025:不運と便り


「 にっ、逃げないとッ!!? 」

「 ちょっと、カイル!? 」


ルイスの手を取り急いで踵を返すが、そんな俺たちの逃走経路を塞ぐように立ち塞がる団員。

焦燥に駆られながら慌てて他の道を探すよう視線を巡らせるが、そのどれもが騎士たちによって封鎖されており、この場所が完全に包囲されている絶望は彼らの団長であるイヴリンさんとの対峙を強制させる。


「 さぁ、カイル君。一緒に兵舎に行ってこの便りを確認しようじゃないか?大丈夫、いつか来るかもしれなかったことが今来てしまったという、ただそれだけの事さ 」


もはや隠す必要はないと判断したのだろう、先ほどまで背に隠していた緑の封筒をこちらへと向け、哀れみの籠った笑みを浮かべながら彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。


ま、マズイ!!?

あの封筒を受け取る訳にはいかないッ!!ぜっっったいに嫌だ!!


ジリジリと後退しながらも、精一杯の反論を口にする。


「 お、俺に用事があるなら団員の皆さんまで連れてこなくても良かったじゃないですか!? 」


「 しかし、私の予想通り君は逃げようとしただろう? 」


「 とっ……トイレにッ行きたいんですよ!!? 」


「 そうか、なら騎士団の兵舎にあるのを使えばいい、その後ゆっくり話をしようじゃないか? 」


イヴリンさんの歩みは止まらない。どうにか……どうにかしなければッッ


現状の危機を打破すべく思考を高速で回転させている中、不意に腰へ下げている先ほど買ったばかりのドッキリベリーを納める小箱が目に入った……コレだッ!!


賭けに等しいことだが、もはやなりふり構ってられない!!精一杯足掻いてやるんだッ


「 ルイス。すまん 」

「 へ??? 」


謝罪と共に幼馴染の背へ周り、彼女を拘束するように腕を回す。そして小箱から果実を一つ取り出し、その顔に近づけた。


「 う、動くなァァァァァァ!!それ以上近付いたらこいつをッ、ドッキリベリーをこの可憐な乙女に捧げるぞォォォォ!!? 」


威嚇の咆哮、それは瞬間にして一帯の空気がひりつかせる。

上手くいったか!!?


突然人質にされたルイスはキョトンとした顔をしているが、それは俺がこの市でドッキリベリーを購入した事実を既に知っているからだ。

しかし、周囲で展開している騎士団の皆さんはその情報を持っていない。つまり、俺が手にするこの果実はと勘違いしているはずだ。


口にすれば、そのモノを地獄トイレに叩き落とす恐ろしい呪いを秘めた禁断の果実。

それがまさに年頃の乙女へ向けられているという事実。

町を守る騎士団としてはなんとしても阻止しなくてはならない事案であろう。


しかし、もしこの果実が本物の美味しいモノだとバレてしまえばその瞬間にこの策は崩壊する。なんとか嘘を貫かねば……


不安が心を埋めているが、それを悟らせないように強気な笑みを浮かべて見せる。

それが功を刺したのか、イヴリンさんは冷や汗を流し始め交渉の姿勢を取り始めた。


「 落ち着け、カイル君。そんな事をしてなんになる?どう足掻いても君にこの便りが来たという事実は変えられないんだよ 」


「 だ、黙れぇぇぇぇ!!そんな現実認められるかァァァ!!? 」


叫びつつ、グイッと果実を更にルイスの口元へと近付ける。それを目に周囲は更にざわつき始める。

うまく行ってる、うまく行ってる。このままなんとかして状況を……パクッ


……うん?パクッ??


瞬間、手が少し軽くなる感覚に謎の効果音。

うん???


「 う〜〜ん、美味しい〜〜 」


WAO、ルイスこの子ドッキリベリー交渉手段食べちゃったよ⭐︎


「 たたた、食べちゃったなァァァ!!?あ、あぁぁあ!!!けど、一つだけではお腹痛くならないかもしれないからなァァァ!! 」


慌ててもう一度小箱からドッキリベリーを取り出して、幼馴染の口元に近付ける……パクッ

頼むから、勘弁して下さいッ!!餌付けじゃないのよ!!?


まるで餌を差し出された愛嬌ある小動物のように、ルイスは再び俺の手から果実をかぶりとる。


「 ももも、もう一つ、たた、食べちゃったなァァァ!!?あ、あぁぁあ!!!もう知らないぞォォォォ!!?お腹痛くなっても知らないぞォォォォ!!! 」


隠しきれないパニックをそのままに勢いでなんとか誤魔化そうと試みるが、明らかに一団は俺に対し疑心暗鬼の表情を浮かべているのが見てとれる。

このままでは嘘がバレる!!?どうにか、しないとッッ!!


先程から噴き出る汗が一向に止まらない。


どどどどッどうすんの!!?どぉぉぉすんのォォォォ!!!


しかし、そんな焦燥など知らず俺へと声をかける者が……


「 おぉぉ、カイル君。さっきはドッキリベリーありがとうね。おかげで言い商売が出来たよ。これ、売れ残りの野菜だけど良かったら食べて。それじゃあまた会う時まで 」


「 ありがとうございます!!またエンデルに行く事があったら是非寄らせて頂きますね 」


突然に現れた片付けを終え帰路に着こうとしていた顔見知りの店主さんが幾つかの野菜を俺へと渡してくれる。


ありがたい、これは孤児院のみんなも喜ぶ事だろう。


感謝と共にそれを受け取り、笑顔を浮かべながら手を振り別れを告げた……さて


……

………

…………


「 てへっ⭐︎ 」

「 確保ォォォォ!!!! 」


イヴリンさんの号令に合わせ一斉に飛び掛かってくる騎士たちに拘束されながらも「HA・NA・SE⭐︎」と叫び続けるが、そんな抵抗も虚しく俺は兵舎へと連行されてしまうのであった………ーーー



ーーーーー



「 それで……結局なんだったんですか?私にはさっぱりなんですけど 」


何が起こっているのか理解できていないままに、俺が連行された騎士団兵舎・団長室にまでついて来たルイスは来客用のソファーに腰掛けつつ不機嫌とばかりの声をこの部屋の主へと向ける。

そんな幼馴染に「巻き込んで悪かったね」と前置きをしながらもイヴリンさんと向かいへと腰を下ろした。


泣きべそを書いている俺の隣にはルイス。それと対峙するように座るイヴリンさんと、まるで悪ガキがタチの悪いイタズラをしてキツい説教を受けた後、親を呼び出されたかのような構図になってしまっている気がするのがなんとも気に食わない。


いや、まぁ考えようによっては広場でタチの悪い悪戯ドッキリを決行して騎士団の皆さんの手を煩わせたという事になるのかもしれないが、仕方ないだろう……こっちだって必死だったの!!俺悪くないもん!!!


しかし、まさかこんな短い期間スパンでまたこの部屋に来る事になるとは思っていなかった。

しかも、前回とは違った形の絶望を引き連れて……だ。


イヴリンさんがソファーに挟まれるように設置された机に、この現状の原因である緑の便りをゆっくりと置く。それを目に思わず「ヒィ」と縮こまってしまうのであった。


「 この便りが、なんなんですか? 」

「 これは中央から【使役者ホルダー】へと向けて出される指令便なんだよ 」


その返しにルイスは「ほるだー?」と相変わらず疑問符を浮かべているが、続くようにイヴリンさんに変わって解説を入れる。


「 【冠使役者クラウン・ホルダー】。使役者ホルダーとも呼ばれる魔冠號器クラウン・アゲートを扱う権利を持つ有資格者たちの別称だよ。なんか飾ってるみたいで嫌だったから俺は呼んでなかったけど、都市の方では一般的に使われてる言葉さ……つまり、この便りはそんな俺たちに向けて送られた命令が書かれた手紙って訳よ…… 」


それを耳にようやく理解に至ったのだろう、ルイスは「うわぁ」と引き攣った顔で俺を見はじめる。


いや、俺が何かやったとかではないぞ!!そんな「こいつとうとうやらかしたか」みたいな顔を向けるでない!!


「 本当に……運がなかったね、カイル君。こればっかりは仕方がない。その……同情するよ 」


「 同情するなら、変わって下さいよッお"願"い"し"ま"す"ゥゥゥゥ!! 」


「 うん。絶対に嫌だね 」


縋るように食いかかる俺にイヴリンさんは「ハハハ」と苦笑いだけを向ける。


「 その便りが指令書だってのは分かりましたけど、結局これには何か書かれてるんですか? 」


自分だけ仲間外れで面白くないとばかりにルイスは不服を浮かべている。そんな幼馴染にイヴリンさんは説明を開始した。


「 ルイスちゃん。今の季節は中央で何が行われているか知っているかい? 」

「 今の季節?……なんでしょう?何か有名な事ですか? 」

「 俺も2年前にやった事だよ 」


それを耳に「あぁ!!」と閃く幼馴染を目に団長は話の続きを始める。


「 気付いたかい?……そう、魔冠號器クラウン・アゲート資格者選出試験。それが中央で行われる時期なのさ 」


イヴリンさんが口にした名前の通り、魔冠號器アゲートを使役する資格を得るための試験である。

これは一年に一度、雪の季節に中央都市ルドアガスで開催され、例年多くの受験者が足を運ぶものとなっている。


「 で?それとこの便りになんの関係が? 」


「 試験は筆記試験。そしてそれを合格したものだけが行える実技試験とで実施されているのだが、その実技試験の試験官はこの大陸に現存する全ての使役者ホルダーの中からランダムで選出されるんだ 」


そこまで聞いて察したのだろうルイスは先程とか違った「あぁ…」という反応をこぼす。


「 つまり……この便りは 」

「 俺、選ばれちゃったみたいッス……うぅ、ぐすっ 」


もう泣きたくなるよ。なんで俺なんだ!!

なんとかフォローしようとしてくれているのか、ルイスは俺の背を摩り「まぁまぁ」と苦笑いを向けている。


「 まぁ、でも。それだけでしょう?もしかして中央都市ルドアガスまでの移動費が実費だとか? 」

「 いや、経費についてはどれだけ使おうと全て中央が負担してくれるよ 」


俺の代わりに返答するイヴリンさんにパッと笑顔を見せるルイスだが……知らないって幸せね


「 なら、豪華な旅が出来るじゃない!!良かった良かった!! 」


能天気に摩ってくれていた背を今度はバンバンと叩き始める幼馴染に流石のイヴリンさんも苦笑いを返すしかなかった。だって……ねぇ


「 あのなぁぁ……この実技試験ってのは基本的に受験者が有利な条件で行われるんだよ。ちゃんとした知識とそれを振るう力がある者が合格出来るようになッ……問題なのは、この実技試験。もとい魔冠號器アゲートを使用した模擬戦で敗北した試験官に課せられる罰の方だ…… 」


「 え""!?罰があるの!!? 」


じゃなかったら、こんなに落ち込まないっての!!

大きく溜息を溢し話を続ける。


「 この試験で敗北した使役者ホルダーは、翌年も強制的に試験官をさせられるんだが、その時の移動費等は全て自費になる。その上にまた敗北しようものなら、数ヶ月に及ぶ研修にそれからまた数月魔冠號器アゲートの使用を禁止されるオマケ付きだよ、畜生ッ…… 」


つまり、中央からの便りであるこの緑色の封が送られた使役者ホルダーは自らが不利な状況で若葉なりうる受験者と闘い、負ければ罰が課されるという事だ。

となると必要なのは魔冠號器アゲートを巧みに操る技術以上に当人の実力となる。

しかし、俺はまだまだ未熟だ。合格した年に最年少使役者ホルダーと言われた通り、おそらくこの大陸にいる全ての資格者の中で最も弱いのが……俺なんです。


そんなのが選ばれるなんて、どうなってんだ!!!いじめかッッ!!?


「 まぁ、その……仕方ないと割り切るしかないね。召集までにはまだ時間があるから、それまでに旅準備をしておくといい。経費は全て中央に請求出来るから、ね? 」


そこまで口にしてイヴリンさんは便りを持ち上げ、俺に受け取るよう促す。

もう……どうしようもないよな……とほほ


差し出された便りを確かに手に取る。

いや、もしかしたら別な内容が書かれてるかもしれない!!


もしそうなら全ては杞憂となり、ちゃんちゃん、で終わらせられるッッ!!頼む!!

封を開け、中身を確認……まぁ、そうだよね


入っていた書類に書かれた予想通り内容に絶望しそれを戻す。


「 確かに、渡したよ 」

「 うぅ……受け取りました 」


結局最後まで泣きベソをかきながら俺はルイスに励まされながら団長室を後にするのであった……ーーー


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