第三章 『 試練を乗り越えし者(前編) 』
022:幼い恋心
私は赤ん坊の頃【児童養護施設ー ウィルキー学院 ー】の玄関前に捨てられていたらしい。だから物心着く頃には本物の両親がいないなんて当たり前の事で、私にとっての家族は孤児院のみんなと優しい院長先生だけであった。
それでも私は幸せだった。町の人はみんな優しいし、毎日が楽しくて、この時間が永遠に続けばいいと願っていた。
けど……6歳の誕生日を迎えた頃、突然世界は変わってしまった。
私の耳は今まで聴こえなかった様々な声を拾うようになってしまったのだ。
町に咲く草花が通行人に踏まれ苦しむ声。
肉屋の奥から轟く絶命の叫び。
川に仕掛けた網に囚われてしまった魚たちの助けを呼ぶ悲鳴。
世界は苦しみで満ちていた。なのに、大好きだったみんなにはそれが聴こえない。
私にはその事実が怖くて仕方がなかった。
この人達は世界に満ちた悲鳴を無視して、自分が満足に生きる為に犠牲を良しとしているのではないか……そう思うと大好きだった全てが怪物のように見えてしまい、私は自室のベットで布団にくるまって世界を遮断するしかなかった。
全てが怖くて、食べ物を口にするさえ出来なくなってしまった。だってそんな事をしたら、私自身も怪物になってしまうと思っていたから……
時折りやってくる院長先生はそんな私を目にいつも泣いていた。「お願いだから少しでいいから、食べて」と様々な料理を持ってきてくれた。けど、大好きだった先生の悲しむ顔でさえも怖くて……何も話せなかった。
このまま何も食べれずに死ぬんだと思った。そんなのは嫌だけど……私を支配する怖さを克服する事はどうしても出来なかった。
そんな時……
一年前この孤児院にやってきた男の子。
最初は心を閉ざしていたけど、最近になって明るくなったらしい、話をした事さえない童子。
そんな彼はある日ノックもなしに部屋へとズカズカと突然入ってくると何の迷いもなく私から布団を剥ぎ取り、無理やりベットから半身を起こさせた。
突然の事だったが「あぁ、この怪物は私を殺しにきたんだ」そう思い、私はただひたすらに泣いた。
死にたくない。けど、怖くてどうしようもない。
私には声をあげて泣くしか出来なかった。
そんな私を男の子は優しく抱きしめた。初めは締め殺されるのだと思い一段と強く泣き喚いたが、そんな事はなく、どれだけ声を上げようとただひたすらに彼は私を抱きしめ続けた。
男の子が何を考えているのか分からなくて、怖くて怖くて……声が枯れようとも、ただただ泣き続けた。
そんな時、世界の悲鳴に混じり聴こえたのが一つの口笛であった。それはお世辞にも上手とは言えず、自信満々に奏でているとは言え男の子自身慣れてはいないのだろう、たまに「スゥー」という空の音が混ざるような下手な音であった。
けど……なんだか懐かしかった。
初めて聴いたはずなのに、きっと原曲よりも下手で音程もおかしい口笛のはずなのに……なんだか温かかった。
気がつくと涙は止まっていて、無意識に私は縋るように男の子を抱きしめ返していた。
そこには優しい温もりがあった。私を傷付けようとするものなんかじゃない……きっとこの子は私を救おうとしてくれているのだ。
顔を上げ男の子を見る。すると彼は印象的なニカッという豪快な笑みを返してくれる。
「 助けに来たぜ、お姫様 」
その太陽のような笑顔に私は心奪われた。
………
これが私、ルイス・フォーゲルンとカイル・ダルチとの出会い。
そして私が初めて恋をした……大切な思い出……ーーー
「 ………おはようございま〜す 」
間近で発せられる不愉快な囁きで、意識がゆっくりと覚醒してゆく。懐かしい過去を夢見ていた。
幼い頃から未だ実らないうちに秘めた恋心。その先にいる相手は今まさに私の顔を覗き込むようにして変顔を決めている……
とりあえず私は目前の
ーーー
「 いてぇぇ……なんだよ、朝市について来るから起こせって言ってきたのはそっちだろう 」
「 寝起きドッキリよろしく、変顔で起こせとは一言も言ってないでしょが 」
未だルイスにビンタされた頬がヒリヒリと痛い。それを優しく摩りながらも俺たちは雪によって白を纏ったウィルキーの町を目的地目指して歩いていた。
今は雪の季節というだけはあり外の気温はかなり低く、厚手の長袖にズボン。その上に保温性の高い革ジャンバーを着ていてなお、寒さはそれらを貫通し身体を芯から凍らせる。
視線を前方からスライドさせると、首元や手首が特にモコモコとしている長袖のセーターにヒラヒラと靡くロングスカートを身に付けた、俺同様に寒さが堪えているのか少し縮こまりながら歩いているルイスが目に映る。
「 なによ? 」
俺の視線に気付いたのか、不機嫌そうな顔を向けてくるが朝の光景を思い出すと、それすらもドキッとしてしまい気まずくなり前方へ向き直す。
まるで一流の職人に作られたばかりの美しい人形のように静かな眠りについていたルイスが脳裏によぎる。
布団から僅かに出た腕、その透き通るような透明感のある艶やかな肌は、思わず指で軽く突きたくなるような弾力を感じさせる。更には少しの幼さを残しつつも整った綺麗な顔立ち。
窓から差す陽光はスポットライトのようにそれら美麗を際立てていた。
いつもたわいのない冗談を言い合ったり、バカしている仲である彼女の初めて見たそんな一面、思えばルイスが「朝起こしてくれ」と誰かに頼んだ事など俺が知る限りない気がする。だからこそ、異性であり、無防備な幼馴染の姿に俺の童貞心は激しく揺さぶられた。
もちろん手を出すなんて、そんな
結果、ルイスはゆっくりと目を覚まし始める。
そして寝込みを襲おうとしていると勘違いされてもしようもないそんな危機的状況を誤魔化す為に「おはようございま〜す」の変顔ドッキリを実行したのだ。
正直痛い目にはあったものの、これだけで済んだ事に安堵している自分がいる。
勢いよく頭を横に振り、未だ頭に残る幼馴染の艶やかで吸い込まれそうな唇の光景を一片残らず消し去り、童貞心による煩悩を滅殺するように努める。
「 えぇっと……いや、お前寝言で俺の名前呼んでたからさ、なんの夢見てたのかなって 」
「 はぁ!!? 」
適当に口から出した言葉にルイスは発狂するように叫び足を止める。その顔は茹で上がったように赤くなっていた。
「 さささ、最低ッ!!人の寝言聞くとかデリカシーないわけッ!!? 」
「 だから、朝起こしに来いって言ったのはルイスだろうが。それで寝言聞くな、なんて無理にも程がある 」
乙女というものは分からんものだ。
俺はそんな幼馴染を無視するかのように歩みを再開する。
「 ちょっ!!ちょっと待ちなさいよッ他には!!?何か変な事とか言ってなかったわよね!!? 」
「 なんも言ってなかったよ。というか、そんなに気にするなら、次からは俺以外の誰かに朝起こしてもらえよな 」
離れた距離を詰めるように駆け寄って来たかと思えば、ルイスはまた足を止める。おいおい、さっさと行こうぜ。
「 あんた、じゃなきゃ…… 」
「 なんだって?? 」
話をするならもっとハキハキと口にして欲しいものだ。幾ら朝だからってもう少し声量上げるなり出来るだろう。
よく聞こえなかったルイスの言葉を再度尋ねるが、またこいつは顔を真っ赤にさせると、一気に俺へと駆け寄り強烈なボディーブローをかましてくる。
全身に駆け巡る重い衝動、こいつ良いパンチしてやがるぜ……朝飯食べてなかって良かったよ、下手したら吐いてたぞ!!?
「 ぐふぇッ!!?な、なんだよ!! 」
「 うっっさい、バカ!!!ほんっっとに頭きた、あんたがマッスルギャラクシー・まく太君で欲情するような変態って、みんなに有る事無い事風潮しまくってやるんだから!!? 」
「 ちょっと待てぇぇ!!!なんでそうなる!!?俺が何したって言うんだよ、というか、まく太君で欲情とかハードすぎるだろ!!?とりあえず止まれッッ止まれぇぇぇぇ、ルイスゥゥゥゥゥゥ!!!? 」
マッスルギャラクシー・まく太君とは熊の着ぐるみの頭に、Vパンツのみを履いた筋肉モリモリマッチョマンの変態というウィルキーの町に唯一ある学園の食堂で長年活躍している愛されるマスコットキャラクターのことだよッ!!
っっって、ちょっと待てッ俺が何をしたって言うんだ!!?
カイル・ダルチ尊厳破壊作戦を開始すべく全力疾走で駆け出すルイス。
俺は自らの尊厳を守るために、全力で幼馴染の暴挙を止めようと走り出すのであった……ーーーー
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