010:些細だけど大切な幸せ
イヴリンさんの行動は早かった。
俺が最悪の仮説『ウィルキーの町に
一般家屋だけでなく商会から空き家。廃棄された建造物にまで徹底的な立ち入り調査を行い、また路地や広場なども例外なく人員を派遣。
町は駆ける騎士団員の甲冑プレートが擦れる音や彼らによって飛び合う報告の声で満たされていた。
こんな事はここで長い間過ごしてきたが初めてだ。
とはいえ、俺に出来る事は何もない。正確にはあるのだが団長が『騎士団の威信をかけて魔物を必ず見つける』と豪語している手前、彼女のプライドを護る為にもここは動かないのが得策だろう。
バイトで金を稼ぐ事が出来ないのは圧倒的な痛手だが、代わりに今の俺にはやる事があった。
「 はい、みんな。ちゃんとノートに書いて覚えるんだぞ〜〜 」
孤児院の一室を教室として使用し、そこで黒板を背に子供達へ学問を教える。これが今の俺の役目だ。
この町には大きな学園が一つあり、殆どの者はそこを卒業し社会に出る。問題なのはここに入学する為には簡単であるとはいえ入試試験を受けなければならない事にあった。
10歳となる児童が一般常識や社会知識などといった筆記試験を突破してようやく入学に至るのだ。故にどの家庭の子もそれなりに両親から教えを受ける事になる。
今この教室で学びを得ているのは再来年に試験を迎えた子ども達であった。
今日は一般常識の一つ。貨幣価値について教鞭をとっている。
ありがたい事にこの孤児院の児童たちは学習する事に意欲的で「早く大人になって院長先生に恩返しする」とまるで昔の俺みたいに意気込んでおり、そんな優しい心を持っている子供達を相手にするとなると、教える身としてもやり甲斐があるというものだ。
「 よし、それじゃあ。今日教えた事を復習してそれが終わったらお昼ご飯にしよう。今日は院長がお手製のシチューを作ってくれてるらしいぞ。更に!!騎士団長さんがお菓子を持ってきてくれてるからデザートも最高だぞ〜 」
優しい笑みでそう言ってやると、子供達は眩いばかりの笑みを浮かべ「わ〜い!!」と喜びはしゃぎ始める。
おいおい、復習終えてからだって言ってるだろ?
俺はこの時間が、いや子供達の喜ぶ顔が大好きだ。
咳払いを一つ、改めて教える者として接するよう努める。
「 今日教えた通り、この世界のお金は、ナスティック金貨•ナスティック銀貨•ナスティック銅貨の三つの硬貨で成り立っています。そこで問題。ナスティック銅貨を何枚集めたら、銀貨1枚に両替出来るでしょうか? 」
その問いに対し、特に間も無く子供達は口を一斉に揃え「10枚です」と元気よく回答する。
大した子達だ。こっちまで嬉しくなってしまう。
「 正解!じゃあ次。今度はナスティック銀貨だ。これを何枚集めたらナスティック金貨1枚と交換出来る? 」
これもすかさず子供は「10枚〜!!」と回答。簡単な問題かもしれないが、確実に覚えてもらわないといけない事だ。口酸っぱくなるくらいがちょうどいいだろう。
「 正解!!それじゃあ最後の問題。ナスティック銅貨を何枚集めたら、金貨1枚と交換できる? 」
これはもはや計算問題だ。俺の問いに対し児童たちはノートに書いてみたり、指で数えてみたり、それぞれに頭を回転させ始める。
そしてその中で考えが纏まったのだろう、小さな女の子が自信なく挙手した。
「 えっと……100、枚です 」
「 正解!!よく出来たな!!! 」
これでもかという笑みで褒めてみせる。他の子たちも女の子に拍手を送り「凄い」とそれぞれに言葉を向けている。
なんとも微笑ましい世界だ。その時間がずっと続けばいいとさえ思ってしまう。けど、そうはいかない。
広げていた資料をまとめて、子供達に終了の言葉を向ける。
「 よし!じゃあ今日の授業はここまで!!みんな手を洗って院長先生のお手伝いに向かってくれ 」
そんな俺に「カイルお兄ちゃん。ありがとうございました!!」と丁寧に、しかし元気よく礼をし、子供達は教室を走り出てゆく。
そんな子達を見ていると、やはり年超えのイベントはちゃんとやってあげたいと強く思う。
例え切り札である【
「 ……頑張ってみるか 」
決意を胸に俺は思考を巡らせるのであった……ーーー
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