019:奪う力と救う意志


世界有数である、膨大な魔力を秘めているにも関わらず魔物の存在を許さない霊山たちやそこから伸びる大河に囲まれた村、それが【ティック】とまたは【ティック村】とも呼ばれる人口150名の小さな集落であった。

そこは安全な魔力に囲われている事により唯一【ドッキリベリー】という至高の果物の生産に成功した場所であり、村民達は裕福とまでいかずとも幸せな毎日を送っていた。

そんな田舎村で一つしかない宿、木造二階建てと何処にでもあるようなそこの食堂に四人の冒険者、そして彼らの武勇伝を嬉々として聞いている男児はいた。


「 ……っで、俺の最強の一撃が見事に敵を倒したってワケよ!! 」

「 凄いッカッコいい!!! 」


目の前ではしゃぐ男児に満面の笑みを向ける彼に、その仲間達は「やれやれ」とため息を溢す。しかし、満更でもないのかその表情は柔らかいものであった。


「 凄い凄いッ!!もっとお外の話ッお兄ちゃん達のお話聞きたいよ〜!! 」

「 ハハッ可愛いやつめ。俺たちはまだここにいるからよ、その間ならいつでも話聞かせてやるよ。でも、もう晩御飯の手伝いしないといけないんじゃないか?母ちゃんが困るだろ? 」


彼は変わらずのニカッという豪快な笑みで男児の頭を乱暴に撫でる。そしてそれに合わせるように食堂の厨房から、童子を呼ぶ声が発せられた。


「 む〜〜、絶対、絶対だよお兄ちゃん!!お話聞かせてね!! 」

「 あぁ、約束だ。そうだな、次はちょうどここに来る前に起こった最高にイカした話聞かせてやるよ 」


そう言いながら彼は荷物の中からいくつもの鍵によって厳重に保管された箱を自慢げに取り出す。


「 こいつ……【終焉の刻ラグナロク】を奪い返した話をなッ!! 」


そう脳天気に笑みを続ける彼に、すかさず仲間達は拳骨を降らし手にする箱を奪い返すと慌てて荷物へと放り込んだ。


「 バカッ、小さい子になんてもの見せるのよ!!というかなんの為に厳重に保管してると思ってるの!! 」

「 リーダー頼むぜ。流石にバカすぎるだろッ 」

「 初めからバカだとは思っていたが、やれやれ、困った人だ 」

「 お前らバカバカ言うじゃねぇぇ!!凹むだろ!! 」


食堂には和やかな空間が広がっており、皆笑顔を浮かべていた。男児を呼ぶ母親の声がもう一度聞こえる。


「 カイル!!なにやってるの?お手伝いしてくれない? 」

「 は〜〜い 」


これは今だ頭に残る幸せな記憶……



そこは【ティック】と呼ばれる小さな村。

今や地図から消され、一人を残し全ての村民が殺された、災厄をその身にした悲劇の場所……ーーー



ーーーーー



「 ……うぅん 」


意識が緩やかに覚醒し始める。同時に閉じられた眼から溢れ頬を伝う温かい感覚。

懐かしい記憶を見た気がする……この夢を見た時はいつもこうだ、いい歳をして涙など恥ずかしいものだが無意識で流れるのだからどうしようもない。


ハッキリと思考が戻ると共に目を開いて視界を開こうと試みるが、瞼が異様に重たい。それどころか全身がナニカ強力な力に押さえつけられているかのように、自由に動かすことが出来ない。

何が起こっているのか分からず气流力に意識を回してみるが、先程まで当たり前のように循環させていたその力が認識できない事に驚愕する。


「 うぅ……ッくぅ 」


こうなれば無理矢理力を込める他ない。まるで瞼に筋トレを課すかのように重いそれを持ち上げる。

そして観えるようになる薄れた光。更には視界が戻った事で段々と他の感覚も覚醒を始める。


「 ……こ、ここは?あれからなにが 」

「 おはよう、カイル君 」


聞き覚えのある声、メリッサさんだ。しかし、近くで発せられたというのは分かるが、彼女が何処にいるのかは分からない。と言うより首が動かせないうえに未だ視界にはモヤが掛かっている為、確認のしようがない。


「 もう大丈夫、全部終わったわ 」


メリッサさんの優しい声が耳に入る。それと同時に暖かく柔らかい感触が額に乗せられる。

秒を重ねる毎に目覚めていく感覚。感触。


それによって得られる情報は、側頭部に柔らかく温かい感触に、女性特有のアロマのように安らげる匂い、と言う事は……


俺は膝枕をしてもらっている……?

認識すると心臓は高鳴り、年甲斐なく恥ずかしいと言う感情が心を満たす。

急いで身体を起こそうとするが、やはり全身は重く駄々を捏ねる幼児のように上手く言うことを聞いてくれない。


そんな俺を見透かしているかのようなメリッサさんの声が耳にかけられる。


「 ふふ、大丈夫。气流力を一度に使い過ぎて動けなくなっているだけよ、だから今はまだゆっくりしていなさい 」


額に乗せられた彼女の手からナニカよく分からない、不快はなく寧ろ心地よささえある謎の感覚が流れ込んでくる。それは俺の全身に浸透、あるいはその血流に緩やかに巡ってゆく。


「 これは、气流力を流してくれているんですか? 」

「 そうよ、カイル君に教えた力を体外に放出する技術の応用。最も私はこれを身につけるのが本命で流衝波とかは次いで覚えれた事なんだけど 」


メリッサさんは世界規模でみても珍しい气流力を治療の手段として扱える女医だとは知っていたが、改めて考えるとこれは本当に凄い事だと実感する。

体外だけでなく、他者の肉体にまで自らの力を循環させるなど、俺にはどうやればいいのか到底思いつきもしない。


「 昔ね、大好きだったおじいちゃんが气流力の鍛錬に失敗して今の君みたいになっちゃったの……その時の私には何も出来なくて、結果おじいちゃんは死んじゃった…… 」


耳に入る彼女の声色には哀しみが籠っている。メリッサさんは言葉を続ける。


「 だから……もう2度と失いたくないから、私は气流力を極めようと思ったの。例えコレの本質が奪うための力だとしても、私はこの力が持つ可能性を、誰かを救う為に使いたい、極めたい……まぁ、独りよがりの偽善かもしれないけどね 」


そう言い切り彼女は「ハハハ」と苦笑いを溢す。


ギガスベアーとの対峙で披露されたメリッサさんの美しくも残酷な極めし者としての闘い、そして自らが体験した气流力の可能性。それらは全て恐ろしくも醜いの集大成であった。当然これらを身につけるのであれば自尽のリスクを負う覚悟を持つ必要がある。死の覚悟を持たない者が何かを殺すなど到底許されない、と言う事だ。


残酷な事だが、メリッサさんの叔父が命を落としたのも仕方がない事としか言えない。当人にもその覚悟はあったであろう。


しかし彼女は、メリッサさんはその血塗られた歴史に抗おうとしているのだ。殺す為ではない、救う為に極める。

もし世を変える者がいるのなら、彼女のような人を表すのだろう。俺とは全く別の生き様。

本当に凄い人だ。美しく、眩しいとさえ思ってしまう。


視界のモヤが晴れてくる。するとここがまだ地下であるのだと認識出来るようになった。しかし、俺たちが足を踏み入れた時と同様に月光草で照らされているわけでも、メリッサさんが魔冠號器アゲートで起こした炎で灯りが確保されている訳でもない。

人工的な灯り、洞窟などを調査する際に使用するランプがあらゆる所に設置され、それらが一帯を明るく照らしている。

首はまだ動かせないが、時々忙しなく騎士団の団員たちが視界を横切るのをみるに、恐らく全ての決着が付いたことでイヴリンさんが団員たちを呼び寄せたのだろう。


つまり安全は確保されたと言うことだ。それを認識し、とりあえず安堵の息をつく。


「 ……にしても、やっぱりメリッサさんは凄いですね。一人でギガスベアーを3体も倒しちゃうなんて 」


膝枕をされている状態での沈黙など恥ずかし過ぎて間がもたない為、どうにか話題を切り出す。しかし、そんな俺の言葉に彼女は疑問を口にする。


「 私が倒したのは2体よ?最後の個体はちゃんとカイル君が倒しちゃったじゃない 」

「 ……え?そんなバカな 」


予想外の、かつ返答に思わず苦笑の混ざった返しをしてしまう。

確かに俺が対峙していた個体との決着を見届ける事は意識を失ってしまった為に出来なかった。しかし、撃退出来なかった事ぐらいは容易に想像できる。

どう考えても威力が足りないからだ。俺が再現した流鏖撃では金級ゴールドクラスを屠れるだけの出力を生み出す事は出来ない。

分かっていながらも、試したかった。後ろに彼女がいたから、メリッサさんに決着を任せるように攻撃を実行したのだ。

そんなヤケクソともいえる行為でギガスベアーを倒せたなど、あり得るはずもない。


「 本当よ?君がやったの……流鏖迅りゅうおうじんを使って、ね 」

「 ?……それはなんですか?俺、教えてもらった流鏖撃を確かに使ったはずなんですが 」

「 ………やっぱり、気付いてなかったのね 」


メリッサさんはそこで一旦会話を閉じると、俺の額に乗せる手に更なる力を流動させる。それと同時に全身に巡る温かな气流力が眠っている細胞たちを起こしていくかのような感覚。


肉体にかかる重さが減ってゆく。そして「どう?動ける?」という彼女の問いに応えようと力を込めると、どうにか半身を起こすことに成功した。

やれやれ、これでとりあえず第三者に観られて恥ずかしいと思える状態から抜け出す事は出来た……まぁ、もうちょっとあのままでもよかったかな、という童貞心がいる事は秘めておこう。


「 良かった、それじゃあとりあえず、あっちを観てみて 」


言われた通り彼女が指差す方へ視線を向ける。すると、そこには夥しい血肉散らばる光景があった。

特に目につくのがそこには肉片が何一つないと言う所だ。

それら全てのパーツは粉々に捻れ砕けており、その中心から広範囲に広がった血の跡が無ければ、少し掃くだけで簡単に状態を隠蔽出来るような状態。一体こんな事どうやれば再現できると言うのか、息を呑む光景に俺は言葉を失ってしまう。


「 カイル君。君は無意識に流鏖撃よりも流衝波よりも更に強力な技。私でさえ身につけられなかった領域、流鏖迅りゅうおうじんをギガスベアーに放ったの、アレはその跡よ 」

「 お、おれが……アレを? 」


ぎこちなく動く腕を眼前まで持ってくる。

メリッサさんでさえ身につけられなかった技を、俺がやった?……そんなの、一体どうやって?

困惑に埋め尽くされ、情けなく口をアワアワとしてしまっている俺に彼女は言葉を続ける。


「 完全に盲点だったわ。【魂を誘いし蠢きシュリーカー】と【双頭の神喰らいオルトロス】の相性を考えてなかったの。一歩間違えれば君の腕は吹き飛んでたかもしれない、勿論その命が亡くなっていた可能性だって大いにある……本当にごめんなさい、これは私のミスだわ 」


そう言い頭を下げるメリッサさんだが、俺は未だに頭がパニックを起こしており、なにがなんだが分からない。

相性?確かにそんな事考えてもなかったが、それが俺が無意識に使ったと言う流鏖迅となんの関係があると言うのか?


とりあえず「頭を上げてください」と言葉を絞り出し、話の続きを求める。


「 あの……そもそも流鏖迅ってどういう技なんですか?俺、気を失ってたから、もうなにがなんだかで 」

「 流鏖迅は……パパが唯一私に見せてくれた技だったわ 」


俺の腕を取り眺める彼女は、心ここに在らずとばかりに呟きを溢す。しかし、すぐに我に帰り「ごめんなさい」と割り切る。


「 こほんっ……えぇっと……流鏖迅という技は、自らの腕に螺旋を描くように流衝波よりも更に強力な气流力を循環させる事で成せるものなの。けど、その一撃を使う為には全身に巡る力の全てを生み出した螺旋へ集める必要がある。つまり全身全霊を賭けた必殺と呼ぶに相応しいものね。ただ、それ故に技の発動後は君のように気を失ってしまったり、まともに動けなくなってしまったりとリスクが生じてしまうけど 」


気を取り直して公言する彼女だが、それを聞いても俺にはどこか腑に落ちない所があった。我慢できずそれを口にする。


「 でも、俺は【魂を誘いし蠢きシュリーカー】を使ってたんですよ!!?メリッサさんみたいに大気中で力を循環させていた訳じゃないのに……どうして 」


彼女の話をそのままにするなら、俺が無意識に発動したという流鏖迅は手の平の前で力を高速循環させる流衝波の範囲を腕全体に拡張し強力にした進化技といえる。なら【魂を誘いし蠢きシュリーカー】が発現した鎖を用いて、その内部で力を振動に変え纏わせる流鏖撃とはそもそも技の形が違うという事になる。

俺が使えるはずがないのだ。例えそれが無意識であったとしても構造自体が違うのに発動するはずがない。


「 君は……【魂を誘いし蠢きシュリーカー】を使のよ 」

「 ………は? 」


思考が完全に止まってしまう……一体、何を言ってるんだ彼女は……


「 言ったでしょ【魂を誘いし蠢きシュリーカー】と【双頭の神喰らいオルトロス】の相性を考えてなかったって…… 」


メリッサさんは魔冠號器アゲートを発動し、そこから一つの鎖を取り出す。


「 【魂を誘いし蠢きシュリーカー】の能力は魔力を用いて鎖を発現するもの。でも正確にいうならこれはの。これの内部には魔導刻印が彫られており、そこに微弱な魔力を通していることによって气流力を循環させる力を発揮している 」

「 ……魔力を通している……え?それってまさか!!? 」


彼女が言おうとしていることを理解できた気がし、驚愕が俺の脳内を埋め尽くす。


「 最後の一撃の為、腕に力を集中させたあの瞬間、君の意思に【双頭の神喰らいオルトロス】が勝手に反応してしまっていたのよ。知っての通り【双頭の神喰らいオルトロス】は周囲の魔力を吸収し力に変える……つまりあの時【魂を誘いし蠢きシュリーカー】は魔力を全て吸われてしまった事でとなっていた 」


全てを理解する。つまり俺は气流力を流す事が出来る【魂を誘いし蠢きシュリーカー】がずっと巻かれているとひたすらに力を高めていたのだ。それがなくなっているなど考えもせずに……しかし結果、それが大気中で气流力を循環させるというすべに、そして流鏖迅の発動に繋がったという訳だ。

これは奇跡としか言いようがない、もし俺が力を高めている途中でそのことに気付いてしまっていたら、認識の力が弱まり技の失敗と共にその腕は吹き飛んでいた事だろう。

それはメリッサさんが危険だと無理やり止めに入ってきたとしてもだ。

冷や汗が流れる。今の俺の心は強力な技を使えた高揚感よりも一歩間違えれば命を落としていたという恐怖で満たされていた。


「 ……カイル君、これをわざわざ教えた意味。わかるわよね? 」

「 はい……つまり、絶対に試そうとするなって事ですよね? 」


嫌でも理解できる。今俺が五体満足でいられるのは奇跡みたいなものだ。

未熟者が足を踏み入れていい領域では決してない。


この経験を忘れない。これだけが俺に許された学びであろう。


「 分かっているなら、よろしい 」


綺麗な笑みと共に彼女は俺の頭をまた撫でる。

ほんとこの人は俺を子供だとでも思っているのだろうか……けど、悪い気しないんだよな。


「 とりあえず、本当にお疲れ様。カイル君、よくやったわね 」

「 へへ、ありがとうございます 」


闘いは終わった。それは喜ばし事なのだが、俺の心にはまだ何か引っかかるものが残っていたのであった……ーーー

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