009:災厄は何処よりも近くに
「 よし、これで1階の掃除完了。2階行くか〜 」
モップとバケツを手に上階へと進む。
二人が中央都市【ルドアガス】へ向かい2日が経つ。俺は今日もバイトに明け暮れていた。
年超えの日時は
食堂のバイトで稼いだ額と今回の護衛
それも踏まえ、今日は『ウィルキー総合病院』の清掃バイトに励んでいる。一日働いて銀貨5枚。
病院は新しく建てられたばかりという事で周囲の建築物の中では特に時代を先駆けしたものとなっており、五階建てかつ庭園までついているそこは、この町の何処にこんな立派なモノを造る資金があったのだろうと思わざるをえない程に壮大な施設であった。
当然そんな巨大な場所の掃除となるとかなりの重労働で、その報酬は割と見合っていないのだが、未成年が行える日払いのバイトなど探しても中々見つからないのだから仕方がない。
とは言っても、俺はこの仕事と鍛錬を同時に行う事で長い労働時間を有意義なものにしようと試みていた。
いくら弱点を突かれたとはいえ"屁"を受けて敗北した、という事実はあまりにも屈辱的!!
もう同じ手は食わないのを前提に、リースが帰ってきたら「
やはり弱点を放置しておく訳にはいかない。
院内は様々な薬品やそれらを誤魔化す為の芳香剤などにより、普通にしてても少し鼻につくような匂いが漂う環境である為、『嗅覚』以外の感覚を強化するという練習をするにはもってこいだ。
【
それが中々に上手く出来ない。
いやそもそもこのやり方は俺が独自に思いついた方法なので、正解なのかさえわからない。
けど、これ以上の発想も今はないのでとにかくやってみる、だ!!
意気揚々と鍛錬をそのままに2階の掃除を開始した……ーー
ーーーー
「 ……なっっんで!!出来ないんだァァァァァァ!!! 」
気付けば孤児院の子供達がオヤツを食べているであろう時間。
ひたすらに鍛錬と清掃に励んだ結果、予定よりもかなり早く全ての作業を終える事が出来たのはいいが、残念ながら収穫は金だけであり、上手くいかない現実に頭を悩ませる。
とりあえず院内庭園のベンチへ腰掛け、用意していた魔物の胃袋を加工して作られた水筒。その中に入れていたナスティック銅貨4枚で買ったリンゴ水を口にする。
水で薄めた果汁という事で甘さはそれほどでもないが、これはこれで疲れた身体に染み入るような程よい糖分だ。
水筒に入れていたおかげでキリッと冷えているのが熱った身体にはまたありがたい。たまにはこういう贅沢もいいだろう。
にしても、一体どうやれば今以上に【
「 はぁ……こればっかりは勉強じゃあどうしようもないもんな〜…… 」
折角ちびちびとリンゴ水を味わう贅沢をしているにも関わらず、気分は中々に晴れない。
金も集めないといけないし、鍛錬も……全く忙しない毎日だこと……
「 カイル君、お疲れ様。どうしたの?落ち込んでるみたいだけど 」
「 あぁ、メリッサさんもお疲れ様です 」
水筒の中身もだいぶ減った頃、白衣を羽織ったメリッサさんが休憩の為だろう庭園にやってくる。
ふぅ、と疲れを吐き隣へ腰掛ける彼女だがその目元にはうっすらクマが浮かんでおり、かなり疲労を溜め込んでいる様子なのが一目で分かった。
「 大丈夫ですか?顔色悪いみたいですけど 」
「 うん、最近ちょっと厄介な病気みたいなのが流行っててね。カイル君、あまり新聞とかは読まないの? 」
そういえば最近は忙しすぎて記事などに目を通していなかったのだが、流行り病なのか……そんな事になってるなんて知らなかった。孤児院に帰ったら院長に相談してみよう、子供達がその病にかかったりしたら大変だ。
「 空気感染とか接触感染こそないみたいだけど、今だ何が原因で発症するのか特定も出来てなくてね。ホントに困っちゃうわ 」
やれやれとため息を溢すメリッサさんに、「お疲れ様です」ともう一つ買っておいたリンゴ水の入った水筒を差し出す。それを手に「ありがとう」と笑みを向けてくれる彼女だが、疲労によりどこか影がかかったように見えてしまう。
「 それで、さっきは随分気合いを入れて掃除してくれてたみたいだけど、どうしたの?【
リンゴ水で少し元気が出てくれたのか、目を皿のように見開き、必死の形相で掃除をしていた俺を脳裏に浮かべケラケラと笑いを溢すメリッサさんに安心したと共に思い切って現状を伝えてみた。
【
「 あははは、そっか、そっか。分かるよ〜、オナラを吸っちゃった事はないけど、私も全感覚を強化した時の
楽しんで頂けて、なによりです!!!
結局メリッサさんはその後も笑い転げ、落ち着くまでにかなりの時間がかかった。
大爆笑により絶え絶えになった息を整え、笑い泣きで出る涙を拭いながらようやっと彼女は助言を口にしてくれる。
「 ごめんなさいね、面白すぎて……こんなに笑ったのホント久しぶり、あはは…… 」
いや、助言貰えるまではもうちょっとかかるみたいだ。
どうやら笑いのツボにどストレートだったらしく先生は「もうダメ」とひたすらに笑い続けている。
それを目にやはり強く決心する。リースは絶対ボコボコにする……!!
「 ごめんね、もう大丈夫。ふぅ……えっと、私が教えてあげる事も出来るけど、カイル君の師匠筋に当たる方には聞かないの? 」
「 あぁ、俺の
予想外の返答だったのだろう、メリッサさんは驚愕を浮かべ「変わった
全くもってそうだと思う。
【
この力を身につけるにおいて伝えられている言葉がある。
『発現•20年。掌握に10年。掌理に人生を 』というものだが、これは【
まず発現に20年。その期間内で自らの生命力に隠された流れし力を見つけられない者は才無しとして無情にも破門される。
次に掌握。認識した流れるソレを操り御する。多くのものはここで10年の期限を超え、追放されるという。
そこを乗り越えれば、残されたのは極めし道。師は弟子に全てを伝え、その後それぞれの高みを目指す。はずなのだが、俺はそこで完全に放置されている。
後は勝手にやれ、だそうだ。
訳あって他の者よりも飛び級とばかりに力を身につけられたとはいえ、これではあんまりでは?と思うがどれだけ縋ってもダメだった為もう頼らん。と心に決めている。
「 そうね。じゃあちょっとだけ私が教えて…… 」
『 メリッサ先生ッ急患さんです!! 」
突然血相を変え庭園へ飛び込んできたナースさんの叫びが割って入る。それを耳に先生は「例の症状?」と質問、間を置かずしての「はい」という返答を確認しこちらへと向き直った。
「 ごめんなさい、カイル君。この続きはまた今度で 」
「 大丈夫ですよ、お仕事頑張って下さい。あっ、水筒はまた今度返してもらえれば大丈夫なので 」
俺の言葉を耳に「ありがとう」と残し、彼女はナースさんと共に走り去ってゆく。
そして沈黙が帰ってくる。今日は銀貨1枚だけの収穫、あまり良い日とはいえないなぁ……
「 そろそろ、帰るとしようかね 」
残ったリンゴ水を一気に飲み干す。
空模様を見ると思っていたよりも時間は経ってしまっていたようだ、ベンチから腰を上げ孤児院への帰路につこうと足を進めようとしたその瞬間、耳を劈く悲鳴。
それは先程のナースさんの声。
何かが起こったのか急ぎ悲鳴の元へと走ると、病院の正面玄関で外へ出ようと暴れる患者服の男とそれを抑える見知った女性ーーイヴリンさんが目に入った。
いつもの仕事服である騎士衣装を纏った彼女は発狂する男をどうにか取り押さえてはいるが、40代くらいの見た目で普段は大工などといった肉体労働をしている者なのか屈強な体格のそれに苦戦を強いられているように見える。
これは無視する事は出来ない!!
すかさず不意打ちのスライディングを決め暴れるソレを転倒、流れるような動作でのしかかり、その全身の拘束に成功した。
「 大丈夫ですか、イヴリンさん 」
「 カイル君か、助かったよ 」
全体重を乗せ拘束しているにも関わらず、何処にそんな力があるのか捕えた男は激しく抵抗を続けており、油断すれば逃げられるかもしれないという不安が押し付ける力を更に強めさせる。一息溢し、袖で汗を拭ったイヴリンさんも加わる事でようやっと拘束は安定したが、こいつは一体?
「 イヴリンさん、これってどういう状態だったんですか? 」
「 あぁ、彼は今流行りの病を患っていてね。これにかかるとこの時間になると何故か途端に暴れ出すって事で一応見廻りというか様子を見に来たらこの結果さ。いつもはベットに拘束しているハズなんだけど…… 」
下で暴れる男の手首を見ると、千切れたベルトが巻かれており自らの筋力で脱出した事を容易に連想させる。
しかし、これが流行り病?俺にはとてもそうは見えない。
余裕の出来た片手を男の額に沿わせると、そこは発熱している。続けて【
「 ごめんなさい、今眠らせるからもう少し抑えてて 」
鎮静薬なのか注射器を手に慌ててメリッサさんが駆け寄ってくるが、俺は内に篭る疑問を口にせずにはいられなかった。
「 あの……これ病気じゃないですよね? 」
それを耳に全く同じタイミングで「えっ?」と呆ける二人に言葉を続ける。
「 いや、これどうみても病気とかじゃなくて、寄生体か菌性毒の類に蝕まれてる反応でしょ?…… 」
虚な目に口からはヨダレを無様に垂らし、言葉などではないもはや音のような空気を吐いている男と、俺たちがまだ駆け出し冒険者だった頃、似たような症状に苦しんでいたかつてのリースが見事に重なったのだ。
夕方になると途端に暴れ出すという性質がまさに胃の中が菌性毒に侵されているなによりの証拠になるだろう。と、ある程度の仮説を二人に話すと彼女たちは驚いているのか呆けているのかあんぐりと口を開けて固まってしまう。
菌性毒とは吸い込んだ者の内部に空気状で侵入し、その心身を蝕む恐ろしいものだ。これらは体内で時間をかけ固形となってゆき、時が来れば寄生した肉体を操り夕方から翌朝にかけて種を植える場所まで移動。そこで宿主の命を糧に新たな忌まわしき植物として芽吹き、森を形成するべく成長し広がってゆく。
滅多にみない、というより絶滅していてもおかしくないような希少な脅威。まさかこんな田舎町で現れるなんて……
「 で、どうしましょう?昔ルイスに教えてもらった
「 そんな方法があるの!!?是非お願いしたいわ 」
先生の了解も得られたという事で処置に必要な大量の水と口が開かないように拘束する器具を用意してもらい、病院の男性スタッフ数人の力も借りて暴れる男を起立させての拘束。
今からやるのは、あくまで
「 あの、この処置受けたの昔のリースでして……結構無茶するんですが、本当に大丈夫ですか? 」
「 大事にはならないのよね?なら、患者さんも為だもの、よろしくお願いします 」
おそらく治療法も知らなかったからだろう。食い入るように頼む先生に「分かりました」と溢し、大量の水が入った瓶の蓋をとる。さて……やるか
「 お客様、お水をお待ちしましたァァァ!!! 」
患者の口を片手で強引にこじ開け、瓶をその中に捩じ込む。
勢いよくやったという事もあり、激しく暴れ出す男に、力技すぎない?と止めるべきか右往左往するナースたちを他所に、とにかく中の水を流し込んでゆく。
「 はい、呑〜んで呑んで呑んで、呑〜んで呑んで呑んで……呑んでッッ!! 」
これは発言も含めかつて実際にリースへやった事である。
決して八つ当たりなどではない、治療だ。治療なのだ。なんだったら推奨していたのは"仲間"のルイスである。迫るなら彼女にしてくれ……
そうして瓶の中身が全て男の胃へと流れ込んだのを確認し、素早く口へ拘束器具を取り付け、入れたばかりの水を吐き出されないようにする。鼻は塞いでないので呼吸等は大丈夫だろう、知らんけど…
「 はい、それじゃあオッサン。ちょっと子供頃に戻って懐かしい感覚に浸ろうか 」
優しく声を掛けながら、次の行動。
暖かな家庭で育ったものなら経験した事があるかもしれない。
綺麗な花畑でのピクニック。力持ちの父親が小さな我が子の両手を持ち軽々と持ち上げた後くるくる空中を回転させる遊びだ。子供はきやっきゃっと喜ぶやつだ。
複数人に拘束される男の"両脚"を持ち上げ、スタッフ達が離れたのを確認し俺は力一杯オッサンを空中で回転させてやった。
「 ほら〜懐かしいだろ〜〜思い出してごらん?お父さんにしてもらったこの遊びを〜〜 」
「 いや、腕じゃなくて脚持ってやっちゃうと一気に格闘技のやつになるから!!!ジャイアントスイングだよそれ!!子供やったら絶対ダメなやつ!! 」
思わずイヴリンさんのキャラに似合わないツッコミが入るが、問題なし!!
廻す廻す廻〜〜す……あっ、やべ。俺が酔ってきた。
20回以上は回転させたであろう。もう十分か……
本当はこのまま放り投げたいところだが、その思いを我慢、ゆっくりと男をおろし、再びスタッフ達に起立での拘束をしてもらう。
さぁ、最後の仕上げ。
大量の水を放り込まれ、更には大回転させられた男は白眼を向きピクピクと痙攣している。これ、大丈夫だよな?
ここまでやっておいてちょっと不安になってしまうが、それを溢すと二人にフルボッコにされるだろうから黙っておく。
うん、上手くいってるさ。たぶん……
口の拘束器具を取り外すと共に、硬めた拳を少しの加減を施し対人戦においてお馴染みである
「 ひぃ、汚っ!!けどこれでヨシだ 」
拳を放し急いで距離を取るが、男の口からほとんど水である内容物は激流の如く吐き出され、飛び散ったソレが少し衣服についてしまう。
「 カイル君。本当にこれで終わりなの?大丈夫なの? 」
「 確かにこれは
約10秒程は嘔吐が続いただろうか?
ナースさんに新しい水を用意してもらい、全てを吐き終え荒れた呼吸を繰り返す男へと膝をつく。
「 大丈夫ですか?わかります? 」
「 はぁ……はぁ、はぁ……此処は何処だい?私は何を 」
その男の言葉を耳に周囲の医療従事者たちは歓喜をあげた。狂人が元に戻ったのだ。
苦しそうに呼吸を繰り返す男に用意してもらった綺麗な水を差しだすと「ありがとう」とすぐさま受け取り一気に飲み干してしまう。
「 なにか、嫌な夢をみたよ。私の亡き父親は凄く優しくて華奢の人だったんだが、そんな尊敬する父が幼いワタシにジャイアンスイングを嬉々としてしている恐ろしい夢だった 」
「 へェェ、ソレハ嫌ナ夢デスネ 」
目を逸らし、どうにか口にする。
俺がやったのは治療である……まさか夢として覚えてるとは!?
「 あの、カイル君。今やった処置を具体的に教えてくれないかな? 」
意識を取り戻した男の処置はナースさん達に任せて、メモ用紙を手にメリッサさんが詰め寄ってくる。確かに、全ての患者さんにこれをする訳にはいかないよな……
出来る限り頭の中で整理して言葉にしてみた。
「 えっと、ですね。とりあえずこれを見てください 」
汚い事だが床に溢れた吐瀉物に混じった、まるでコケのような爪ほどの大きさをした固形物を軽く足で小突く。
「 これが患者さんの胃の中で固形化した菌性毒です。毒は通常空気状なんですが水、胃液と反応させる事で固形化させる事が出来るんですよ。まぁ、ルイスが
ふと思いついた予想外の収入を得られるかもしれない歓喜が隠しきれず、笑みを浮かべイヴリンさんに詰め寄る。
「 討伐依頼とかって貰えないかな〜って思うんですが、どうでしょう団長さん? 」
「 え?……すまない、話が読めないんだが。何を討伐するんだい? 」
護摩をするように手を擦り合わせ、話を進める。
「 なにって、わかってるんでしょ〜焦らさないで下さいよ 」
「 ??? 」
あれ?何かおかしくないか?
俺の言葉がひたすらに理解出来ていないといった顔をする団長さんだがそれが嘘だとは思えない。
俺は整理した情報を口にしてみた。
「 あの〜……まずですね。菌性毒は
その俺の言葉を聞くと同時に、イヴリンさんとメリッサさんは互いに驚愕の顔で向き合い無言の視線を重ねている。
なにか、ヤバいことでもいっちゃったか?
二人とも驚愕を通り越して、その身体を震えさせ始める。額には冷たい汗が浮かび、不穏な空気が一帯に流れ出した。
何が起こったのかわからなかったが、それを説明したくれたのは騎士団長であるイヴリンさんであった。
「 カイル君、よく聞いてくれ……さっきの人もこの病院にいる患者さん達もみんな
「 ……へ?いや、そんな訳ないでしょう!! 」
「 本当なんだ、外を守っている団員たち曰くここ最近町から出た人は僅かで、それが誰なのかもちゃんと記帳している。それを踏まえても、菌性毒にかかった皆はこの月一度も
……嘘、だろ?
「 それってつまり……この町の何処かに
これは推測だ。推測なんだ!!
しかし、その言葉にゆっくりと首を縦に振る団長の目には間近に潜む脅威に怯み恐怖する俺自身の姿が映っていた……ーーー
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