031:野営の準備


「 俺達よりも年下の16歳でありながら、学校にアイドル活動と頑張ってるこの世界に舞い降りた女神のような存在、それが我らがアイドル『クレア・シルヴィーユ』ちゃんなのだよ!!人魚族セイレーンの血を持つ故にその歌声は心に染み渡り、微笑みは救済の光ッ!!カイルも見たら絶対に惚れ込む!!絶対だ!!! 」


「 わァ………あぁ…… 」


………失敗だった。


狼型の魔物、ワンガルドと合流した俺たちは問題なく野営地である森に辿り着く事ができ、今は焚き火の為にリースと薪となる大きめの枯れ木を集めているのだが、軽率にこの幼馴染がハマっているアイドルについて質問したのが全ての間違いだった。


もう高速で動く口が止まらない、止まらない。

曖昧な返事を返して興味がない事を露骨にアピールしているが、そんな事などお構いなしにリースは激論を続けてくる。


「 彼女は、いや彼女達という方が正しいな!!クレアちゃんをボーカルとしてその歌の演奏は子供の頃から一緒に育って来た親友達である、キアルちゃん、メールちゃん、ネルちゃんの3人がそれぞれの楽器を担当してて完璧な音楽、そして我々の芯に響く歌詞とリズムで再現される歌はもう財宝そのもの!! 」


いや、我々ってなんだよ……うわッ汚っ!!ツバ飛んできたぞ!!!


「 あぁぁぁ!!ウィルキーにもライブに来てくんないかなぁぁ……でも、ウチの町会場なんてないからなぁぁぁぁ 」


大量の枯れ木を手にしながらリースは深く項垂れる。どうやらようやっとクールダウンしてくれたようだ。


やれやれとため息を溢しながらも、黙って作業を続けるのも味気ないので適当に返答を続けてみる事にする。


「 なら、次の町会議で建設申請でもしてみればいいんじゃないか?それだけ人気なアイドル様ならウィルキーでもお前以外にファンは多いだろうし、意見集めて集団で提案すればそれなりに通るかもな 」


「 ……なるほど 」


ん?……もしかして俺言わなくていい事口にしてしまったか?


視線をリースへと向けると、似合わない真剣な面持ちで考えこむ馬鹿幼馴染が目につく。

これは厄介な事になるかもしれない、慌てて言葉を続ける。


「 いや、変な事は考えるなよ!!今の無しッ、適当に言っただけだから!! 」


「 ……町の発展の為には、我らが女神様のお力が必要ではないかね?カイル殿 」


「 わァ………あぁ…… 」


ダメだ、やっぱりリース馬鹿だ。なんで口調まで変わってるんだよ!!


とはいえ、一度口にしてしまったものは取り返せない。まぁ町に帰った後このリース馬鹿が突発的なことやったとしても……俺、知〜らない。


私は幼馴染の自由意志を尊重します……気持ちの切り替えって大事だよな。


気が楽になったので、集めた枯れ木の数を確認してみる。この季節野営をするなら夜を越すための薪はかなりの数要求される。


冷え込みへの対策として普段のキャンプよりも焚き火に暖を求める必要がある以上、薪を星型に組みその消費を抑えた手慣れた火の付け方ではダメだ。


燃料である枯れ木を大量に使用し、また燃焼時間も短くなってしまうが、その分大きな火を起こせ暖も取れる井桁型や並列型といったドミノのように木を積み上げていく形状がこの時期は理想的であり、本来それを実行する為にはそれなりの労力がかかってしまうのだが、この森は去年ギガスベアーという金級ゴールドクラスの魔物によってかなり荒らされてしまった。その時薙ぎ倒された木達が残されており、それを使わせてもらうことでこの課題は難なく突破できそうなのは救いであった。


とりあえず数は足りそうなので、リースに声をかける。


「 よし、一旦戻ろうぜ。そろそろ火起こし始めないと暗くなっちまう。 」


「 おう。了解、了解 」


そしてそう遠くない場所にある野営地へと戻る。


俺たちが夜を越すのに決めた場所、というより正確に言うならワンガルド達が案内してくれた空間なのだが、そこは森の中でもかなり大きな木の下であり、最大の特徴はその地面には他の場所と違い雪が全く積もっていない事にあった。


風の通りもあまりなく、周囲と比べれば穏やかな気温が漂っている領域。こんな所があるなんて予想外であったが、森心術グランド・ローグによって魔物達の声を聴いたルイスによると、ここは俗に言う温暖域ホットスポットであるらしい。


森を知るものでなければ辿り着けない場所、この時期に最も重宝するそんなありがたい空間で夜を越せるのだ。これなら寒さの心配などはかなり薄くすることができるだろう。


全ての魔物が今のワンガルド達のように友好的であったならどれだけ助かるか……まぁ、そう上手くいかないから何でも屋ギルドや騎士団などがあるのだから仕方ない。


「 ルイス、戻ったぞ。 」

「 おかえり〜 」


保温性の高い布を、そびえ立つ木の幹や落ちていた枯れ木を支柱にして張り、簡易テントを設立しているルイスに軽く言葉を掛け手早く焚き火の準備を始める。


「 それじゃあ、俺はもうちょっと木集めてくるよ 」


手にしている枯れ木を俺の近くに置き、リースは再び薪集めに戻った。


なんか、いいなこの時間。


みんなが夜を越す為に色々と準備をしている。

誰かに急かされている訳でもなく、それぞれのペースでやるべき事をしているそんな穏やかな今が、なんだか凄く心地よく、自然と笑顔が浮かんでしまう。


本来であるなら脅威とされるワンガルド達は俺たちの代わりに見張りを請け負ってくれているのか野営地の周りで伏せており、その様はまるで忠犬そのものだ。


ギガスベアーを討伐した功績がこんなにも顕著に現れるなんて思ってもみなかった。本当にエルフ族の血を持ち、魔物や森と対話できる森心術能力を持つルイスには頭が上がらないよ。


薪を集め、火を起こし。

川で水筒を満たしては、テントを張る。


それぞれの工程を難なく済ませると、辺りはもう暗くなっており気温は低くなってくる。

しかし対策通りの暖の取れる焚き火の形状や温暖域ホットスポットの恩恵により、周囲は「少し寒い」くらいでなんとか抑えることが出来ている。


これなら布で更に温度を逃さないようにすれば、ぐっすり眠る事も出来るだろう。なんて快適な野営だ。


問題なく夜の準備も出来た事で、今度はお楽しみであった晩御飯の調理に取り掛かる事にした。


「 さて、待ちに待った晩飯だ。今回はちょっと奮発したから楽しみだな〜 」


思わず歓喜の独り言が溢れた。


昼に食べた保存食とは違い、新鮮な野菜に肉。

それらを並べ野営用の少し小さな調理器具も荷物から取り出してゆく。


「 カイル。今回は何作ってくれるんだ? 」

「 美味しいの、お願いね 」


二人とも楽しみにしてくれているのだろう、良い笑顔を向けてくれる。

基本的に野営の調理は俺が担当している。ウィルキーにあるレストランの厨房でバイトしていた事もあり、料理にそれなりの腕があるからだ。


イヴリンさんの神がかった腕前には遠く及ばないが、それでも美味しい料理を作るには問題ない。


湧き踊る高揚感をそのままに次々と食材達を取り出していく……おっと、そうだ。

不意に思惑を思い出し、心に一度静止をかける。そして忙しなく動いていた手を一度止め、幼馴染へと向き直った。いけない、危うく忘れるところだった。


「 ルイス、ワンガルド達を集めてもらえるか? 」

「 ??……別にいいけど 」


俺の指示にルイスは再び森心術を使用し、魔物達と対話を開始する。そしてそれを耳に狼型のそれら数十匹は不穏な顔付きをしながらも付近へと集まり始めた。


勿論、幼馴染の二人もそれらと同様に、俺の提案への疑問をその顔に浮かべている。


「 カイル、なにをするつもり? 」

「 いやなに依頼には報酬を、ってな 」


荷物からこの為に購入した、両手でなければ持てず、かつ結構な重さをした肉の塊を取り出す。そしてその包みを丁寧に剥がし魔物達の前へと置いてみた。


「 家畜の肉だから、ワンガルド達の口に合うかは分からないけど、この場所を案内してくれた事と見張りしてくれてることのお礼って事で話を通してくれ、ルイス 」


「 成る程ね。気がきくじゃない、了解よリーダー 」


「 おいおい、この塊どれだけしたんだ?奮発しすぎだろ 」


ウィルキーの町にある肉屋で金貨10枚で購入した肉の塊。正直年超えで余った資金が無ければもっと安値のモノを買っていたかもしれないが、友好的に接してくれているモノに対して、その関係を維持する為に思考を凝らすのはとても大事な事だ。それが魔物であるなら尚更だろう。


目前に置かれた塊を視界に魔物達は涎を垂らしながらも狼狽しているように感じられる。知能のある個体達だからこそ、警戒だろう。


それらはルイスからの対話を耳にしながらも、肉に飛びつくような様を見せない。すると少しして、その中のリーダー格なのだろうか、一匹の狼型が脚を進め始めると置かれた塊に鼻を向けクンクンと動かし始めた。


「 大丈夫よ、お上がりなさいな 」


それは森心術による対話ではない。

ルイスは穏やかなで暖かな笑顔でワンガルド達に自らの言葉を向ける。


その様はとても綺麗で……胸がドキッと一つたかなってしまう。

まるで柔らかな光に包まれた聖母のような幼馴染に思わず魅入ってしまう自分がいたが、そんな様をリースに見られたら絶対に弄られる。急いで頭を振り冷静を取り戻した。


そうこうしている間に、肉を嗅いでいたワンガルドは決心したのか口を控えめに開くと毒味とばかりにガブリと塊に小さくかぶり付き、口内に入れたそれを咀嚼しては飲み込んだ。


なんだか、緊張してしまい口内にいつの間にか溜まっていた唾を喉を鳴らしながら飲み込んでしまう。


それを目にルイスは「ふふふ」とまた優しく綺麗な笑みを溢すが、肉を食べたワンガルドは「グワァン」と吠えるとそこから離れてしまい、それに合わせて背後にいた狼型達も森の奥へと帰ってしまった。


「 あ、あれ??もしかして機嫌損ねちゃったか?? 」


思わず冷や汗が流れる。良かれと思ってやったのだがそれで返って信頼を損ねてしまったのでは、本末転倒だ。


やってしまったか、と焦々としてしまうがそんな俺にルイスは優しく話しかけてくる。


「 大丈夫。むしろ、凄く感謝してるように見えたわよ 」

「 いや……けど、そうはみえないぞ? 」


幼馴染に励まされるも不安を消せないでいたが、それは次の瞬間森の奥へと帰っていった複数のワンガルドがその子供たちであろう片手で乗せれる程に小さな子狼の群れを従え現れた事で一転し、癒しへと変わる。


「 あぁ、子供達に先に食べさせるって感じか 」


雪の季節では食べられるモノも少ないのであろう、去年荒らされたという森なら尚更だ。

肉の塊を目にした子狼達はその眼光を歓喜で輝かせ走りよっては一心不乱にかぶりつきはじめる。


「 良かった良かった 」


胸を撫で下ろし、安堵を溢す。そんな俺にリーダー格であろうワンガルドは「グワァン」と吠えた。


「 恩にきる。ですって 」


「 へへ、どういたしまして 」


とびっきりのニカッとした笑顔とサムズアップを返す。そして見てて癒される子狼たちを前に俺たちも夕食の為に調理を始めるのであった……ーーーー

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