021:金と鍛錬は裏切りらない

「 報酬金、ですか? 」

「 あぁ、君はそれに見合う働きをしてくれたからね 」


イヴリンさんの話にいつもなら、待ち侘びた餌を目の前に飼い主に「待て」と指示されたペットのように目を輝かせハッハッと息を切らせていた所だったであろうが、今はそんな気分にはなれなかった。

未だ写真のことを引き摺ってしまい、素直に歓喜をあげる事が出来ないのだ。


しかし、そんな俺のことなど分かっているとばかりに彼女は自信の籠った綺麗な笑みを浮かべている。

とりあえず少しでも気を紛らわそうと、まだ残るコーヒーをゆっくりと頂きながら聞く事にしてみた。


「 まず、だが……君が気を失っている間に町長の所へ直談判に行ってきてね。結果正式に、町からソリチュード討伐の報酬金として50が支払われる事が決定した 」

「 そう、ですか……ってッ!!えぇぇぇぇ!!!ききき、金貨、ご50枚ぃぃぃ!!!? 」


はい、写真のことなんて吹っ飛びましたァァァ!!


突然の言葉に思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになるが、それをどうにか堪える。しかし、無理やりに口の中に液体を飲み込んだ事により変な所に入ってしまったのかゲホゲホと激しく咳き込んでしまう。

そんな俺の事など気にせず更に畳み掛けるようにイヴリンさんは言葉を続けた。


「 それだけじゃない。今回騎士団としても君に大変世話になったからね、その礼金として金貨15枚を贈与する事にした 」

「 ふふぇへへっ!!ふぇぇえ!!! 」

「 それは私たち医療機関も同じ。カイル君が教えてくれた治療法がなければ犠牲者が出ていただろうってね。だから私たち病院側からも金貨15枚、あげちゃいます 」

「 へぇぇあ!! 」


もはやよく分からない奇声しか出せない。

ちょっと、ちょっと待ってくれい。という事はなにかい?


一気に80枚もの金貨を頂けるって事!!?

あまりの事実にこれは夢かと思ってしまうが、もしこれが現実ならこんなにも喜ばしい事はない!!


年超えのイベントを開く為に俺が用意しなければならなかった額は金5,5貨枚だから、もうノルマなんて優に超えている。


神様、あぁ神様に感謝だ!!!

ソリチュードの件で外出禁止令が出ていたこともあり、バイトもろくにできず資金調達は絶対的に間に合わないと絶望していた所にこの救済。


ホントに、色々と頑張って良かった!!

そんな天を仰ぐ俺に対し隣のメリッサさんは人差しを振り「チッチッチッ」といたずらっ子のような笑みを向ける。


「 まだ終わりじゃないんだな〜これが 」

「 ふぇぇあ!! 」

「 ふふ、研究機関が地下で見つけた遺跡を発見した事に対して報酬を払うと言っていてね。私とメリーには必要ないから全て君に渡そうと思う。額は、金貨20枚となっている 」

「 ふぃぃぃあぁぁ!!!!つつつ、つつ、つまり!!も、貰える額は……ッッ!!!? 」


もはやこの世の者とは思えない程に異形の顔つきをしてしまっている俺にイヴリンさんは変わらずの口調で続ける。


「 金貨100枚になるね。近日中に用意しよう 」

「 きぃぃぃやぁぁぁァァふっゥゥゥゥ!!! 」


最大級である歓喜の叫びを掲げる。

金貨100枚だって!!?とんでもない大金じゃないか!!?


そんなにもあれば、イベントはとてつもなく大掛かりにできる……いや、ならいっそ!!


画期的な良いアイディアが脳内に走り、俺は満面の笑みで二人にその提案を向けてみた。


「 あのッもし良かったら騎士団と病院の皆さんも、みんなで一緒に年超えをやりませんか?院の子たちも皆さんのことは凄く憧れててきっと喜んでくれると思うんです! 」


そんな突然の提案に彼女たちは少しの間ポカンするが、俺は笑みをそのままに返答を待つ。すると遠慮を浮かべながらも二人はそれぞれに口を開いた。


「 ありがとう、なら喜んで招待を受けさせてもらうよ 」

「 こっちも予定が空いてる子に招待広めてみるね、ありがとう 」


そう綺麗な笑顔を浮かべてくれる彼女達。俺は未だかつてないほどの喜びを胸にしつつ最後までコーヒーを頂き、院への帰路に着くのであった……ーーー



ーーーーー



そうして数日があっと言う間に過ぎ、リース、ルイス共に中央都市ルドアガスへの護衛依頼も無事に達成した後、年超えのイベントは滞りなく開催された。

これは予想外であったのだがパーティーを開く数日前騎士団、そして医療スタッフの皆さんが参加費用とそれぞれで募った金貨を更に贈与してくれたのだ。

おかげで開催にかかる金額は寧ろ余る程であった。

流石に申し訳ないと返金を提案したのだが皆口を揃えて「町を救ってくれたお礼」と受け取ってはくれず、その都度、俺はあまり役に立っていなかったからと必死に弁明していた結果、仕舞いには苛立ちが限界突破したイヴリンさんから


「 それ以上自分の実力を卑下にするようなら、私の権力を使って君を騎士団に入団させその根性を叩き直す 」


と凄まれた為、それ以上口にするのはやめる事にしたのであった。その時の彼女が俺に向ける眼光はソリチュードと対峙していた時のものと同じであった気がして、正直ちょっとちびるかと思った。

いや、ホントは……ちょっと……ちょっとだけ……ぴえん。


とまぁ、そんな事はあったものの準備は順調に進み、そして開かれたパーティーは盛大かつ沢山の笑顔に溢れた幸せなものであった。

子供達は美味しいご馳走に舌鼓してはその太陽のような眩い笑顔を振りまき、皆を癒してくれる。

普段から町の為に尽くしてくれている皆さんもこの日ばかりはタカを外し呑んでは騒ぎ、笑って、笑い尽くしていた。


少し意外だったのは、数人で肩を組み騒ぐ大人たちの一団にリースも混じっていたことであった。その集まりは他の皆さんとは違い、なにやら共通の話題に花を咲かせているように見える。


「 なぁ、ルイス。あれってなんの話してんだろう? 」

「 あぁ、あれね。リースのやつ中央都市ルドアガスに行った時にってのにどハマりしたみたいでね。あの一団はそのファンの集りなんじゃない? 」


【アイドル】と言えば最近になって中央都市ルドアガスで活動を開始したという、音楽に合わせて唄ったり踊ったりと観るものを喜ばせる、陽の国では【芸能】と呼ばれる職種の人の事をさす、と認識している。

あくまで俺の知識は雑誌に小さくのっていた記事によるものだけなのだが、まさかリースがそれにハマるとは予想外であった。


「 まぁ、あいつになにか熱中出来るものが見つかったのは喜ばしい事だな。唯一の趣味が夜な夜な町に捨てられた禁書エロ本集めってのよりはかなりマシだ 」

「 それはそうね……というか、それ初耳なんだけど? 」


リースごめん、口が滑った。俺は沈黙を貫く事にした。


そうしてまた騒がしく癒される時間が流れる。


しかし、楽しく幸せな一時ひとときはあっという間に過ぎ去ってしまう。名残惜しいが年超えのパーティーはそろそろお開きの時間となりつつあった。


夜も遅いという事で院長は子供達を洗面場へと誘導し、ちゃんと歯を磨かせている。その後はゆっくり夢の中だろう。

程良く酔った人や呑みすぎて潰れた人なども皆笑顔で院から帰路につき始める。


……そろそろかな?

俺は皆んながいる場では恥ずかしいからと後に回していた計画を実行する事にする。


用意していた綺麗に包装しておいた小箱を背に隠し、緊張を誤魔化すように咳払いを一つしてみた。


「 えぇっと……こほんッ。リースにルイス、ちょっといいか? 」


少し声が変だった気がするが、なんとか言い出せた。そんな俺の違和感に怪訝な表情を浮かべながら片付けなどの最中であった二人は手を止めて目の前までやってくる。


「 どうしたの?ってなに?ガチガチだけど、緊張でもしてるの? 」

「 カイルが緊張してるって柄でもねぇな 」

「 う、うるせぇ!!俺だって緊張くらいするわッ 」


深呼吸をして、心をもう少し落ち着かせる。そして意を決して背に隠していた一つの小箱を二人へと差し出した。


「「 これは? 」」


とりあえず、とルイスがその小箱を受け取り包みを丁寧に解いていく。それを目に自分でも赤面しているのが分かってしまう。けど、俺は出来るだけ目の前のをちゃんと見ながら何度も練習した言葉を口にする。


「 その……今回さ、お前たち抜きでヤバい魔物と闘ってみて……その、お前達がいてくれて俺今まで凄い救われてたって改めて感じてさ 」

「 な、なによ突然 」


予想外であったのだろう俺の言葉に、明らかな動揺をしている二人だが、色々と口にしようとしているのを片手を向け「待って」と一言で静止する。


心臓は相変わらず緊張と恥ずかしさから高鳴り続けている。


何年も一緒にいるのにこんな事を、感謝の気持ちってやつを面と向かっていうのはこれが初めてかもしれない。中々に緊張するもんなんだな……


「 悪い、練習した事忘れちまうから、とりあえず全部言わせてくれ 」


羞恥心を笑いで誤魔化し、なんとか言葉を続ける。


「 お前達がいてくれたから、俺は強くなれた。やりたい事が出来た、毎日が楽しくて仕方ねぇ……ホントに、ありがとうな 」


練習では一息で続きを口にするはずだったのだが、思わずブレーキがかかってしまう。目の前の二人も口を閉ざしており、沈黙が流れてしまっていた。

あぁ、もう!一気にいっちまえ!!!


「 これからも……よろしく!! 」


恥ずかしいことだが、そんな感情を押し飛ばすようにニカッと最大の笑顔を向ける。


今回の件で俺は二人が力を貸してくれている事を当たり前のように考え、それによって発揮される能力に慢心していたなどと言う自らの愚考を認識できた。

本当の俺は、ずっと弱い。けど、ここまで頑張れたのは……強くなれたのは側で助け合い支え合ってきたかけがえのない仲間達のおかげなんだ。


それは当たり前な事なんかじゃない。何故ならみんなそれぞれに意思があり、考えを持っているのだから……なら、自分の為にその力を貸してくれている事に対して感謝の一つも示さないのは、なんだか薄情に思えてしまったのだ。


言葉にしないと伝わらない事だってある。だから、こんな機会だから……俺は気付けた真意の言葉を言ってみる事にした。


よく見るとそんな本心を耳にした二人も、当人同様に赤面しているようであった。


「 なにを恥ずかしい事を……でも、ちょっとそう言うの言って貰えるって嬉しいかもね。こちらこそ、これからもよろしく!頼りにしてるわよ、リーダー 」

「 カイルゥゥゥゥ、泣きてまうやろぉぉ!!これからもよろしくゥゥゥゥ 」


いや、リースは泣いてまうじゃないく、もう泣いてるだろ。

けどまぁ、俺自身こんな機会じゃないと言えなかっただろうから、なんだかスッキリしている。

少しぎこちないが、俺たちはそれぞれに照れを隠すように笑みを浮かべていた。


「 で、カイル。この箱はなんなの? 」

「 あぁ、それは俺なりの感謝の気持ちって言うかさ。やっぱり言葉だけじゃなくて、プレゼントもあった方がいいかなって思ってさ 」


……俺なりの、な。

ルイスが全ての包みを解き、ゆっくりと箱を開こうとする。


そう、俺たちはだ。チームだ!!!

だったらッッ!!!


「 たまたま手に入ったんだ、【ドッキリベリー】 」


トイレに篭る死ぬ時は一緒だよなァァァァァ!!!

俺は100%善人笑顔スマイルをそのままにする。


ルイスが手にする箱にあるもの、それは全てが処理される前にこっそりと回収しておいた【約束された地獄の果物GO TO WC】であるウィルキーの下水産ドッキリベリーであった。俺を地獄トイレへと誘った元凶だ。


さっきのやりとり、完璧だ!!

二人は確実に俺の罠にかかっている。なら、なんの疑いもなく喰うはずだ。

さぁ、トイレの時間ショータイムだッッ!!?


一応だが、二人に対する感謝の気持ちに偽りはない。つまり、それはそれ、これはこれ、というやつだ。


「 カイル、あんたこんな珍しいものまで用意してくれるだなんて……ごめん、ちょっと嬉しすぎて 」


そこまで言ってルイスは顔を隠すように下を向く。

お?これは確実にいけるぞ……さぁ、感動と共に地獄へ……


「 ……へ? 」


ルイスを注視し視界を動かすと共に、一つの風が巻き起こったかと思うと目の前から……いやっ違う!!これはッ!!?


思考よりも先にガシッという音を発し、両腕が持ち上げられる感覚。勝ちを確証し油断しきっていた俺の全身を拘束するようにリースが高速ステップで背後へと回り込み、いかなる抵抗をも無効化するように肉体を固定してきたのだ。

その刹那、焦燥が心を支配する。

バカな、何が起きているというんだ!?

冷や汗を流しながらも、なにかの間違いだと思い込み笑顔をそのままに問いを投げる。


「 あの〜……リース君?一体何をしているのかな? 」

「 リーダー、俺感動したよ 」

「 ホント、あんたがこんなにも私達の事を思ってくれてるなんて思ってなかった…… 」


下を向いたままのルイスに、背後に回られた事によってその顔が見えないリース。顔色が分からない事が更に不安を強める。


なにかが、おかしい。けど、バレているはずはない!


こいつらは俺が必死に闘っている間、中央都市ルドアガスで呑気に休日を満喫していたんだ。ウィルキーで起こった事件のことなど知らないはずだ。

もちろんこの作戦を成功させる為に、俺の身に起きた惨劇など二人には話していない。

なら、この状況は一体なんだというのか!!?


「 ……ぶぶ……ふふふ 」


不意に耳へと入る必死に何かに耐える声……まさか!!?

声の主に視線を向ける。するとそこにはお腹を抑えなんとか笑いを堪えている裏切り者メリッサさんがいた。


「 カイル、本当に今回は大変だったわね。 」


「 メリッサァァァァァ!!!貴様ァァァァァ!!! 」


「 アッハハハハ!!ヒィヒィ、だっっめ、死んじゃうよぉぉぉぉ、ハハハハハハ!!! 」


これは罠だ!!

メリッサさんが全てを密告していたのだ。


全身に力を込め脱出を試みるが、リースの拘束は強力でそれを解く事は叶わない。

そんな必死に全身でどうにか抗おうとする俺に対し、ルイスは顔を上げる……同年で17歳という大人とは言えない年齢。

しかし、その顔には年相応とはとても思えない程に美魔女と呼ばれる満点美女が魅せると呼ぶに相応しい、奥に秘めた狂気を美しく整えたと言わんばかりの笑顔が浮かべられている。

美しいはずが恐ろしいッ!!?俺は思わず「ヒィィ」と恐怖を漏らしてしまう。


「 ねぇ、カイル?私達だってあんたには感謝してもしきれないくらいなのよ?こんな素晴らしい珍味、いくら贈り物だからって私とリースだけで頂くなんて、そんな事出来ないわ……だって私達 」


背後で拘束されている腕がギリギリと鳴り、更に固定が強まる。逃げられない!!?


「 チームじゃない? 」


目がッ目が笑ってないィィ!!?怖い、怖いこの女の人!!?


視線を彷徨わせ助けを求めるも、目に映るのは「自業自得だ」とばかりに大きなため息を溢し視線を逸らすイヴリンさん。そして服が汚れる事など関係ないとばかりに床でジタバタと笑い転げているメリッサさんのみであった。


ダメだ、救援は望めない!!


「 ちよちょちょ!!な、なな、何か勘違いしてるみたいだけどもね!!?それはちゃんとッ買ったヤツなの!!美味しい美味しい安全な、安全なドッキリベリーなんです!!!嘘じゃないです!!信じて下さァァァい!!! 」


魂の咆哮。それに二人の悪魔は応える。


「 リーダー……そんなに美味い食べ物なら 」


ルイスの顔がグイッとその妖艶を近付け俺の耳でリースの続きを囁く。


「  」


「 いやァァァァァァァァァッ!!?放せぇぇッ俺を解放してくれぇぇぇぇ!!!? 」


喉が張り裂けんばかりの絶叫。しかし、その全ては狂ってしまった仲間達には届かない。

「ふふふ」と狂気の笑みを溢し、ルイスの手に【約束された地獄の果物GO TO WC】が掴まれる。


メリッサさんは笑いすぎて泡を吹き気を失う。


「 やめろぉぉぉぉ、死にたくないッ死にたくないィィ!!!? 」


果実が近づいてくる。


「 はい、カイル。あ〜〜ん 」


ルイスの手が俺の口を無理やりこじ開け、果実が……【約束された地獄の果物GO TO WC】が!!?


「 いぃぃぃッッやァァァァァァ!!!! 」



ーーートイレには、それはそれは綺麗な女神様がいました。



第二章 『 金と鍛錬は裏切らない……けど、親友はちょっと裏切る 』  完 

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