026:【ギルドマスター】ウィル・クルーザー

集中力を最大まで高め、必要な感覚を選択する。

相手はこれまで体験した事もない程の高速を纏い、俺を翻弄してきている。

通常の感覚強化であるならこれに対応する事は叶わない、故に現状では意味を成さない嗅覚は必要ない。


目で追う事も叶わないなら、視覚もいらない。


瞼を下ろし吐く息を沈め、必要とする聴覚、そして触覚のみを意識し高める。全身に奔るは濁流の如き大自然の猛威を投影トレースした俺自身の气流力りゅうりょく


奔り、巡るそれらは研ぎ澄ます感覚を更に鋭利にし、高速によって裂かれてゆく風の悲鳴たちを耳に、押し寄せる見えない壁と衝撃を確かに肌で感じさせる。

得られる情報たちは瞼によって閉じられた黒き世界に白い輪郭を描き、線の軌跡を残しながら奔る相手を確実に捕える。これはかつてギガスベアーとの死闘で発揮できた光景と同じだ。


「 くらえぇぇッカイルッ!!? 」

「 ーーーッッ!! 」


一つの雄叫びと共にゆっくりと迫る白き輪郭が伸び、それは俺へと放たれる。


腕で受ければその衝撃は骨まで浸透し、自由を奪う程の痺れを引き起こすであろう事が容易に想像出来る威力を秘めた殴打。この一撃に対しては下手な護りは防御とはいえず、返しの手は慎重に選択しなければならない。


しかし、高められた集中力によって限界速度で循環させられる气流力は俺が感じる世界を遅々としているがそれはだけでありその肉体が追従する事はない。


相手以上にこちらの動きは鈍重だ。

ならば、皮一枚で避ければいいだけのコトッッ!!


迫る線を躱し、間に合わないのならこちらの手を僅かに添える事によってその軌道を強引に変更させて捌いてみせる。


一撃。二撃……12撃までを数えてここで拳を硬める。

僅かだか相手の動きに鈍りを感じたからだ。反撃を見出すならここしかないッ!!


13回目の線がこちらに伸びると同時に腰を半回転させ、迫る脅威と交差するように強く握り締めた力を放つ。


狙いは相手の顔面、その顎一点だ。

決着の瞬間、刻が更にゆっくりと流れる感覚。


裂かれる二つの風壁の音を伴い放った拳にかかるは重い手応え、それは相手の猛威を躱しつつもこちらの一撃が確実にその狙いを捕え中にある脳を激しく揺さぶるのに成功した事を実感させるものであった。


振り切る腕と共に、限界速度で巡られせていた气流力を緩め、世界に匂いと色を戻す。


「 フゥゥ……!!!どうだッッ!!? 」


溜まっていた熱い空気を一息で吐き出し、荒れる呼吸を整えるよう努める。

そうして改めて開かれた瞼の先では手合わせの相手であったリースが盛大に地面へと倒れ込み、悶えている光景が映り始めた。


「 ーーーッ!!?いってぇぇぇぇぇ!!!?な、なんでだァァァァ!!? 」


「 よっしゃァァァァ、今回も俺の勝ちィィィィ!! 」


確かな勝利を見届けると同時に俺の疲労も限界だったらしい、未だ落ち着かない荒れた呼吸をそのままに大の字で倒れ込みその身を地面へと委ねる。


首を動かす事も億劫なので見てはいないが、聞こえる音からしてリースは倒れたまま足をバタバタと動かしながら悔しさを呻いているようであった。


( いや、まだ動けるのかよッ!!普通とんでもない威力で頭揺らされたんだから泡吹いて気絶してもおかしくないレベルだぞッ!? )


改めて巨人族の血を色濃く受け継ぐこの仲間の身体硬度には絶句させられる。


「 ちっっくしょォォ!!なんで、また強くなってんだよォォォォ!!今回こそは絶対勝てると思ったのにィィィィ!! 」


「 ……それは、こっちの台詞だ馬鹿野郎。1月前の俺だったら負けてたな 」


「ぜぇぜぇ」と全身で呼吸を繰り返しながらも悪態を返す。


今日はイヴリンさんから便りをもらった翌日。


俺はとりあえず日課である鍛錬トレーニングを行った後、ソリチュードとの対峙で得た学びを復習したい旨も兼ねてリースとの手合わせに臨んでいた……


というのは建前で、本当は顔面に屁を嗅いできた事を未だ根に持っているからこそ、こいつをボコボコにしてやろうと躍起になっていたのだ。

しかし、この巨人族の幼馴染は手合わせをする度に確実に力を増してきており、結果として屁の復讐を果たそうなどという、自分でもふざけてるのか真面目なのか判断できない考えを持てる余裕など欠片もなかった。


前回の戦いでは視野に捕えるのが難しい程の高速ステップに苦戦したが、体力の消耗が激しいという弱点を逆手にとる事でなんとか反撃の手を見出せた。

故に今回はその欠点を補填カバーし挑んでくると思っていたのだが、このリース馬鹿は脳筋とばかりに体力の向上よりも更なる速度を手にする鍛錬を積んできていたのだ。


本来ならそんなリース脳筋馬鹿を「頭でっかちの馬鹿が!!」と一蹴してやりたかったのだが、襲いかかってきたその能力は想像を遥かに超えるものであり、予め短期戦を念頭に置いていたのか、これまで苦戦していた高速ステップを常に展開しているだけに止まらず、最期の交戦においてそこからまた速度を上げるという驚愕を見せてきた。


以前メリッサさんから气流力の次なる段階を教授してもらっていたからこそ、向かってきた猛攻にどうにか対抗出来たが、そうでなければこの圧倒的な力の前に俺は手も足も出なかっただろう。


味方としては非常に心強いが、今やリースは決して敵には回したくない強者といえる。


「 ………これが气流力、か。俺にも、この力があったら…… 」


不意にこれまでの能天気からは想像出来ない程に感傷に浸っているかのような静かな声が耳に入る。

それは俺へと向けた言葉というよりは、どこか独り言のようであり、手合わせをした後、稀に溢すリースの苦悩であった。


气流力は人間族の血を引くものでしか発現出来ない、故に巨人族であるこの幼馴染にはどうあがいても力を扱う素質がないのだ。これは生まれ持った運命さがであり、努力ではどうしようもない現実。

リースが气流力に対してナニカ特別な想いを持ち隠しているのは長年の付き合いから分かっている、だけど当人がそれを話したがらないのなら、ズケズケとその内心に足を踏み切れるのは違うと思い、俺は心配を内に持つしか出来なかった。


そうして少しの沈黙の後、気持ちを切り替えたのかこれまでと同じ能天気な声色でリースは言葉を向けてくる。


「 いや〜ホントに、強いなカイルは!!流石は俺たちのリーダーだぜ 」

「 ……大丈夫か、リース?なんか、悩みでもあるなら 」


言い終わる前に「大丈夫だから」とリースは言葉を挟む。

それに対し少し考えはするが、俺には気の利いた言葉など扱う事は出来ず、結局この話はここで終わりとする事にした。


思考を切り替え、予め相談しておこうと決めていた話を口にしてみる。


「 そういえばさ、俺近々中央都市ルドアガス行く事になったんだけど、お前も一緒にくるか? 」

「 え!!?いいの!!行く行く!!絶対行くゾォォ!! 」


俺の提案にいつもの通りの耳煩い大声で返答してくるリースに少し安堵を覚える。


とりあえず、これで決まりだな。


どうせ、初回は移動費や準備にかかる金はどれだけ使っても経費として扱われるんだ。ならみんなで行ったほうが俺も気が楽だし、なにより楽しめそうだ。

既にルイスの合意は取れているので、これで3人で中央都市ルドアガス観光は決定した。

……まぁ、試験があるのを忘れてはいけないのだが


全身に脱力をかけながら天井を見つめる。

にしても、本当に疲れた……


「 よぉぉぉ、クソガキどぅぅもぉぉッ!!元気にやってるかぁぁぁ?? 」


不意にこの場所である、ギルド拠点の地下訓練空間トレーニングスペースの扉が蹴り開けられる煩い音と共に室内に響く呂律の回っていない酔っ払いの大声。


珍しくこそあれどそれだけで容易に誰が来たのかは想像出来るが、半身を起こしてその声の主を視界に映してみる。


2メートル以上はあるであろう化け物じみた長身にどんな鋭利な武器であろうと弾く事が出来るのではないかと思える程に盛り上がり固められた全身の筋肉。

身につけている衣服はだらしない、というよりはワイルドといえばいいのかボロボロでダメージの目立つズボンに、今にもはち切れそうなシャツ。その上に革のジャンバーを羽織るという、まるで森で育った野生児が突然町で過ごし出したのかと言えるような身だしなみ。


顎下に口周りの髭。更にその茶髪さえも暫く洗ってないのかと思わせるようにボサボサであり、豪快な性格をそのままに表す厳ついのだがどこか親しみのようなものを感じさせるその顔つきはこの町では知らぬものがいない程の吞んだくれであった。


どこから見ても現役の猛者に見えるのに対し、これで70代という、そんな歳を感じさせない見た目のその人物は俺たちが所属するギルドのマスター、ウィル・クルーザー。


俺に气流力を叩き込んでくれたその人だ。


片手に空の酒瓶を持ちぶんぶんと意味もなく振り回しているのは毎度のことである。


「 マスター。どうしたんですが、こんな所に来るなんて 」

「 そうそう、いつも呑んだくれてるのに珍しい 」

「 その酒が尽きたから来たんだよ馬鹿野郎ども 」


ふらふらとした足取りで近付いてくるその酔っ払いは、さも当然かのように俺へと手を伸ばしては、ほれほれとばかりに揺らし始める。

なんだ?こいつ……ッ!?


「 おい、クソガキ1号。お前結構金持ってるらしいじゃねぇか。ほれ、寄越しなマスター権限だ 」

「 んな権限があってたまるか、クソジジイ 」


普段は努めて年上には敬語を話すようにしているのだが、このジジイに関しては別だ。最初こそなんとか保てるが口を開けば自分勝手な要求ばかり。そりゃ、こんな態度になるよ……というか、相変わらず俺の名前は【クソガキ1号】かッ!!?


「 あぁ?口答えすんのか、クソガキがぁぁッ 」

「 うるせぇ酔っ払い。水でも呑んでろ 」


呂律の回ってない舌先で凄んでくるが、怯まず態度を貫く。いくら師に位置する者であろうと関係ない、俺の金は俺のモンだ馬鹿野郎ッ!!


「 てめぇぇ……わぁったよ。ならいつも通り二人揃って稽古つけてやる、んで毎度の如く俺を地に伏せるダウンさせる事が出来たら真面目に鍛錬つけてやるよ、そんでいいかぁ?? 」


ジジイは面倒とばかりに頭をかきながら、大きくため息を溢す。


この酔っ払いが来た時はいつもこうだ。


他の者なら稽古一つだなどと安い提案を受け入れる事はないのだろうが、悔しい事にこの酔っ払いは確かな実力者であり、それは俺たちが知る中でも最強と思える程のものであった。


マスターの言う稽古とは、単純に組み手を行うだけで何か特別に教えを口にする事はない。しかし、圧倒的な強者との戦闘は大きな経験になる、それはこれまでの鍛錬で十分に学んできた事だ。強くなる為には更なる力を知る必要があるのだ。


「 やれるか?リース 」

「 そりゃあ、やるでしょうよ。こんな機会滅多にないからな 」

「 クソっ、面倒ったらありゃしない 」


倒れていた身体を起こし、全身に力を込める。

先程のリースとの手合わせでの疲労はまだあるが、あと一戦くらいならなんとか全力で動けるだろう。


同じく重い肉体に力を込め、俺の隣までやってきたリースと共に構えを取る。

対して、対峙するマスターは面倒とばかりにその場に立ち尽くしているだけで臨戦体勢などはとっていない。しかし、これもまたいつものことだ。


これまではルイスも含め全員でどれだけ攻めようと、姿勢一つを崩す事が出来なかった。けど、前回挑んだのは一年以上も過去の事である。

一人欠けているとはいえ、俺たちは確実に強くなってきている。今なら十分に戦えるはずだッ!!?


「 リース!!お前は好きなように攻めろ。さっきの手合わせでだいたい動きは分かった、俺はお前の影になる 」


「 了解、リーダー!!んじゃ、早速行くぜッ!!マスター!!! 」


互いに腰をかがめ足に力を込める。そしてそれを瞬発ッ!!

真横にいた相棒が風となると同時に气流力を循環させ感覚を強化。より鮮明に聴き取れるようになる高速によって裂かれる風壁の音を辿りその軌跡を頭に描く。


線が向かうは標的の背後、瞬きをするその一瞬でリースの姿が離れたそこに現れる。

これは予想外の速度であったのだろうマスターの顔には少しの驚愕が浮かぶが「ヒュー」という余裕のある口笛を吹いているのを見るに脅威は感じていないようだ。


しかし、それに乗じて俺も動く。

マスターがリースの攻撃を捌く為に視界を僅かに動かした瞬間、強化を施した視力によってその目の動きを把握しそこから生まれる死角を導き出す。

認識の外より間合いを詰めるステップ。それは太陽に照らされた者の影のように気づかぬうちに静かに伸び迫る。


「 ほぅ、クソガキ2号。中々に速くなってるじゃねぇか 」


相手は呟きと共にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ始める。しかし、動揺する事なく俺たちは攻撃を続行。


「「 食らいやがれッ!!! 」」


雄叫びと共にリースの硬められた拳が発揮する強力な一撃が、その意識を刈りとる為に人間にとって弱点の一つである顎へと放たれる。

そこに合わせ死角、認識の外から腹部の急所へと正確に凶撃と言えるであろう威力を乗せた突きを伸ばす。


これら二撃を捌く事は容易ではない。例え達人の域に立つ者でも前後同時に襲いくる猛攻を防ぐことは至難の業のはずだ。


まずは一撃食らわせて、俺たちの実力を再認識させてやる!!


しかし、そんな刹那であるにも関わらず俺の強化された聴覚はマスターの口から溢れる聞き間違いではないかとさえ思える予想外の言葉を拾ってしまう。


「 ちょっと強くなったからって、良い気になるなよ?クソガキ共 」


言い終わると同時に標的の全身がこちらへと向き直りその分厚い筋肉によって武装されている片腕が、自らに伸びる突きの凶撃を掴み止める。

それにより万力の如き握力で捕らわれた腕はギリッという音を吐き出し、顔を顰めたくなる痛みを発するが、俺の攻撃を防いだという事は背後のリースを止める事は出来ない!!


どちらにせよ、もらったぞマスター!!!


しかし、不意に耳へと入る聞き覚えのある風音。それを感じると共に視界に映るリースの顔面に驚愕が現れる。


「 ぐわぁぁぁぁ!!! 」

「 ッッッな!!? 」


マスターの背後で殴打を放っていたハズのリースが謎の衝撃により遥か後方へと吹き飛ばされた……いや、正確には弾き飛ばされたように見えたッ!!


これは、まさかッッ!!?


その光景を前に瞬時に思い浮かぶ彼女の動き、そしてその極められた技。


「 気ぃ抜くんじゃねぇよ、1号!!! 」

「 しまったッ!! 」


驚愕によって止まっていた全身がその叫びを認識するよりも先に、無意識に緩めていた警戒の隙をつき、マスターの拳が俺の顔面を捉える。


鍛え上げられたその一撃は頬を潰しながら口内にいくつもの裂き傷を作りそこから多量の血を滲ませ、更に頭から足先に響く重い衝動は意識を奥底へと沈めるようと襲いかかる。


「 ぐふぅぅッッ!!? 」


そうして強烈な痛みを知覚するその頃には両足は地面から離れ、振るわれた拳の勢いのままに俺の全身はその場から大きく吹き飛ばされていた。


当然受け身などとれず、地面に叩きつけられるように着地した背にまた重く響く衝動が奔り巡る。


けど……まだ動けるッ!!


「 ぐぅッ!!……リース!! 」

「 こっちは、大丈夫だ 」


どうにか痛む全身を素早く起こし、口内に溜まった血を勢いよく地面へと吐き出す。

まともに顔面に一撃を食らってしまったせいか、それともマスターの攻撃そのものが強力すぎるのか、頭の中がかなりふらつく。


目の前の猛者は俺たちの次の手を試しているのか、追撃を仕掛けてこない。ならその愚行に甘えさせてもらおう。


深呼吸を何度か繰り返し、どうにか頭のふらつきを消し去る。そして冷静に先程の光景を脳内に投影。

聞き覚えのある独特な風音。それにより発生する力。ほぼほぼ間違いないだろう。


何故なら、対峙する強敵もまた气流力を極めし者なのだから……


「 おいおい、もう終わりか?早くかかってこいよォォ 」


大欠伸と共に挑発するような言葉が俺たちに向けられるが、その手には乗らない。今必要なのは冷静に相手を見極め、対策する姿勢そのものだ。


「 くそッ…まさか反発の流衝波りゅうしょうはを防御に使ってくるなんて…… 」


未だ滲む口内の血がついた口元を袖で拭いながらも、この予想外の現状に対する内の推測が思わず溢れる。

対峙した力、それはメリッサさんが俺へと見せてくれた性質を宿す流衝波りゅうしょうは。だが対峙したそれは彼女のものを遥かに凌ぐ技術により繰り出されている。


何故なら手の平の先に発生させるという、いわば寸前に発動箇所が特定出来るものとは違い、マスターが発揮した技は視線さえ合わせていない場所にその流動の塊を配置するという、もはやどのような認識をすればそんな事が出来るのか理解さえ出来ないものであったからだ。


气流力は目に見えない力。例え大気に放出されようとその性質に変わりはない。つまり、先程リースが拳で付いたそれは視認できない、触れば反発の流動によって吹き飛ばされる爆弾のようなものなのだ。


こんな事も出来るのか、これが力を極めるということ……ッ!!?


冷や汗が浮かび、顔面を伝う。


しかし、現状を打破する為の苦悩から漏れた俺の呟きに先程まで憎たらしい笑みを浮かべ腕を組んでいたマスターの眉はピクリと反応する。

そしてその顔付きは僅かに険しいものへと変わっていった。


「 お前……どこでその知識を…… 」


「 カイル、次はどうする!? 」


そんなマスターの些細な変化など気にする余裕もなく、いつのまにか体勢を立て直し、俺の隣で構えをとるリースの問いに、こちらも再び攻めの姿勢を取る事で応える。


相手の強力な防御を突破するには……ぶっつけ本番だがあの手を試すかッ!!


「 リース……だ。俺たちが今のマスターに一撃打ち込む為には、多分これしかない 」


「 ふへぇぇ〜〜……アレ、もうちょっと練習してから試したかったんだけどな、まぁ……仕方ねぇぇ!! 」


悪態をつきながらも、相棒は続けて「やってみるか!!」と気合を叫び、すぐさまその高速を持って全身を瞬進させる。それに合わせて俺も相手との間合いを詰め直す。


これは循環させる力の限界速度を掌握し、感覚をさせる技術を獲得できた事によって新たに組み出した連携戦法だ。


流れは同じ、リースが後ろでこちらが前からの攻め方だが、このの本領はここからだ!!


「 チッ……まぁいい。しかし、何度やっても結果は同じだぞクソガキ共ッ!! 」


舌打ちと共にマスターは同じように俺と対峙、背面のリースからは視線を外している。それを見るに流衝波を展開しているのは容易に想像できる。しかし、その慢心を突く!!


聴覚。味覚。嗅覚を切り捨て、残った視覚と触覚の強化。


气流力は目に見えない力、しかしそれが大気に及ぼす現象は確かにそこに存在している。


特化強化により熱を発し出す視界がマスターの背後で僅かに歪む空間、そしてその全身で脈打つ筋肉の動きを認識。

触覚は周囲で様々な裂かれ方をする風壁の一つ一つを肌に捉え、そこから異質な流れを検出、探知する。


それによって……!!


思考を高速で回転させ、導き出される結果に従い、片脚に力を込め、瞬発。

角度を変えて改めて相手に拳の練撃を放つ……また、それに続く一撃の影……


「 チッ…そういう事かよ!! 」


聴覚を切り捨てている為、口の動きから言動を把握。


俺の攻撃は悉く払い落とされ、その度に腕に走る痛みが脳裏に巡るが、それよりも僅かに顔を歪めるマスターを目に戦法の成功を噛み締める。


ダメージは少ないようだが、こちらの攻撃を捌くマスターの背には確実にリースの一撃が突き当たっていたのだ。


「 よしッ当たった!!……って、ぐわぁぁ!! 」


「 バカッ!!油断すんな!! 」


再び展開された弾く力によって吹き飛ばされるリースを追うようにこちらも距離を離す。


「 リース、まだやれるか? 」


「 わりぃぃ、今度は油断しないぜ!! 」


倒れていた相棒を起こし、互いに構える。


双極。これは俺とリースの動きを対極に位置させ、感覚の特化強化によって相手の動きを把握。

それにより導き出される へと相棒を誘導させ更にこちらとの、寸分の差さえない同時攻撃により確実に一撃を命中させ続ける連携技だ。


俺がステップにより場所を変えれば、リースもその対極に移動し続け、標的は背後に注意したいだろうがそうすればこちらの一撃が急所を突く。


2体1に重きを置いた戦法。例え見えない力を駆使しているのだとしても特化強化した感覚ならその場所さえも把握できる。


新たに生み出したこの戦法ならマスターにも通用する事に少しばかり安堵する。


そして僅かにだが開かれた勝利の可能性に湧き上がり続ける高揚感と共にリースへと「まだ行けるよな?」と言葉を試す。

それに返ってくるのは力強い笑み。


やっぱり、こいつは頼りなる相棒だぜッ


「 あったり前だっての!!行くぞリーダー!!! 」


「 覚悟しよろ、クソジジイッ!!! 」 


「 良い気になるなつってんだろ、クソガキ共がぁぁッ!!! 」



そうして挑む猛者の壁。

持てる力の全てを吐き出す一時。




……それからどれくらいの時間が経ったのかは分からない。


結果として俺たちは、この戦いが始まる前と同じように、いやそれ以上の傷を負いながらも大の字で地面に寝そべっていた。


そんなボロボロを目にマスターは満足気に腕を組み高笑いをあげている。


「 がっははは!!未熟者の雑魚共め!!!がっははは!!! 」


このジジイ……

苛立ちはあるが、俺たちが負けた事実は確かだ。敗者に文句を言う筋合いはない。悔しいが……


ひたすらにジジイの高笑いだけが室内に響き続ける。それに嫌気が差したのか、身体は相変わらず動かない為にリースは言葉だけをこちらは向ける。


「 なぁ、カイル。最後のアレってなんだったんだ? 」


その問いに先ほどの光景を頭に浮かべる……ホントに、なんでもありだなこのジジイは……


「 お前が食らった弾く力あっただろ?アレを渦巻きみたいに肉体の周囲に展開し続けてたんだよ。なんだよ、あれ……反則だろ 」


俺たちが双極を繰り出した後、それでも呆気なく敗北した原因、それはマスターが常に反発の流衝波を周囲に展開し続け始めるという奇行をしだした事により一切の攻撃が通用しなくなったからであった。


近寄ったもの全てを弾く見えない結界とも言える防御術。アレを突破するには少なくとも流鏖撃りゅうおうげきくらいは使いこなせないと不可能であろう。


しかし、これらの技は消耗も大きい。故にひたすらに攻め続けることによりガス欠を願ったのだが、その思いが叶う事はなく今の現状となっていた。


何度も弾き飛ばされ、地面に叩きつけられたうえに、時折り結界を解き殴りかかってくるマスターの攻撃によりもう満身創痍だ……結局、一撃当てる事には成功したがその場から一歩とて動かすことはできなかった。


「 ……んじゃ、約束通りもらってくぞ 」


あっ!!忘れてた……

全身が動かせないのを良い事にマスターは荷物から金貨が入った小袋を取り出すと、その中身を勝手に確認し出す。


おい、全部かよ!!?


「 んだよ、金貨10枚って……もっといれとけよな 」

「 ちょっと待てジジイ!!!全部持ってくな!!! 」


そんな俺の悲痛の叫びを無視し、クソジジイは扉の方へと足を進める。


「 あっ、そうだ 」


不意に間の抜けた声をあげたジジイは再び俺へと言葉を向ける……これ以上、なにがあるんだよ。


「 お前ら中央行くんだってな。なら、上にあるあのもちゃんと持ってけよ 」 


「 インチキ武器って……魔冠號器アゲートの事か?なんでまた 」


「 馬鹿かお前。お前が不在の時になんかあったら俺の責任になるだろうが、面倒くさいからちゃんと持ってけよ。マスター権限での命令だ 」


「 ……だから、そんな権限ないでしょうが 」


そこまで言ってジジイは「がっははは」と聞いてると苛ついてくる高笑いをあげながら室内から出ていく。

そしてその耳障りな騒音がなくなると、一帯は静まり返り、俺たちの荒れた呼吸音だけが小さく響き始めた。


「 ………強かった、な 」

「 だな、俺も頑張ったし、カイルも頑張った。けど、歯が立たなかった 」


俺たちは天井の一点を見つめ、おそらく同じ事を考えている。

………もっと、強くならないと


決意を新たに、しかし今は脱力と共に全身を地面に沈め続けるのであった………ーーーー

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