030:旅と進路

「 それじゃあ、行ってきます。院長先生 」


「 お見上げ期待しといてくれよな、先生 」


「 行ってきます、先生 」


「 みんな気を付けて、楽しんできなさいね 」


朝食を終え大満足の後、俺たちは旅準備を済ませ足早に孤児院を後にする事にした。

昨日のうちにイヴリンさんとメリッサさんにも挨拶をしといたからやり残した事はないはずだ。


本当はもうちょっとゆっくりしていたかったのだが、今日は嬉しいことに予想外な満点の晴天であり、万が一天候が崩れてもいけないので早々に旅へ出ることにしたのであった。


「 よし、それじゃあ目的の森まで歩き続けるぞ 」


改めて荷物を背負い直し、意気揚々とウィルキーから外へ。

この町は草原の中にあるというだけに一歩足を踏み出すと目に入る光景は一色となる。


花の季節であるなら美しく咲き誇ったそれらが、熱の季節であるなら力強く太陽へと伸びる緑の草々が、そしてまさに今である雪の季節であるなら空から降り注いだ白一色を散りばめた、道によっては目を細めれば遥か先まで見渡せる広大かつ静かな自然を前に、どこか心地の良い旅心が生まれている。


頬を撫でる風は冷たく芯に響くが、それが風情のように感じられるのは十分な余裕があるからだろう。

一定の速度で歩みを続けつつも、首を動かし二人を見てみる。


肩に着替えなどの衣服等が入れられた大きめのショルダーバッグを下げ朝市でみたのと同じ衣服を身につけたルイスに、昔からずっと使い続けているために古傷まみれだが、それがどこか愛嬌を感じされるリュックを背負ったリース。いつもはこの季節でも半袖を決め込んでいるこいつも、流石に今回は長袖の上着を着込んで寒さに対策しているようであった。


二人とも良い顔をしている。自然をその身に満喫しているような穏やかな笑顔だ。

たまには、こういうのもいいもんだな。


大きく息を吸い込み、冷たく、しかし爽やかな空気を肺へと送り込む。

そしてそれが全身に染み渡っているかのような感覚と共にゆっくりと巡り熱くなった息を口から溢す。


自身の心も、周囲の自然も、なにもかも全てが穏やかだ。こんなにも心地の良い感覚は久しぶりのような気がする。


そんな充実した快適を味わいつつも歩みを続けていると、暫くして軽い空腹を感じる。

気がつくと、どうやら歩き始めて半日は経ってしまっていたようだ。なら、だいぶ距離は稼いだはずだろう。


「 二人とも、大丈夫か? 」

「 全然、余裕だぜ 」

「 問題ないわ。むしろ絶好調 」


得られた確認を耳に、俺は腰に下げた皮袋から片手一杯程の大きさであるパンを一つ取り出す。

そして同じく袋に入れていたパンナイフを使ってそれを三つにカット。切り分けたそれらを二人へと差し出した。


「 サンキュー、カイル 」

「 ん、ありがとう 」


昼ごはんくらい腰を下ろして食べたいものだが、とりあえず今は野営地である森に辿り着くことが優先だ。故に行儀は悪いがそれぞれに歩きながら手にしたパンを頬張ってゆく。

それを目に俺も寒さによってカチカチになったそれを咥える。そして更に袋を弄り、今度は干し肉を手にカット。


それらをまた二人へと渡す。

今日の昼飯は冷えたパンと細かく分けた干し肉だ。


晩御飯はキャンプを焚いて、少し豪勢にしようと予定しているから今は我慢だな。


それでも噛めば噛むほど味わいのある肉と、味付け件保存力を高める目的で振られたキツめの香辛料の深く濃い味付けは凍えた身体に燃料を与えてくれるようで芯がゆっくりと熱を帯びてゆく。


冷たく、固くなってしまったパサパサのパンはどう評価してもイマイチだが……まぁ、これも旅の醍醐味だよな。


「 はい、カイル 」

「 ん、ありがと 」


ルイスから水筒を受け取り、中の水で流し込み喉を潤す。あまり飲みすぎないように気をつけつつ、それを返した。


「 ふぅ、ご馳走さん 」


昼ごはんを終え、足を動かしつつも一息こぼす。


「 あ、あのさ。二人とも 」


不意にルイスの何か改まったかのような声がかけられて、二人して視線をそちらへ向ける。


「 二人に聞きたいことがあって、というか……色々話したい事があって、ね 」


「 どうしたんだよ、改まって 」


「 成る程、だから歩き旅したいなんて言い出したんだな? 」


俺の読みにルイスはゆっくりを首を縦に振る。そして話を続けた。


「 私達今年で18で、学園も卒業じゃない?……みんな進路どうするのかなって 」


それを耳に男二人して「あぁ、それな」と顔を背けてしまう。

しかし、そんな俺たちとは違いどうやらルイスはこれを真剣に話したいようでその足を止めてしまっている。


なら、誤魔化すのも……違うよな。


「 ルイスは前言ってた通り、進学するのか? 」

「 うん、私はルーベルの大学に進学したいと思ってる 」


真剣な目でルイスは応える。


ルーベルとはルドアガス程ではないがカイドライン大陸の中ではトップクラスに発展している町であり、特に学問を学ぶにおいて最も適した場所だとされている。奨学金制度なども町を起こして実施されているようで毎年多くの学生が訪れるのだとか……


「 俺は、というか俺達、かな?……俺たちはウィルキーの町でギルド続けるよ 」


俺の言葉にリースも「うんうん」と頷く。


「 ……ホントにそれでいいの?リースはともかく、カイルなら大学への進学なんて楽勝でしょ!!?今の時代学問は大事よ!!それはわかってるでしょ!? 」


「 お、おいおい。落ち着けって 」


どうしたというのか、鼻息を荒げてルイスが詰め寄ってくる。

というか「リースはともかく」でいいのかよ?


「 なんだなんだ、俺たちと離れるのが寂しいのかルイス??寂しがり屋かなぁ? 」


「 なっ、ち、違うわよ!! 」


ニヤニヤと茶々を入れてくるリースに噛み付くように吠えるルイス。こうして耳煩いやり取りが始まるのかとため息を溢そうとした瞬間、不意に耳につく聞き覚えのある遠吠えが一帯に響いた。


「 お?この遠吠えは 」


咆哮に視線を向けると、薄らとこちらへと駆けてくる複数の魔物達が目につく。しかし、それらが敵意も持っていないのはその嬉々とした顔付きからわかった。


「 あら、向こうから来てくれたみたいね 」


近づいて来ていたモノたちは、かつて俺たちが救ったワンガルドの群れであった。

という事は、もう森は目前のようだ。すると、話を切り上げるかのようにルイスは魔物達の方へと駆け出してしまう。


「 お、おい!ルイス!! 」


変に切り上げてしまった会話にモヤモヤを抱えつつも、俺たちは幼馴染を追い足を早めるのであった……ーーー

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