008:慢心ダメ絶対

リースの提案により、俺たちは広大であるに関わらず、特殊な燃料を用いて稼働する複数のランプによってほぼ室内の全てが明るく照らされたギルドの地下訓練施設トレーニングスペースへとやってきていた。


今回商会から受けた護衛依頼クエストへの参加人数は二人と指定されている。となるとその内の一人はどうしてもルイスで確定されてしまう。

依頼クエストの性質上、魔物との遭遇は控えなければならないのだが、そうなると彼女の森心術グランド・ローグによる植物からの視野を用いた索敵は絶対不可欠なのだ。


それを踏まえ、残された都会への切符はあと一つ。

醜い口論になると踏んでいただけに、リースからの「決闘デュエルしろよ」という一言は予想外であった。


交戦的なのは長い付き合いから承知であったが、今まで手合わせをしてきた中でリースは一度として俺に勝ったことがない。なのにこの挑戦、こちらとしては喜ばしい事だが、一体何を考えているのやら……


「 なぁ、リース。今からでも別の決着法に変えていいんだぜ?本当にこれでいいのか? 」

「 ふっ、俺が今まで一度もお前に勝った事がないから提案してくれてんのか?けどな、その驕りも今日までだ 」


両者準備を済ませ、場に着く。そんなリースの目には絶対的な自信が宿っていた。どうやら何か策があるようだが、果たして俺の【气流力りゅうりょく】をどう上回るつもりなのか、純粋に興味がある。

普段なら拳を合わせる礼譲なのだが、何故か握手を求められ、その手をとった。


「 先に言っとくぞ。今日俺はお前を倒す。それで心身ともに傷付ける事になると思うが、悪く思わないでくれ。俺なりに考えての事なんだ、たまには勝者の気分ってやつを味わいたくてね 」

「 随分デカく出るじゃねぇか、リース。よほど自信ある策があるとみたが、そう簡単にはやられねぇぞ? 」


決意の籠った手を離し、互いに握りしめた拳を合わさる。それを確認した審判のルイスが、一呼吸を開け何故か最大限に気合の籠った「決闘デュエル開始!!」という叫びを上げる。


なんだこいつ?


いつもセオリー通りなら、ここで互いに距離をとる。けど、そこを狙ってんだよな?


眼前に突如として迫るリースの拳を身体を捻る事により危なげなく避ける。どうやら【气流力りゅうりょく】による感覚強化を施す前に攻め入る作戦だったようだが、それはあまりにも愚策だ。


俺の展開速度は日々の鍛錬により以前よりも更に速く、もはや通常の強化だけなら1秒とかからない。


捻った事により生まれる力を足にこめ、流れるような動作で回し蹴りによる反撃。

どうにかその蹴りを片腕で防御したリースだが、衝撃までは相殺できなかったようで、要である高い機動力を生み出す足がそこで止まる。追撃するなら今だ!!


続け様に少しの跳躍によって得られた力を受けられている方とは別の、先程まで地に立っていた足に込め、支えがなくなった事により全身が浮いている感覚を無視し、横薙ぎに相手の顔面へと放った。


「 なッ!!そんな体制で打てんのかよ!! 」


その奇襲は流石の反射神経と褒めるべきが、頭を引っ込める事で回避されるが、両足が地から離れた事で落下する全身を両手で受け止め、逆立ちの容量でそのまま追撃。

全身に更なる捻りを生み、大地を指す腕を支点とし回転。それによって生まれるトリッキーな蹴撃を放つ。


「 くっ、なんだよそりゃあ。お前そんなに蹴り技つかえてたか!!? 」


その攻撃には対応出来ないと踏んだのか、ようやっと後方へと下がるリースを目に、体制を立て直し再び大地に両足を立て、いつもの構えをとる。


「 まっ、俺だって毎日鍛えてますから。第一ラウンドは俺に分配が上がったみたいだけど、策ってのはこれで終わりか? 」


さぁ、ここからが本番だ。結果奇襲などなかったかのようにいつもセオリー通り、互いに距離をとった形に納まった。


「 ……『人体解剖学〈目指せ!国立医学大!!〉』覚えているよな?カイル 」


突然に出てきたワードに思わず吹き出す。

何を言い出すと思えば、それは俺がリースの大事にするエロ本禁書とすり替えた本だ。


「 まぁ、覚えてるけど。なんだ?恨み節でも吐くつもりか? 」

「 いや、違うさ。むしろ感謝してるんだ 」


瞬間、強化された視界から目の前の存在が消えた。

驚愕と共に、次に聴覚がとらえた"着地音"を辿り、振り返る。するとそこには何食わぬ顔をしたリース。


「 驚いたか?俺はなカイル。お前に大事にしてたエロ本隠された夜ひたすらに泣いたんだよ。けど、泣いてるだけじゃ何にもならない、そう思い本を手に取ったんだ。"エロ本だって解剖本みたいなもんだろ"って言い聞かせてどうにか妄想に妄想を重ねた……その結果!! 」


再び視界から高速が空気を割く音と共にその姿が消失。いや、これは消えているのではなく、視力がその速度を追い切れていないのだ。超高速のステップ。

こいつこの短期間で信じられないくらい成長している。


「 "な"ん"の"成果"も"得られ"ま"せん"でしたぁぁぁ 」

「 ダメじゃねぇぇぇか!!! 」


思わずのツッコミ。

それ聞く必要ある?というリースの話は続く。


「 やっぱり骨とか筋肉みて興奮するのは無理があったのよ。けどな、思わぬ副産物が手に入った。必死に妄想の為に読み漁った解剖本……俺はそれを暗記したんだ!! 」

「 どんな熱量だよ!!バカなのか天才なのかわかんねぇぇじゃねぇぇか!! 」


リースが構えを取る。そろそろ来るか?

深呼吸によって酸素をゆっくりと取り入れ、こちらも臨戦体制を新たにする。


「 解剖本を暗記した事で俺は人体の知識を得た。どう筋肉を使えば効率的に動けるのか、上手く力を込めれるのか。それを今見せてやる!! 」


来る!!


气流力りゅうりょく】の循環速度を最大限まで高め、全ての感覚に集中する。


「 まず一つ。殴る際は脇を締め真っ直ぐだ!!そうすれば弓を描いた拳の軌道より早く、強く打てる!! 」


それを聞き終えるよりも先に防御を上げ、後方へステップ。と同時に守りをとっていた両腕には顔を渋めてしまう程に重い衝撃が走った。

確かに拳の威力は以前のものよりも圧倒的に向上している。もし下がる事で威力を半減させてなければかなりの痛手となっていただろう。

そうでなくても両腕はジンジンと熱、痛みを発している。これを何度も受ける事はできない。

しかし、全身の感覚が告げる。まだ終わっていない、と……


「 そして、ふた〜〜つ!!早く動く為には事前に力を貯めて瞬発!!それも足先からではなく、踵からだ!!その方が素早く動き始めれるのだ!!! 」


後方へのステップにより浮いた足の着地と共に身体を捻り次の攻撃をどうにか回避。すると先程まで身体があったそこを高速が通り過ぎる。


まさか冗談で渡した本を暗記しているだけではなく、そこから得られた知識を戦闘に応用してくるなんて、思いもしていなかった。

ただでさえ強力な【巨人ギガント族】の身体能力に、それを最大限活用できる頭脳が合わさった現状、これでは今まで散々バカ呼ばわりしていたが、それを撤回しなければならなくなる。

最もそれを手にした動機は本当にバカらしいものでしかないのだが……


緊張から湧き出る汗が飛び散り邪魔をしてくる。

寸前の攻防。掌握する感覚を最大限に活用し、反応に対応。


動きが速すぎて殴打なのか蹴撃なのか、向けられる脅威が視認出来ない。しかし、分かる。

全てを避ける事は不可能。だが捌く事なら!!


たった数秒。僅かな時間で数10の猛攻は忙しなく飛び交いそれを追いかける風は俺たちを中心に渦を巻いている。


駆け出しの冒険者であるなら息を呑むであろう程に激しい攻防。


しかし、先に息が上がったのは、圧倒的な手数を放っていたはずのリースであった。その隙を見逃さず、ようやっとの反撃。


硬めた拳をガラ空きとなった鳩尾みぞおちへと沈め、腰を折る。加えての追撃をかけようとするが、それは高速のステップで後退する事により回避されてしまった。


分かってはいた事だが、更なる高速を纏った戦闘はそれだけ体力の消費も大きい。そんな中で俺の一撃により肺の酸素を無理矢理排出させられたのだ。

眼前のリースは涙目となり、荒い呼吸をどうにか整えようと片膝をつき体力の回復に努めている。


「 はぁ、はぁ……なんでだよ、この、動きにも対応出来るとか…… 」


対して俺は呼吸こそ少し切れているが、まだまだ動ける。

手で汗を軽く落として、嫌味な笑みを浮かべてやった。


「 確かに驚いたし、焦ったけど、日頃の鍛錬の差が出たな。筋力だけじゃなく、もっと走り込みで体力を付けないとダメなのだよ、リース君 」


猛攻を防いでいた為にヒリヒリと熱を発する腕を振り冷ます。そうして与えていた猶予で体制を立て直したリースは再び高速で迫るが、もうその速度は覚えた。


「 残念だが、まだ俺の【气流力りゅうりょく】の方が上みたいだな!! 」


視覚だけでは僅かしか、迫る脅威を捉える事は出来ない。なら他の感覚全てを総動員すればいいだけの話だ。

肌の触覚が寸前の猛攻が率いる風を察知し、匂いが標的の位置を特定。耳がその呼吸を捉え間合いを掌握。

そこまで出来れば、その末端しか視えなかった脅威は輪郭を持ち、軌跡を露わにする。


先程よりも鮮明に感じとれる猛攻を避け、捌く。そして息が切れ速度が落ちた所に拳を叩き込む。

ダメージと共に慌てて高速を再び、襲い来る猛攻だが、それも避ける。

もう終わりにしてやろう!!


決着の一撃。身体に捻りを加え、回転により得た力を纏った蹴撃をリースの腹部へと放つ。

足裏が弱った腹筋を押し指す感覚。それと共に全身の力が抜けたそれは後方へと虚しくも吹き飛ばされた。


「 ぐぅっ……くそっ!! 」

「 相変わらずタフすぎるだろ、まだやるか? 」


ルイスが止めの合図を取ろうとしているのをリースは片手で静止する。どうやらまだやる気らしい。


今だ強気な姿勢を見せてはいるが、俺が放った蹴撃による強力な一撃が決定打となっているのは確実、全身に上手く力が入らないのか、ふらふらと体制を立て直すその様が演技出ない事は明白であった。

そんな状態では先程まで手を焼いた高速ステップも、もはや行う余力すらないハズだ。


リースにとって勝機を見出す事が出来ないであろう現状、しかしその顔には勝ちを確信するものが浮かべる意地の悪い笑みが表れている。更に聞き間違いなどではなく、リースヤツは「準備完了だ」と含みのある呟きを溢した。


「 ……なんとなく、こうなる事は分かっていたさ。けど、俺は言ったよな?今日は勝たせて貰うって 」


そう言葉を吐き、突然自信満々とばかりに背を向けるリース。

そのあまりの奇行に思わず頭がパニックになる。


「 何考えてんだ!!? 」

「 何って、カイル。これはお前に勝つ為の必勝方法だよ。お前はこれで俺に負ける 」


何を言っているのか理解が追いつかない。

俺に背を向ける事が必勝方法?一体何をするつもりなんだ!?


「 顔を、いや頭を殴った覚えないんだがな 」

「 まぁ、ビビるよな?自分に必勝方法があるなんて言われちまったら誰だってそうだろう。で?お前はどうするんだ? 」


これは見え見えの挑発だ。しかし、だからといってこの状態でリースに何が出来るというのか?

ダメージの蓄積で本来の力は出せないであろうし、背を向けた状態からできる反撃があるとも思えない。

対して俺は背にある急所に拳を放てば、容易に勝利を掴む事ができる。そんな事リースヤツも重々承知のはずだ。


……何を企んでいる?


「 ………上等じゃねぇぇか。やってるよ!! 」


拳を硬く握りしめ、【气流力りゅうりょく】を最大速度で循環。少しの動きでさえ見逃さない。


何を企んでいようと、関係ない!!

少しでも反撃の動きをとるなら、それを抑えこみ変わらずの運命。決着の一撃を放つだけだ。


リースの全身を視察。筋肉の動きも特になく、静かだ。

なら……行くぜ!!


「 何を企んでるか知らんがッこれで終わりだリース!!! 」


叫びと共に急所へ向けて最期の拳を放つ。と同時に動き!!

リースの大臀筋から太ももにかけての筋肉がピクリと僅かに動く。だが、背を向けた状態では蹴りなど打てない。


気にする必要なし!!このまま打ち込む!!


「 うぉぉぉぉ!!! 」


次に感覚が拾い上げる情報、それは「スゥ」という息を吐く音。だから何だというのか、このまま……ッ!!


いや、違う……これは!!!

息を吐く音、それに伴い訪れる異臭を嗅覚が捉える。


その瞬間俺は全てを理解した。

リースは"息を吐いていた"のではなく"空気を吐いていた"のだ……これは罠だ!!


「 しまった!!! 」

「 カイル•ダルチ!!敗れたり!!! 」


もはやブレーキの効かない全身。そしてそんな俺に降りかかる最恐の一撃。

それは轟音を伴い、生命を蝕む脅威。


強化された感覚。

その嗅覚を殺す生態兵器。とんでもなく臭い屁だ!!!


リースのケツから放たれる毒ガスが俺を襲い、そのあまりにも強大な一撃に体制は崩れ盛大に転倒。その場でのたうち回る。


嗅覚が死んだァァァァァ!!!くっせぇぇぇぇ!!!


このリース馬鹿は、以前依頼クエストで訪れた森で俺が魔物たちの死臭に苦戦していた事を覚えていたのだ。


今だ『必要な感覚だけ強化する』という【气流力りゅうりょく】の技術を体得出来ていないからこその決定打。


見事とばかりに弱点を突かれた!!


肺が取り込んだ悪臭を慌てて放出しようとする反応で、激しい咳が止まらない。息が……


嘘だろ?俺屁に負けるのか?そんな馬鹿なことって!!?


「 おのぉぉぉれぇぇ!!リィィィィスゥゥゥゥゥ!!! 」


終戦の咆哮。

それを吐くと共に意識は闇に呑まれ、沈んでゆく。


最後に耳に入ったのは……


「 え、嘘!!?……そんなに臭かった?いや……それはそれで凹む…… 」


というリース馬鹿の嘆きであった……

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