027:月空の下に二人

月光が薄らと照らし静かな風の音だけがあるそのウィルキーから離れた草原の中で、メリッサ・ベルクスは自らを一帯の暗闇に溶かすように息を沈め受け継いできた力の型を構えていた。


ソリチュードとの戦闘でさえ外す事がなかった、いわば彼女の特徴トレンドマークである眼鏡を置いた事により露わにされている普段とはまるで別人のような鋭く冷たい眼光。


別段視力が悪い訳でもないのにわざわざ度の入ってないレンズをかけているのは、この生まれつきの目付きが仕事をするおいて患者たちから怖がられるとメリッサ自身理解しているからであった。


そんな本当の自分を隠す道具を外し、周囲に誰もいない草原に立つこの瞬間の彼女は、一人の技を極めようとする猛者であり闘士であった。


「 ふぅ……ハッ!! 」


沈めていた呼吸のリズムを切り替え、力を流動させた拳を空へと放つ。

それにより固体として存在していないハズの大気の壁は「キィン」という独特な、普通であれば発する事がないであろう悲鳴を掲げながら裂かれ弾けてゆく。


「 ハッ、ハァ!!……セイッ!!! 」


殴打・蹴撃・貫手。

流れるように洗練された動きで繰り広げられるは、全ての一撃に必殺が込められた攻撃の数々。

それらを一連にした美しい舞いの如き型。


教えを反復するようにゆっくりと丁寧に行われている動作であるにも関わらず、例え武の経験がないものでも、今の彼女に近付くことが如何に危険か本能的に理解する事が出来るであろう、それ程までに脅威的、いや殺意が宿っているといえるメリッサのけん


他の誰かがこの光景を見れば、これまでに築いてきた医者というとしての印象は忽ちに崩れてしまうのは想像に難しくない。故に彼女は一人草原に立つ。


そうして一通りの動きをこなし、程よい疲労と汗を纏った実感と共にメリッサは深々と息を溢す。

不意にそんな闘士へ、響く大きな拍手が一つ向けられる。


「 大したもんだ。以前よりも動きが良くなってるなぁ、先生!!! 」


それは賞賛というよりは嘲笑のように聞こえる余裕のある大声。


メリッサは近くに落としていた荷物からタオルを取り出し、流れる汗を拭き取りつつも、決してソレに視線を合わす事なく言葉を口にする。


「 ウィル・クルーザー……さんですか、一体私に何の用でしょう? 」


「 いやなに、満点の月の下美女と一杯酒を酌み交わしたいと思っただけさ、どうだい? 」


「 ……すみませんが、私あまりお酒は好きじゃないので 」


腰に下げていた酒瓶を掲げ含みのある笑みを浮かべるウィルだが、そんな彼の提案はバッサリと切り捨てられ、メリッサは荷物を手にそそくさとその場を後にしようと歩みを始める。


「 釣れないねぇぇ……それとも7年前、俺に殺されかけた事まだ根に持ってるのかぁ? 」


「 別に……昔の事なんて、気にしてませんよ 」


そう冷たく返す彼女だが、無意識にその身につけている衣服の下、胸元に大きくある消えない傷跡へと手を乗せてしまう。


メリッサの脳裏で浮かぶのは、かつて自らの目的の邪魔をしたギルドマスター。ウィル・クルーザーとの死闘。

まだ流衝波を完璧に習得していなかった頃に、逆にその技を胸に受け生死の境を彷徨った苦い記憶。


しかし、それはもう過去の事。彼女は思考を切り替え「失礼します」と簡単な言葉を吐き捨て再び歩みを始める。


もはや、言葉さえ交わしたくないと言った思考が簡単に読み取れる空間。そんな彼女にマスターも無理やり引き留めるような事はしない。

しかし、互いに背を向け合い視線が完全に外れたタイミングで、これまでの嘲笑といった雰囲気から一変したマスターの圧のある声が彼女へと吐き出される。


「 あのガキにを教えたのはお前だな? 」


「 ……… 」


周辺一帯が瞬時に凍りついたかのような悪寒。

メリッサの足は止まるが、その視線は決してマスターへと向けようとはしない。

対照的にそんな彼女へと向き直ったウィルは、その背に言葉を続ける。


「 分かっているハズだ、あいつはまだそのレベルではない。それを教える事が何を引き起こすかなど……お前ほどの腕前なら容易に想像できるハズだ 」


「 ……… 」


メリッサは答えない。ただ沈黙を貫き続ける。

数秒の間。しかし、まるで数分にも感じられる窮屈で息が詰まる感覚が二人を襲う。

返答はない。ウィルは重く深い続きの言葉をゆっくりと口にする……


「 お前は……カイルを? 」


返答は……ない。


「 お前はまだ……割り切れていないのか? 」

「 ッッ!!! 」


返答はない。しかし、彼女は瞬時に湧き上がった怒りの赴くままにマスターへと向き直り技を駆使して瞬進すると、その力が宿る拳を放つ。

1秒にも満たない瞬きすら出来ない刹那。


メリッサの抉る流動。

【流衝波ー抉りのー】は、常人では反応できないであろう速度で繰り出されその命を刈り取ろうと力を顕す。


命中と共にあらゆるモノ巻き込み、抉り砕く殺しの技。だが、それを向けられた者もまた猛者であった。


2秒という寸刻。


一帯に発せられたのは肉が裂かれ弾かれるグロテクスなモノではなく、思わず両耳を塞ぎたくなるような耳障りな爆音。

またそれによって発せられる踏ん張っていなければ吹き飛ばされるであろう圧倒的な衝撃波は周囲の様々な物体を襲い、二人の足元にはそこを中心とした更地が形成される。


教え子である二人に見せた防御のすべ

反発の流動を宿した【流衝波ー返しのー】。ウィルが殺意に呼応し自らを囲うように発揮したその力によって抉る力は弾く力に相殺される。


そこで、ようやっと重なった視線。

しかし、メリッサの目に宿る殺意は、例え必殺の技が通用しなかったからといって消えるものではなかった。


「 割り切る、ですって?……ふざけたことを言うな!!お前に私の何が分かる!!お前なんかにッ!!! 」


「 分かるさ、俺だってお前と同じ境遇だからな 」


感情のままに吐き出される怒号に、ウィルは静かに言葉を返す。その声色は哀れみのようなものを感じさせ、それを耳にした彼女は我に返ったかのように「あっ」と小さな溢した。


爆音。圧倒的な風圧の後に静まり返った草原。

メリッサはゆっくりと拳を下ろし、再び視線を外し背を向ける。

そして一目で全身に脱力をかけようと努めているのが分かる程に、大きく深呼吸を繰り返しては固く握られていた拳を解こうと試みている。


「 私は……貴方のように強くはありません。簡単に割りきるなんて……出来ないんです 」


しかし、もう歩みは進めない。

その様は不器用ながらも対話を了承したかのように見えた。


「 責任は、取ります。もしカイル君が私の目の前で力を使って無茶をしようものなら全力で止めるし、それが無理でも必ず助けます 」


メリッサの全身がぶるぶると震え出す。

それが意味する感情はおそらく誰にも分からないだろう。何故なら当人でさえ、理解出来ていないのだから……


「 先生。あんたは……カイルの事をどう思ってるんだ? 」


彼女にとって答えたくないであろう問い。それを分かっていながらも、マスターは質問を投げる……それは知らなければならない事実であるからだ。


「 私は…… 」


メリッサの声色もまたその全身と同じく震えている。

しかし、続きの言葉が中々に出てこない。


ウィルはそれをただ待つ。


そして数秒を置き、脱力に努めたお陰で開かれていた彼女の拳が再び「ギュッ」という音を発しながら握りしめられると共にその口からは、本心であるのか、それとも無理に自分を偽って並べ立てた文字列なのか、その心情が吐き出される。


「 カイル君の事は、素敵な子だと思ってます。ひたむきに頑張る彼を応援したいし、心配しています……彼が思ってくれてるなら、大切な友達だとも……思ってます。けど…… 」


そこまで口にし、メリッサはウィルへと向き直る。その顔には哀しみの上に無理やり貼り付けたようなぎごちない笑み。その両目から流れる涙たちがあった。


「 私の知らない何処かで、。と思ってしまっている自分もいます……私にも分からないんです。どっちが本当の私なのか…… 」


……話はここで終わりであった。

彼女は返答を待たずして早足でその場を後にする。


月明かりに照らされた沈黙。

ウィルは小さく舌打ちをこぼした後、酒瓶を口につけその中身を一気に飲み干す。


ごくごくと、動く喉に焼けるような本来であるなら心地よい感覚が巡る。

そして空になった瓶を手にウィルは空を見上げて、呟く……


「 クソ……マズい酒だぜ 」


この時ばかりは、彼にとって嗜好であるそれでさえ胸糞悪いナニカにしか感じられないのであった……ーーー







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