも魅入ってしまって……ダメだ、なに考えてるんだよ俺はッ!!


こんなに自分の思考や感情を理解できなくなったのは初めてだ。一体俺はどうしてしまったっていうんだ?


勢いよく首を振り雑念を消し去る。


「 ねぇ、カイル 」


「 はッハイ!! 」


まだ邪な思考が完全に消え去ってないからか、思わず背筋ピンで気合いの籠った返事をしてしまう。


えぇい、もうこうなったらなるようになれだ!!


相変わらず緊張からカチカチになった全身をそのままに視線を横へと向けると、膝を抱えた姿勢はそのままにこちらをじっと見つめるルイスと目が合う。


それによって心臓は高鳴り始めるが、そんな俺に構わず目の前の幼馴染はゆっくりと静かな言葉をこぼし始めた。


「 今日さ、リースがみんなと離れるのが寂しいのか?って茶化してきたじゃない?……あれね、本当は図星なの 」


「 ……え? 」


そこまで口にしてルイスは視線を夜空へと向ける。そして、おそらく内に隠していたのであろうその本心を語り出した。


「 本当はみんなと離れ離れになるのが寂しい。いつも、なにをするにも一緒でこの楽しい時間が……幸せな時間がずっと続くと思ってた。けど、大人に近付くにつれてそんな事はありえないって気付いて、この幸せが終わっちゃう……それが凄く悲しくて、ね 」


初めて聞くルイスの心の声。

寂しさの籠った、諦めのような言葉。


夜空に気持ちをこぼした幼馴染は再び俺の目を見つめる。それは自らの本心を理解して欲しいと願っているように思えた。


「 だから、今年がみんなで過ごせる最期の年だと思うと、なんだか色々焦っちゃって……ごめんね、カイル 」


「 ……ルイス 」


悲しさの上に貼り付けたそんな幼馴染の寂しい笑顔を目に、俺は本心からそうしたいと思った通りに動くことにした。

ゆっくりと伸ばした片手をルイスの頭へと乗せ、優しく撫でる。


何故そんな事をしようとしたのか、それは俺自身分からない。けど、そうしたいと思った。

ルイスはもう立派な大人だ。子供をあやすのと同じようにされるのは嫌かもしれない。


けど……今にも泣きそうな顔を浮かべた大切な仲間を目にしたら、なんだかそうすべきだと思ったんだ。


「 ふぇ?? 」


「 ……嫌だったら、振り払ってくれな 」


間の抜けた鳴き声のようなものを上げるも俺の言葉にルイスはそれ以上何も返さない。ただ黙って顔を下げそのきめ細やかで艶やかな美しい金のショートヘアーを撫でられ続けた。


「 そう、だよな。やっぱり寂しいよな……俺もおんなじだよ。ルイスと離れ離れになるのは正直ちょっとツライかな 」


「 ……カイル 」


頭に乗った手はそのままに、顔を上げこちらを見つめるルイスの目には涙が溜まっており潤んでいた。


そんな幼馴染に俺は出来る限り穏やかな笑みを返す。


しかし、ここからなんと言葉をかければいいのか……


こんな時気の利いた事を思いつけない口下手な自分が情けない。すると、次の言葉を待たずしてルイスは体勢を崩してはグイッと四つん這いの姿勢でこちらへと寄ってきた。


「 なっ!!おまッ近いって 」


慌ててあらぬ場所を触ってしまわないよう、撫でていた手を引っ込め、そのまま両手を空へと上げては無抵抗の姿勢を取る。同時に突然の幼馴染による接近に体温は上がり、自らの顔面が赤面してしまっているのが自分の事ながらに理解できてしまう。


これはアレだ、雑誌で見た事がある女豹のポーズというやつだろう。


まさか現実で、それも幼馴染がおそらく無意識からだろうがそんな妖艶な仕草をしてくるとは思わず、今日で何度目だろうかゴクリと喉を鳴らし唾を飲んでしまう。


童貞心から少しだけ、チラッと視線を下にしてみると未来に咲く安らぎラブロメロンがかけられた白くサラッとした細い首。そこから視線を辿らせるとハリのある綺麗な肌に浮かぶ鎖骨や、その下には少しはだけた服から僅かに露わになっている豊満な胸が作り出す谷間……って待て!!ダメだダメだ!!!


どうにか首を勢いよく振っては理性を戻し慌てて視線を戻すと、上げた顔の前にはトロンとしてた上目遣いのような魅惑的で魅了される表情を浮かべたルイス。


それを目に今日で一番のドキッとした胸の高鳴りに思わず呼吸の仕方を忘れてしまう。


「 あ、あの……る、ルイス…さん? 」


「 カイル……お願い 」


誘っているのではないかと錯覚してしまうほどにとろほうけた、甘い顔付き。

甘い、などと表現がおかしいのは分かっているが、今の俺にはそうとしか感じられない。


合わせて、晩餐で美味しい脂の乗った肉を食べたからか、いつもよりも魅惑的な光沢を露わに、ぷっくらとしたルイスの唇が、理性によって雁字搦がんじがらめに縛り止めている俺の本能を激しく刺激し暴れさせる。


いっそ、何も考えずに目の前の彼女を力強く抱きしめ、その唇を奪う事が出来たのならどれだけ幸福なのだろうか……けど、そんなのは間違ってる。

俺は理性のある人間だ。本能に振り回されて相手を傷付けるなんて絶対にしてはいけない。


頭の中で暴れる本能を何度も殴りつけ抑える。大丈夫……俺はまだ大丈夫だ。


「 なな、なんでしょうか、か? 」


緊張、動揺によって、今の寒い季節では想像出来ないほどに止めどなく流れる汗をそのままにどうにか絞り出す声は全て上擦うわずってしまい、もはや冷静を偽る事は出来そうにない。


「 一緒にウィルキーを出て進学して欲しいの。今から二人で懸命に教えればリースだって絶対試験に合格出来る!!……私、やっぱり嫌だよ。みんなで一緒にいたい………カイルと、離れたくない 」


「 ……… 」


それがルイスの本心。ずっと伝えたかった本当の願い。しかしそれは自らの我が儘でもある。

それによって俺たちの進路に迷惑をかける事をこの幼馴染は嫌っていたのだろうか?

だからこそ、中々この提案を口に出来なかったのかもしれない。


そんな言葉を耳に、先ほどまで妖艶で魅惑的だった眼前の幼馴染は途端に幼児のように見えて……なんだか、それが凄く可愛らしく感じられた。


そして俺は先程と同じくまたルイスの頭を撫でる。しかし、視線は合わせられない。

彼女の思いには答えられないからだ。夜空を目の前にしこちらも、想いを語る事にする。


「 俺は……強くならないといけないんだ。俺にしか出来ない事を成し遂げる為に、俺に託された使命の為に…… 」


「ぐすっ」という涙を堪え鼻を啜る音が聞こえる。撫でる手と視線はそのままに、きっとこの返答を分かっていながら、それでも本心を語ってくれた幼馴染への罪悪感に苛まれながらも続ける。


「 もう……誰も奪わせはしない。俺は……今度こそ全部護ってみせる。大事な人達を、みんなの未来を…… 」


そこまで言って視線をやっと幼馴染へと戻す。この言葉だけはしっかりと伝えたい。

大切な仲間、決して失いたくないルイスへ……


「 その為にはもっと強くならないといけないんだ。だから、俺は行けない。ルイス、俺は大切なお前の未来を護りたいんだ 」


言いたい事を口にし、それによって緊張がほぐれたので、いつものニカっとした豪快な笑みをルイスへと向けてみる。これが俺の本心、変えられない答え。


幼馴染の懇願だろうが、美女からの誘惑だろうが、これだけは何があろうと変えることができない決定なんだ。


「 でもッここ何年も原石級オリジンなんてッッ!!始元七龍しげんりゅうなんて現れていないじゃない!!!きっともうそんなのいないッ 」


「 奴らはいる、確実に生きてる 」


突然のルイスの言葉に、俺の心そして思考は締め付けられる。しかし、考える間もなくその答えは初めから用意されていた。


頭に浮かぶはあの雨の夜の記憶。

俺が全てを失ったあの日……奪われたあの日。

殺す覚悟を強制されたあの瞬間。


「 奴らを殺すには【終焉の刻ラグナロク】を使う他ない、そしてそれが出来るのは俺だけなんだ 」


「 でも……それじゃあカイルはどうなるの!!?始元七龍しげんりゅうを相手にしようだなんて危険すぎるよッッ!!死んじゃうよッッ!!! 」


そっか……お前はそれもまた伝えたかったんだな……


ルイスを見るとその瞳には止めどなく涙が溢れており、彼女が隠していたもう一つの懇願が俺を闘いから遠ざけ、起こりうる未来を変えたいというものであったのだと理解する。


始元七龍しげんりゅう


500年前の種族戦争において突如として出現したとされる七匹の強大かつ世界を崩壊へと導く天罰とされる龍。


古代エルフ族はこれらを元に魔物を作ったとされ、魔の始まり、元凶となった存在たち。


その力はもはや神話のようであり、残された記録が少ないのは、そもそもそれらに遭遇して生きて帰ってきた者が殆どいなかった事を意味している。


この世界の何処かで今なお生きているであろう、そんな魔の元凶。

しかし、これまでの人類は多すぎる犠牲を払う事でなんとか内二体の討伐には成功している。


そのどちらにおいても、止めの一撃に用いられたのが俺が持つ、いや託された【終焉の刻ラグナロク】なのだ。


過去にこの【呪われし冠カオスアゲート】を手にした者たちがいなければ、今の世界はとっくの昔に滅んでいる可能性だってある。


終焉の刻ラグナロク】を扱えるものは人間族ヒューマンの血を完全に引き継ぐ、純血を宿す者のみ。


今の世界において各種族は全て人の形を成している。血を濃く引き継ぐ者はその特徴が身体に現れる事もあるが、結局は人である事に変わりはない。


そんな世の中だ、それぞれの種族の血が混じるなど当たり前の事で、それこそ医療行為である輸血でさえ混合の要因となるだろう。


つまり、世界規模において純血など殆ど存在しない。

稀少であるが貴重ではない者たち。


しかし、力はその稀少を求めた。そして俺が選ばれた。


「 覚悟の上だ……けど、死にたくはないから強くなりなんだよ。みんなを護って、それからみんなと笑い合いたいから 」


「 ………バカ、もう知らないッ!!バカバカバカッ、本当に……バカなんだから 」


ルイスは夜という事などお構いなしに叫び勢いよく立ち上がると、一目散に設置していた簡易テントに潜り込んでしまう。

罪悪感に蝕まれながらもそれを見送り。その後俺はまた空を見つめた。


『 お前にしか出来ないんだよ!!これ以上奪われたくないならッ失くしたくないなら!!お前が殺すしかないんだ!! 』


頭に浮かぶは、兄と慕ったあの英雄の声。


「 兄貴、あんたはどんな思いであの龍に立ち向かったんだ? 」


夜空は応えない。そんな無に苦笑いを浮かべながら、俺はリース同様マントを布団代わりに眠りにつくのであった……ーーー

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