020:妄想と見えない真実

「 簡単なモノしか用意できなくて、すまないね。口にあえばいいのだが…… 」

「 凄く美味しそうです!!ホントに頂いても良いんですか? 」


涎を我慢しながら目を輝かせてイヴリンさんを見つめる。そして「召し上がれ」という了承をもらうと同時に、差し出された皿へ盛られる彼女手製のサンドイッチへと勢いよくかぶりついた。


その瞬間、全身に溜まっていた疲労を全力タックルで吹き飛ばしたかのような錯覚が脳内に走り、俺の肉体は歓声を上げる。


昨日焼いたものなのだろうか、パンは中々に堅いハードだがそれを気にせず力強く噛み締めると、挟まれているミニトマト達からは甘酸っぱく爽やかなジュースが多量に搾汁され、それは共に入れられている濃い味付けの干し肉に浸透してはその深い味わいを更に引き立て、またイヴリンさん特製であるスパイスの効いたソースを纏うシャキシャキとした気持ちの良い歯応えの野菜たちには、ダメ押しとばかりにもう一段違った旨みを与えている。


驚く事にそれら全てが見事なまでの調和ハーモニーを醸し出しているのだ。


それだけでも「生きてて良かったぁぁ!!」とウィルキーの中心で美味いと叫びたい所だが、その感動を抑えて更に噛み締め、噛み締め、口の中で全ての幸せを一つにし、別れを慈しみながらも一体となったそれらを喉に流すと……


「 はぅわ〜〜……うぅんんめぇぇッ 」


トイレ地獄からの生還によって空になっていた胃袋に幸福の旨みが染み渡り、感涙と共に恍惚の声が漏れる。


これが簡単なモノ?冗談じゃない!!


本人による謙遜だからこそ良いものの、リースやルイスなどといった第三者がそんな愚見を口にしようものなら全力でそいつを締め上げ「パンに謝れ!!」と糾弾してやる!!


いや、そいつの分を強奪して「お前のパンねぇから!!」と啖呵を切ってやる。絶対ッ!?


とにかく今はそんな事しか考えられない程に差し出されたご褒美に無我夢中であった。


地下で目を覚ました後、俺はイヴリンさんに案内されて騎士団の兵舎にある団長室へと足を運んでいた。

普段なら団員の皆さんで溢れ返っているこの施設も、今は地下に広がったソリチュードが生み出した植物の群を焼却する為に彼女を除く全員が出払っており、淋しいほどの静かさが広がっている。


外では太陽が町に挨拶を向けており、おそらく昼までには外出禁止令も解除され気持ちの良い一日を始めることが出来るだろう……と、安堵をついていたら腹が朝飯を切望し始めたので、俺は料理の天才であるイヴリンさんに縋り付いてみたのであった。


彼女の腕前はかなりのもので、もし団長業の傍ら副業で料理屋でも開こうものならこの町のあらゆる飯屋は閉店に追い込まれるだろう程の技術に、料理を提供する者への深い愛情のようなものが感じられる思いやりに溢れるサービス精神。


それ故にイヴリンさんにご飯を作ってもらえた者は皆、羨望の眼差しを向けられるのである。

彼女の恋人パートナーという栄光の座につきその権利を永劫に得ようとした有象無象共が皆撃沈していったのは言うまでもない。


「 コーヒーでも淹れよう、カイル君は砂糖とミルクは必要かな? 」

「 ふぇあッッ!!ここ、コーヒーって、そんな高級品まで頂く訳にはいかないですよッッ!!? 」

「 遠慮しなくていい。これは私からの感謝の気持ちでもあるんだ。それに、もう少ししたらメリーも帰ってくるだろうから3人で少しお茶としよう 」


突然の提案に奇声を上げる俺に眩しくて、かつ美しい笑顔を向けてくれるイヴリンさん……女神かな?いやもう女神様確定だなこれは、神様じゃあぁぁ神様が来られたのじゃァァァ!!


食べかけのサンドイッチを丁寧に皿に戻し、とりあえず天を仰ぐ。そんな俺を他所に彼女は慣れた手つきで、こんな田舎では一袋金貨3枚はするであろう高級品であるコーヒーの豆を専用のミルに入れ挽き始めた。


ガリガリガリという一定のリズムで奏でられる豆を砕く音が心地よく響き渡り、またそれを耳に嗜好の料理を食べられるというこの空間はまさに天国と言えた。

本当に頑張って良かったと心から思えた一時ひとときだ。まぁ、俺はそこまで活躍出来なかったが……


そうして口惜しくも綺麗さっぱり至高のサンドイッチを食べ尽くした頃には、ソリチュードを討伐した事で患者達が無事回復したかを確認しに病院へと戻っていたメリッサさんも団長室へと到着し、俺が腰掛けているテーブルを挟むように設置された来客用のソファーへと腰を下ろす。


「 みんな無事に快方へ向かっていたわ。すぐに退院って訳にはいかないけど、たぶんもう大丈夫 」

「 良かったです。これでひと段落、ですね 」

「 二人ともお疲れ様。本当に助かったよ 」


感謝の言葉を述べながらもイヴリンさんは両手に持つ、下手をすれば出会う事がなかったかもしれないであろう程の高級品であるコーヒーが入ったカップを丁寧にそれぞれの前へ置いてくれる。

俺の分は予め砂糖とミルクを入れてくれてたのだろう、目の前に置かれたその至高の飲み物は甘く、そして思わず目を閉じて深く匂いを嗅ぎ浸ってしまう程の心安らぐ香りを放っている。


「 う〜〜ん、良い香り。イヴちゃん、ありがとうね 」

「 ほんと……安らぐというか、落ち着くというか。これは後でリースとルイスあいつらに自慢してやりますかね 」

「 ハハッ、【尖鋭ノクシッドの翼】のみんなにはお世話になってるからね。こんなもので良ければいつでもご馳走するよ 」


自分のカップを手に対面のソファーに腰掛けるイヴリンさんに「あいつらに勿体無いです」と談笑を返し、コーヒーを口にしてみる。


温かく、そして香ばしく甘い。

あぁ、これは……最高すぎるな。


「 凄い、美味しいです!! 」

「 ふふっ、それは良かった…… 」


静かな、それでいて幸せな時間が流れている。皆、カップを手にこの至高に浸っていた。


「 さて……カイル君? 」

「 はい? 」


まだコーヒーが残るカップをテーブルに戻し、柔らかな口調で口を開くイヴリンさんに視線を向ける。


「 ……なにか、引っ掛かることがあるんじゃないのかな? 」

「 ……え? 」


予想外の問いに思わず呆然としてしまう。彼女に続くように隣に座るメリッサさんも言葉を口にする。


「 カイル君。目を覚ましてから時折り難しそうな顔してたよ?……そう、何か気になる事があるみたいに 」


二人が口にした事に思わず言葉を失ってしまう。確かに彼女達がいっている事は正しい。

地下から上がる前に軽く確認した事も踏まえて、どうにも気になる事があるのだ。というより、推測が出来上がってしまっているのだ。


確かな証拠も根拠もない。ただの俺の妄想。

けど……とても怖い妄想。


固まってしまっている俺にイヴリンさんは先程までの柔らかなものではなく、騎士団の団長としてのキリッとした決意ある表情を向ける。


「 カイル君。なんでも良い、君が気付いた事感じた事、全てを教えて欲しいんだ。どんな些細な事でも根拠のない事でも構わない。君の思考がこの町を救ってくれた、きっと今君が考えている事も大事なナニカに繋がると私は思うんだ 」

「 私もイヴちゃんと同意見。カイル君、お願い出来ないかな? 」

「 ……えっと、あの…… 」


焦燥してしまい、上手く返答を口に出来ない……けど、二人にここまで言われて黙り続けている訳にはいかない。

勿体無いが冷静を取り戻す為にカップに残ったコーヒーを一息で呑み干し、空になった器をゆっくりとテーブルに置く。そして深呼吸と共に杞憂だろうと思考を放棄し散らかしていた違和感の欠片を繋ぎ合わせてゆく。


そうして出来上がるのは、やはり歪な推測。

俺は言葉を考えて、どうにかそれらを口にする。


「 ……確かに、気になる事はあります。けど、根拠もないし、ただの妄想みたいな域の話なんです。こんなの口にしたら周りを混乱させるだけだって思ってて……俺自身こんなバカな推測よく考えたなって呆れてるくらいですよ 」


そう冗談気味に苦笑を漏らすが、対面に座る団長の目つきは変わらない。そして長々と交渉はしないとばかりに「頼む」と短い言葉を溢す。


……やれやれ、これはもう話すしかないな。

深いため息をこぼし、俺は彼女に応える事にする。


拳を開閉し、地下で探った土の感触を思い出す。


「 何から話せばいいものか……そうですね。まず初めに違和感を感じたのは、俺たちがギガスベアーを討伐した時からなんです 」

「 そんな前からなのかい!? 」


数月前、俺たちがイヴリンさんからの依頼で闘ったゴールドクラスで新種とされる魔物。


そもそもこの存在自体がおかしかった。


「 ギガスベアー。森で闘った個体も、地下で闘った奴らも、?幾ら新種とはいえ、あんなにも凶暴な魔物が成長に至るまで周りに一切被害を出さないなんて事あると思いますか? 」

「 確かに……言われてみればそうだね 」


これまで確認されている様々な魔物は全て、討伐された時の記録が残され危険度ランクが振られている。

それは成長の度合いによっても変わり、幼生期がブロンズクラスでも成長を許してしまえば成熟期においてゴールドクラスになる魔物も少なくない。

しかし、そういった個体は決まって成長の過程で様々な被害を生み出し暴威を振るうものだ。


しかし、ギガスベアーにはそれがない。

これまで確認されている個体数は俺たちが倒した1体と地下にいた4体。合わせて5体にもなるがこの近辺で似たような魔物が被害を出したなどと言う報告はないのだ。


まるで湧いて出たかのように突然現れた新種の魔物。こんなもの違和感でしかない。

しかし、今の時代を生きる知識人だって全てを知っているわけではない。

そういった魔物がいるかもしれない。俺たちが無知なだけかもしれない。だから初めは深く考えなかった。

ウィルキーの地下で更に4体のギガスベアーと出会うまでは……


俺は話を続ける。この推測の続きを……


「 次の違和感はソリチュードの存在です。俺たちが発見した遺跡ってだいたい500年前のものって言ってましたよね?それまであの頭上では色んな事があったはずです。それこそ今のウィルキーの町は発展途上ですから、建造の際に発生する振動とかも尋常じゃなかったはず……けど、。タイミングがおかしくないですか? 」


二人は口を開かない。共に真剣な表情で各々に思考を巡られているようだ。

これも穴だらけの推測だ。そもそもソリチュードは町に被害が出始めるよりずっと前から目覚めていて、ゆっくりと侵攻していたのかもしれない。

その方がしっくり来る。けど……そうは思えなかった。


「 ここに来る前に地下を数カ所だけ調べました。まぁ、俺も追跡のプロって訳じゃないんで的外れな可能性も高いんですが……あの場所は乾燥した空間のうえ、500年もの間誰も立ち入っていないって割には、所々の土が異様に柔らかかった気がするんです。まるでつい最近荷車のようなものが通ったみたいに 」


ここまで言うと俺の中にあった歪な推測はその姿を表してくる。未だこれを口にして良いのか不安ではあるが、これを聞く覚悟が二人にはあるのだと判断し、推論を述べる。


「 あくまで、これは俺の妄想ですが……地下で遭遇した4体のギガスベアーは何者かによって生み出され、飼育、調教。いや、制御されていた 」


それを耳に二人は驚愕を浮かべているが、お構いなしに話を続ける。


「 俺たちが初めに討伐したギガスベアーはその何者かの元から脱走した、十分な調教が施されていない個体だった……とか 」


そう考えれば、俺たちが依頼で直面した金級ゴールドクラスの異様なまでの凶暴さに説明がつくのだ。

魔物にとって本来棲家となるはずである森との共存を一切断ち、本能の赴くままに暴れ回っていたあの個体。もし普段からその凶暴性が抑圧されていたのなら、その楔が外れた瞬間より一層の凶悪さが引き出されることなど想像に難しくない。


「 でも、どうしてと思ったの?金級ゴールドクラスの魔物を使役するだなんて、私の知る限り前例がないわ。例え魔冠號器アゲートを使ったとしてもかなり難しいはずよ? 」


動揺を隠しきれていないメリッサさんが質問を投げかけくるが、俺はそれにあくまで推測でしか返答する事が出来ない。


「 さっき言った通り、地下でつい最近荷車が通っていた可能性があるのを考えるに……どう言う目的かは分かりませんが、その強力な魔物を制御下に置いている何者かは、ウィルキーの町の下でソリチュードが眠っている事を知り、それを捕獲しようとやって来ていた。4体のギガスベアーを護衛として従えて……あんなにも凶暴な魔物が同じ空間にいて同士討ちを全くやっていなかったのをみて制御されているんじゃないかなって、思ったんです 」


地下の空間を思い出し、その映像を凝視するが確認しきれていない場所はまだまだ多い。隅々まで探索すれば一見では見えなかった道などがまだあるはずだ。


「 おそらく、俺たちが降りてきた階段以外に外に通じる道があるんだと思います……待てよ?違うな 」


……いや、頭に浮かべる光景に外へと繋がる空洞などなかった。戦闘に集中していたとはいえ气流力で感覚を強化し続けていたのだ。空気の出入りが頻繁に起こっている事など容易に探知できるはずだが、そんな感覚は一切なかった……なら


「 何者かはソリチュードの捕獲に失敗したばかりか、その眠りを解いてしまった。だからギガスベアーたちを囮にし逃走……その後証拠の隠蔽として、道を崩落させて潰したのか? 」


証拠なんてない。これは単なる思いつきの妄想だ。

しかし、そこまでを口にして団長室には沈黙が流れる。


俺の推論はここまでだ。これ以上はない。

隣のメリッサさんをみてみると、彼女は驚愕の表情をそのままに冷や汗を浮かべていた。


やっぱり、こんな推測ありえないッ、慌てて状況を取り繕う。


「 いや、でもただの妄想ですよッ、いっそ読み物とかにしてみたら面白くなりそうでしょう?ハハハッ 」


思わず引き攣った笑みになってしまうが、俺の言葉にメリッサさんも苦笑を漏らす。

しかし、騎士団の団長は違った。


ゆっくりとソファーから立ち上がると、執務用の大きな机の引き出しを開き中から何かを取り出す。そしてそれを手にこちらに戻ってくる。


「 カイル君……もしかしたら、妄想じゃないかもしれない 」


重々しく言葉を放つ彼女は、手にしていた何かをテーブルへと置く……これは、写真だ。

ウィルキーの町ではおそらく写真館か研究施設ぐらいでしか置いていないであろうコーヒー同様、一般家庭ではまず見ない高級な機械である撮影機を用いて、投影された紙フィルム。


「 これはカイル君達が初めに倒したギガスベアーを解体した研究室が寄越してくれた写真だ……にわかには信じられなかったが……まさか、君の推理が真実に近づく証拠になるとはね 」


もはや恐怖なのだろうか、冷や汗と共に参ったとばかりの顔つきをするイヴリンを目に、急いで置かれたフィルム。そこに写されているものを凝視する。


「 ……え?こ、これってッッ!!? 」


………そんな、ありえない!!こんな事ってッッ!!?


無意識に驚愕から勢いよく立ち上がってしまう。拳はギリッと音が出るほどに握りしめられていた。

隣にいるメリッサさんも言葉を失っている。


写真に映ったギガスベアーの心臓を解剖している光景。開かれたその重要臓器の中にそれはあったのだ。

とても体内という環境には場違いな赤く不気味な煌めきを放つ……魔石がッ


「 赤の……魔石。終焉の刻ラグナロクと同じ【呪われし冠カオスアゲート】の類……だって!!?そんなの、ありえないッッ!!! 」


口にする言葉の全てが絶叫へと変わってしまう。まとまった思考が出来なくなるほどの混乱に動悸が止まらない。


「 ……大丈夫よ、カイル君。落ち着いて 」


不意に手に暖かく柔らかな感触。その感覚を辿ると震えていた手を優しく握っくれていたメリッサさんが目に映る。


彼女だって動揺しているはずだ。それなのに俺の事を気にかけてくれているのだ。

……そうだ。ここで混乱したって何の意味もない。


「 ……ふぅ。すみません、取り乱しちゃって 」

「 いや、謝るのはこちらの方だ。いきなりこんなものを持ち出して混乱させてしまった。すまない 」


改めて二人に頭を下げ、ソファーに座り直す。そんな俺を見届けイヴリンさんは写真を再び執務机へと戻した。


「 二人ともコーヒーのおかわりはいかがかな? 」


思考を切り替えるように、柔らかな笑みを浮かべ直す彼女の申し出を受け「お願いします」と努めて落ち着いた声を返す。


そうしてカップを回収し、コーヒーを淹れ直しながらもイヴリンさんはゆっくりと言葉を口にする。


「 ……今回の事は私の方から中央に連絡を入れておくよ。まだなにもわからない状態だが、何かが起きているのは確か、だろうね 」

「 ……そう、みたいですね。はぁ、俺的には何も起きないでほしいものですけど 」

「 まぁ、今は深く考えても仕方がないよ。切り替えていこう、ね? 」


そうして再び頂戴した温かなコーヒーを啜る。

これは、やはりいい。荒れていた気分が幾分か落ち着く。


そして和やかな雰囲気が室内に返ってきた事で、イヴリンさんは明るい口調で報告を開始する。


「 それじゃあ、そろそろ報酬金の話に移ろうか? 」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る