028:幼馴染の懇願

中央都市ルドアガスへの出立を翌日に迎えた早朝、俺達は孤児院で最も大きな部屋である食堂の長机を借り、一帯の地域が記された地図を広げ旅道の確認を行っていた。


「 とりあえずの確認だが、道筋ルートはお前達がこないだの護衛依頼で使ったのと同じだ。けど今回はウィルキーの町ここから馬車で【ランクール】まで行って、一泊。それから次の日の夕方に寝台魔導列車の特別席を買って中央都市ルドアガスまで向かおうと思っている 」


「 特別席って、めっっっちゃ高級なヤツだろ!!?そんなのに乗っても大丈夫なのか!!? 」


俺の提案にリースが身を乗り出して問いただしてくる。まぁ、無理もないだろう。

何故なら話題に出ている席、それは一人当たり金貨40枚だなどというその名の通り「金持ち以外は使わせません」と言っているかのような超高額な提示をしているモノだからだ。


俺だって使わない……けど、今回は違う、違うのだよ!!


「 安心しろ、移動費等は全部中央に請求飛ばせれるからタダ乗りだッッ面倒臭い試験官なんて押し付けられたんだ、こうなったら精一杯の嫌がらせしてやるんだよ!!合法で金使いまくってやるんだよ!!!いいねッお前達ッッ!!? 」


試験官の選抜は完全なる抽選ランダムであるハズなので単なる不運というだけなのだが、故にとんでもなく苛立っている己の運命に対する感情を解き放つ。

その勢いに気押されたのかリース、そしてその隣にいるルイス共に「あ、はい」と縮こまっては口を閉ざした。


まだ完成して5年と経っていない列車という新しい乗り物。


エネルギーの加熱によって生じる蒸気を動力とした機関を組み込んだ事により、鉄と木で作られた専用の通路【線路レール】と名付けられているその道を高速かつ、道順通りに直進出来る特徴を持つこの車両は、馬車よりも早く、更に多くの荷物を道筋で繋いでいる遠くの町まで運ぶ事が可能であり、それはこれまでの流通の歴史を大きく変えた画期的な発明であった。


勿論貨物だけではなく、人なども乗せる事ができるコレの登場は、この時代を大きく発展させたと言っても過言ない。


そんな偉大なる乗り物はしかし、未だ発展途上であった。

線路レールで繋がれた町は僅かである上に世界でまだ6台しか製造されておらず、加えてそれらも全てが同型という訳ではない。


常に新しい技術を導入しながら実験的に造られているという都合上、最も最初に造られた加熱燃料を用いる列車では、その運用にかかる費用も膨大であり、突然そうなれば一般人の乗車金も高額になってしまうのだ。


幸いな事に俺たちが乗ろうとしているランクールと名付けられている町にある車両は、魔冠號器アゲートに使われているものよりは純度が低いとはいえ魔石から得られるエネルギーを動力としている最新式のモノであった。


一応だが中央への嫌がらせの為に乗車しようとしている寝台魔導列車の【特別席】がとりわけ高額というだけで、座る場所や使用出来る設備に大きな差こそあれど、一般市民用の席も当然用意されており、そちらはかなり良心的な値段で一人当たり金貨2.5枚と「責任者ツンデレか?」と真顔で問いただしたいような料金設定がされている。


本来であるならランクールから中央都市までは馬車を使っても4日はかかる所が列車を使えば一日。


本当に技術の進歩には驚かされるものだ。


「 野盗の噂なんかもあるから武器の所持はしないでも、防具くらいは用意しといたほうがいいかもな。つっても、マスターからの言いつけで魔冠號器アゲートも持ってくから心配はしてないけど……それじゃあその段取りで今日は明日の用意を各自でしとこうぜ 」


「 あっ、あの……カイル 」


確認を終え、広げていた地図をしまおうとするがそんな俺にルイスは小さく手を挙げて静止をかける。


「 どうした、ルイス?? 」


「 あの……もし良かったらなんだけど、ランクールまでは馬車じゃなくて徒歩で向かわない? 」


その提案に思わずリースと顔を見合わせる。

突然どうしたんだ?


「 えっと……悪いが徒歩だと3日はかかっちまう。それだと列車に間に合わないんだ 」


「 それは大丈夫、ちゃんと考えてるから 」


ルイスは俺の手から丸めた地図を取ると、それを再び机に広げる。そして、その上に指を乗せ道筋ルートの説明を始めた。


「 去年ギガスベアーを討伐した森があるでしょ?そこを真っ直ぐに通過すればランクールまでの距離をかなり省略出来るわ。そうね……到着まで1日と少しって所かしら?森の中はあの時助けたワンガルド達に護衛してもらえるように私が説得するから……どうかな? 」


そう懇願の眼差しを向けてくる幼馴染ではあるが……確かにその道筋なら列車の乗車には問題ないだろう。しかし、そうするメリットは全くない。


何を考えてるのかは分からないが、彼女の提案を実行するなら当然一度野宿をする必要があり、それはこの時期の夜が特に冷えるというのも相まってあまり歓迎できるものではないのだが……


再びリースと顔を見合わせるが、やはり俺たちは困惑以外の表情を浮かべる事が出来なかった。


「 あ〜……リースはどうだ? 」


「 えっとな……俺は中央都市ルドアガスに着いてから2日後に開かれる握手会に行きたくて……だから、それに間に合うならなんでも? 」


いつの間にか用意していた雑誌を開き、中央都市で開かれるリースが今熱狂しているアイドルの握手会についての記事を見せてくるが「分かった分かった」とそれを直ぐにしまわせる。


となると、俺次第か?


「 馬車で行けば宿で一泊出来るし。列車に乗るまでの時間ランクールの観光も出来るけど、それはいいのかルイス? 」


「 うん、ランクールの観光はなくてもいいの……えっとね、助けたワンガルド達とかギガスベアーに傷つけられた森を確認しときたいってのもあるし、その……久しぶりにみんなで、少しだけ冒険気分を味わいたいなって思って 」


何やらもじもじとしている幼馴染にやはり頭を悩ませてしまう。

冒険気分って、そんな歳でもないだろうに……まぁ、でも確かにみんなで野宿だなんて暫くしてなかった。する意味もそれが必要とされるような依頼が来る事も無かったからだ。


目を潤ませ「お願い」と手を合わせくるルイスにため息を溢す。


「 まぁ……いっか。分かった、それじゃあランクールまでは徒歩で向かおう。明日の朝イチに出るからそれ用の準備を各自でしといてくれ、それからルイス、言い出しっぺなんだから野宿に必要な買い出しは手伝ってくれよな? 」


やれやれと頭を掻きつつも決断をつぶやくとルイスは満面の笑顔で「うん!!」とその綺麗な顔を輝かせる。


そして今度こそ、地図を片付けて机の上を空にする。


「 それじゃあ、そういう段取りで、よろしくな二人とも 」


俺達は準備の為に食堂を後にするのであった……ーーー




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