011:巧者に献上されるは【罠】

こんなウィルキーの夜は珍しく、今まで過ごしてきた12年で初め見る光景であった。

どの家の灯りも完全に消え、月明かりだけが寂しく降り注ぐ町並み。聞こえるのは虫の囁きと風に靡く木々のざわめき。

まるでそこから人が全て消失したのではないかと錯覚してしまう程に静かな世界がそこにはあった。


いつもなら、どれだけ深い夜でも商会などの明かりは絶えず灯されておりそこで働く者達の談笑や、そんな労働者へ商売をけしかける食事処の客引き声などが日夜鳴り止むことはないのだが、今はそれら全てがない。


气流力りゅうりょくによる感覚強化で高められた聴覚でさえ無音を捉えている。


もし推測通り町の中に凶暴な魔物が潜んでいるのなら今の時間はとても危険だ。例えランプなどによって眩い光源を焚こうと視界から夜の壁を全て取り払う事は出来ない。

气流力りゅうりょくを扱える者であれば制限された視力を他の感覚を鋭利にする事によって補う事も可能だが、そうでなければ夜という暗闇が支配する時間はとても人が有利に闘えるものではないのだ。故に騎士団による見回りも今日に限ってはされておらず、俺が自由に町を歩けるのは今しかない。


朝を迎えればまた彼らは総動員での探索を始めるだろう。もちろんその際市民は避難の為それぞれの場所に押し留められるる。そうなる前に今俺に出来ることをやれるだけやっておきたい。


しかし、孤児院を出て今に至るまで強化された感覚を研ぎ澄ましながら歩みを進めているのだが、得られた手掛かりは皆無だ。まぁ、そう易々と尻尾は掴ませてくれないか……


どうにかこの夜の見回りで、最低でも魔物も位置を特定出来なければ今日のような外出禁止令は2、3日と継続されてしまうだろう。それは金銭的にも困るし、なにより町からの犠牲者も増える一方だ。


夜の静まった環境であれば魔物の気配を、なにか特定に至る音なり匂いなりを見つけられるかと踏んでいたのだが、そう上手く事は動いてくれない。


地道に索敵を続ける他ないか……感覚への集中をそのままに足を踏み出すその瞬間、聴覚がおかしな音を拾い上げる。


「 ようやっと手掛かりが来てくれたか? 」


足を止め、期待を胸に更なる集中。


耳が捉えたソレは明らかに自然が奏でる音ではない。しかし、人が出すものでもない。これは……金属が擦れる音か?

微かに拾ったその違和感であるが、認識するとともにある事実に気づく。それは少しずつ、またこちらへ近付いてきているのだ。

気のせいかと望むも、循環する力は警笛を鳴らし始める。

本当に、俺を標的に定めているってのか!!?


「 くそっ!!なんなんだこれッ!! 」


探索を始める前に拠点ギルドへ立ち寄り、簡単ではあるがいくつか持ち出した装備。以前使ったものと同じ鋳造により大量生産されている短剣を一つ抜剣し、構える。


謎の脅威と自分との距離はまだそれなりにあるハズだ。加えて町という環境では立ち並ぶ家屋の列や、路地に積み上げられた積荷が視界を遮る為、索敵は容易ではない。

それを踏まえても、警笛の主は確実に迫ってきている。もしや、俺のように聴覚や視覚以外での優れた索敵が可能な脅威だというのか!?


月明かりで照らされた周囲には今だ。強化を施した視界でさえ脅威となりえるものを捉える事は出来ていない。

しかし俺へと迫る気配は更にその数を増やし、風を割き進む音がとうとう耳に入ってくる。


こんな時は視界に頼りすぎてはダメだ。リースとの手合わせを思い出し冷静に气流力りゅうりょくの力を流す。


そして静かに目を閉じ感覚を研ぎ澄ますことにより、音に輪郭を纏わせるよう試みる。素早く空気を割きながらも「ジャラジャラ」という金属音を伴い進む気配。

確実に近くにいるはずなのに脅威。


それは何処にいる?


音はもはや一方行からではなく、俺の取り囲むように発せれている。しかし、動揺を押し殺し集中。それにより肌の触覚が周囲に流れる風、その僅かな変化を感じとり、とうとう謎の違和感の気配を確実に捉えた。


「 ……これは、地面を這ってるのか!! 」


何も視る事の出来なかったハズの視界を地面へ這わせ目を凝らす。すると……視えた!!


月明かりが目を背ける闇に紛れ、まるで蛇のように伸びる無数のゴツゴツとした線の影。

急ぎ視界を周囲に巡らせると前後左右、全ての方角からソレは俺を目指し伸び続けているのが認識できた。

その数は想定を遥かに超えており、いつものパーティーを組んでいたとしても捌ききれないであろう圧倒的な物量。


これは、まずい!!


焦燥に駆られ周囲を視察し逃げ道を探すが、どの路地からも脅威は迫ってきており全ての逃走経路は既に塞がれている。


そうこうしている間にも、もはやソレと接敵するまで数10秒の距離。あまりの絶望的な状況に全身からは汗が吹き出し、無意識に柄を持つ手が強く握られる。


「 なんてこったよ、瞬く間に囲まれちまうなんて。俺もまだまだだな 」


思わず弱音が苦笑として漏れる。音が近づいてくるのを認識出来た段階で逃げるのが得策だったのだろう。

自分の力にはそれなりに自信があった。故に何が迫ってきているのか、せめてそれを理解した上で逃走を図ろうという甘い考えがこの惨状を作り出したといって過言ない。

これは驕りだ、仲間と一緒なら危険度ランクゴールドの魔物でも撃退できるという事実に慢心し己が実力を過信していた自分が情けなくて仕方がない。


「 けど、すんなりやられる訳にはいかないんでね!! 」


これ以上後悔するのは死んでからだ!!こうなりゃ一切出し惜しみは無しでいく!!

決死の咆哮と共に【魔冠號器クラウン•アゲート】の力を内包した書類を素早く取り出し展開。


しかし、まるでそれを予期していたとばかりに高速かつ的確に伸びる線の脅威。

油断などなかった。なのに瞬き一つ、その僅かな時でそれらは俺の四肢へ何重にも巻きつき攻撃の手を完全に奪い取る。強く握り締めていたハズの短剣、そして眩い発光を放とうとしていた書は、主の拘束と共に地へと落ち本来の力を発揮する事もなくその役目を失う。


「 くっ、くそ!! 」


全身の力を最大限に発揮しどうにか抵抗するが、拘束の力はあまりにも強大で、びくともしない。まるで石造りの彫刻に抱擁されているかのような錯覚さえ起こってしまうほどに肉体は完全に自由を奪われている。


「 なんだこれ!!……これって鎖? 」


俺の戦意を封じる力、先程まで闇に紛れていた為にハッキリと認識出来なかったそれは、武器としてはとても見られない、工事現場などでよく見受けられる金属で出来た鎖のようなものであった。ただこれが普通のものでないのは一目でわかる。


無数に増殖するだけでなく鍛え上げた筋力さえものともしない強度とその拘束力。

これがただの工事道具であってたまるか!!……これでは、まるで!?


「 は〜〜い、夜に出歩く悪い子捕まえちゃいました 」

「 はぁ……薄々そうだろうとは思っていたが、君ってやつは 」


聞き覚えのある声と共にランプの灯りが近付いてくる。と同時に鎖は全身から離れ、巣に戻るペットのように主である彼女の手へと引き寄せられたかと思うと霧の如くその姿を消失させた。


「 イヴリンさんに、メリッサさん!!? 」


ランプを手に現れた二人、それは病院で別れて以降一日ぶりに会う俺と同じ力の携帯を許可された【有資格者】たちであった。

前に見た時と同じ騎士衣装のイヴリンさんと、白衣を脱いでいる事で露わになったノースリーブのシャツに、張りや艶など完璧な美麗であり怒られてもいいから一度触ってみたいとさえ思ってしまう魔性を持つ太ももを魅せるショートパンツ。加えて普段の団子を解き腰辺りまで伸びた美しい長髪はその女優を思わせる完璧なボディーラインを引き立てており、通り過ぎる者は男女問わず振り返ってしまうであろう満点美女となっているメリッサさん。

目を疑う程の美しい変貌振りに少し驚いたが、普段と同じ眼鏡を身につけ、そのやんわりとした顔付きを見ると相変わらずの安心感のようなものが感じられ、どうにかいつも通りに接する事が出来そうだ。

にしても、ケイトちゃんの時もそうであったが仕事着と普段着でこうも印象が変わるとは、女の人って凄いな……


はぇ〜っと呆けている俺の額にいつのまにか眼前まで迫っていたイヴリンさんのデコピンがペチッとぶつけられた。


「 事が解決するまで市民の外出は禁止だと言われているだろう。全く君というやつは、もう少し騎士団というものを信頼して欲しい 」

「 そうはいいつつも、イヴリンさんだって夜の索敵でしょ? 」


その返しに「うっ」と痛い所をつかれたとばかりの反応。


騎士団は結成されてまだ歴が浅い、業務の一環として防衛術の鍛錬を日々行なっているとはいえ、まだまだ団員たちの練度は低く、経験もないに等しい。そんな者たちが危険度ランクゴールドの魔物と戦いなどすれば多大な犠牲は確実だ。故に彼らの代わりにひっそりとこの脅威を排除しようと動いていたのだろう、イヴリンさんらしいといえばらしい。


となれば、声くらいかけて欲しいものだ。彼女こそ、もう少し何でも屋ギルドというものを信頼して欲しいというのが俺の本音だ。


「 にしても、さっきの鎖って……もしかして魔冠號器アゲートによるものですか? 」

「 そうよ。アレはワタシの持つ【魔冠號器クラウン•アゲート魂を誘いし蠢きシュリーカー】が創り出した魔力を帯びた鎖 」


メリッサさんは首に下げた翠色りょくしょくの魔石が施されたネックレスを指差す。

手の平程の大きさであり、中心の輝きを囲うように円が連なったデザインをしたそれは装着者の意思に反応し眩い輝きを放つと彼女の顔横、何もない空に魔力による歪みを生み一瞬の間で先程みた鎖を生えるように創りだしてみせた。


「 翠色りょくしょくの魔石って事は『創造者の腕アゾットメイク』と同じタイプの魔冠號器アゲートって事ですよね。それにしてもさっきみたいに尋常じゃない量の鎖を具現化するなんて、規格外すぎません? 」

「 まぁそもそも魔冠號器クラウン•アゲート自体が全部反則武器みたいなものだからね〜。それにワタシのコレは君が保管してる『創造者の腕アゾットメイク』とは違って具現化出来るものを『鎖』に限定してるからこその質量なのよ 」


先程落とした書類を拾い再びポケットに放り込む。念の為落下により刃が欠けていないか確認し、短剣も鞘へと戻した。


「 さて、カイル君。君はここで 」

「 。なんて言わないですよね? 」


イヴリンさんの眼前に腕を突き出す。準備はしてきている。

俺が装着している双のガントレット『双頭の神喰らいオルトロス』を目に、彼女は深くため息を溢した。


「 成る程、まぁそれが『終焉の刻ラグナロク』で無いなら……仕方がない、同行を許可しよう。まぁ、もしアレを持ってきていようものなら気絶させてでも帰ってもらうつもりだったが 」

「 カイル君、偉いわ!!ワタシとの約束守ってくれたのね 」


満面の笑みを浮かべ、俺の年を意識していないのか幼児にするように頭を撫でてくるメリッサさんには、ほんと色々と頭が上がらない。


「 流石に俺でも『終焉の刻ラグナロク』を町中で使うなんて危なすぎる事はしませんよ。で?そちらの方は何が手掛かり掴めましたか? 」


照れを隠しきれてないが、どうにか冷静に言葉を向ける。それにイヴリンさんは残念といった顔付きで首を横に振った。


「 いや、それがなにも得られてないんだ。の持つ【魂を誘いし蠢きシュリーカー】は私が知る中でも1番の索敵能力を持つ魔冠號器アゲートだから、これがあれば見つけられると踏んでいたのだが…… 」


色々と気になる事が出たので聞いてみると、どうやら【魂を誘いし蠢きシュリーカー】が作り出す鎖には气流力りゅうりょくをそれぞれに循環させる事が出来るようで、確かにそれを聞くと最強の索敵能力だと俺も思わざるを得ない。

つまり、使用者への負荷を考慮しなかったとして全魔力を使用すれば町を埋め尽くせるほどの鎖の山、その一本一本が俺の強化された感覚と同様の索敵能力を持ち、更に使用者であるメリッサさんにその情報を共有出来るのだ。


いや、そんなのあり?


この魔冠號器アゲートを前にすれば、どこに逃げようと身を隠そうと必ず捕獲されてしまう事だろう。しかし、それが空振りに終わっているという現実。


もしかして、俺の推測はハズレだったのだろうか?

そもそも危険な魔物なんて、この町に潜伏していないのでは?


そう思わざるを得ない。

あと、イヴリンさんは仲が長い事からメリッサさんのことをと呼んでいるらしい。これは別としてちょっと覚えておこう。


「 この魔冠號器アゲートを使ってここまで苦戦したのは初めてよ。となると、やっぱり魔物を見つけ出す鍵となるのはカイル君の経験と推理力になるかもね!頼りにしてるわ 」


ほんとメリッサさんは褒め上手だ。ここまで言われて、手ぶらでは終われないな。

咳払いを一つ、俺は二人に策を提示してみる。


「 とりあえず、俺たちならもし魔物と遭遇しても簡単にやられる事はないでしょうから、手分けして探しましょう 」

「 さっき君は絶体絶命な状態だったようだか? 」


今度は俺がイヴリンさんに痛いところを突かれて「うっ」と声を洩らす。すかさずメリッサさんが「まぁまぁ」と間に入っていくれた。

騎士団の団長であるが故に、例え力を持っていようと市民である俺の危険は容認できないという思いからの言葉だろう。


優しい人だ、けど今は何よりを護る事を優先したい。言葉を続ける。


「 えっと……俺も次はもっと気を締めます。それじゃあここからは手分けして索敵。集合は役所前としましょう。 」


そうして互いに頷き歩みを進めようとした瞬間、俺をある大事な事を思い出す。そうだ……そうだった!!

おそらく緊張に次ぐ緊張がその危機を忘れさせるに至っていたのであろう。しかし、それはこの索敵をするにおいて無くてはならないもの。


「 あっ、あの!! 」

「 どうしたの、カイル君? 」

「 何か伝え忘れでもあったかい? 」


静止の声を耳に足を止めてくれる二人、そんな彼女たちに俺は申し訳なく身体の悲鳴を向ける。腹部から鳴る「ぐぅ〜」という嘆き……そう、俺は……


「 悪いが今日は何も持っていないよ 」


お腹が減っているのだ。


「 どぉぉぉしてだよぉぉぉぉぉ!!! 」


夜遅くに動くのだ。夜食でも用意したおくべきだった。

これは俺の失態。更には救いはないときた、腹を抑えその場で悶える。


「 メリー、行こう。カイル君なら大丈夫だ 」

「 大丈夫よ、カイル君!!人は少し食べないくらいじゃあ死なないから!それにほらッ、夜に何か食べるのは身体に悪いし……頑張って!! 」

「 どぉぉぉしてだよぉぉぉぉぉ!!! 」


俺の嘆きが静まり返った町へと反響するのであった……ーーー



ーーーー


「 ハハッ……ほんと、手分けしての索敵で…正解だったな 」


二人と別れて暫く経ったか、改めて自分の英断に頭でも撫でてやりたいと思うが、その手も今や赤く染まり動かすことすら億劫だ。

腹部からくる激痛に手を添えるも、そこを伝う赤黒い粘液は無情にも滴り続けふらふらと進める足の軌跡を地面へと記して行く。


油断していた訳ではない。しかし、まさかこんなが仕掛けられているなんて思いもしなかった。

明らかに経験を持つ者を対象として仕掛けられた脅威。おそらく様々な魔物と森や谷などといった普段とは違う環境で闘った事の少ない二人であったのなら、俺のようには足元を掬われる事にはならなかっただろう。


「 ほんと、最近良いとこないな、俺……ぐぅ!! 」


奔る衝動に耐えきれず思わず膝をつく。深く呼吸を繰り返し、少しでも回復するよう努めるがこれでは時間の問題だ。

早く処置を施せる場所に辿り着かなければ、俺はもう2度と二人に会う事は、いや下手をすれば無事に帰ることすら出来なくなる。こんな危機的な状況は久しぶりだ。


出来ればそう体験したくはないものだが……


「 くそッ…けど、魔物の場所は特定出来たッ!!……この状態をなんとかして、二人に伝え、ないと!! 」


どうにか痛む腹部に力を込め、足を進める。

もはや气流力りゅうりょくを発現することすら出来ない。もし無理にそれをしようものなら、俺は終わりを迎えることになるだろう。

それほどまでに追い詰められてしまった……


「 頼む、もってくれよ。俺の身体……ぐっ!! 」


顔を渋めながらも、痛む全身を引きずりただ前へ……

闘いは既に始まっていた。その先手を打ったのはまさに魔物であり、それに見事なまでに引っかかったバカこそが、俺ことカイル•ダルチであったのだ………ーーー



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