第二章 『 金と鍛錬は裏切らない 』

007:当店自慢のマスコットキャラクター


「 はい、とりあえず今回も大丈夫みたいね。お疲れ様 」


少し前かなり稼ぐ事が出来た依頼クエストで、ルイスの矢にぶっすりと刺された手の平から特殊検査に必要な採血を済ませ。消毒、止血ガーゼを施した先生は結果を用紙に記入してゆく。

ここは町で一番の病院『ウィルキー総合病院』の診察室、清潔を保たれ子供が怖がらない為か可愛いイラストシールなども貼られたこの室内も、なんだか来るのに慣れてしまった。


まぁ、良くはないのだが事情が事情なだけに仕方ないだろう。


対面に座り、診察を行なってくれた名医ーー騎士団長であるイヴリンさんとは同期らしく、しかし彼女とか違い柔らかいというか包容力のようなものを感じさせる雰囲気は、団子状に纏められた黒髪に、整った綺麗な顔立ち。それらの魅力を引き立てる眼鏡などを持って、成る程子供たちだけだはなく多くの人に好かれるのも不思議と納得してしまうものである。そんな女医である先生こと、メリッサ•ベルクスさんはこの町で俺を含め4人しかいない【魔冠號器クラウン•アゲート】の使用を許可された【有資格者】の1人だ。


また俺よりも【气流力りゅうりょく】の扱いに長けており、それを用いた診察•治療を実施できる、世界規模で見ても珍しく、また貴重な人材。まさしく名医といって過言ない存在なのだ。


そんな彼女が難しい顔で俺を見つめている。

まぁ、言おうとしてる事はなんとなくわかっている……


「 カイル君。何度も言ってるけど、これは医者としてだけでなく友達としてのお願い、もう【終焉の刻ラグナロク】は使わないで欲しいの。今まではなんとか無事で済んでるけど、その危険性は君なら良くわかってるはずよ 」


本当に心配してくれているのが声色から良くわかる。

けど、脱いでいた手甲グローブを再び嵌めながらも俺はそれに曖昧な返事しか出来なかった。


「 君は自分が思ってる以上に凄い子なの。努力だって他の人が真似できないくらいしてるし、その心も堅く強い。君程の実力ならきっと他の【魔冠號器アゲート】だって使いこなせる、【終焉の刻ラグナロク】に拘る必要はないのよ 」


メリッサさんの優しさが心を締める。その思いをより伝える為に俺の手をとり、真っ直ぐな視線を向ける彼女に、やはり「すみません」と言うしかなかった。


これはまだ手放せない。必要なものなんだ……


流れる沈黙は決して分かり合えない悲しい現実を実感させる。

彼女の暖かな手がゆっくりと離れた。


「 君は自分の事を蔑ろにしている……でも君は一人じゃない。君の事を好きな人がいる、大事に思ってくれてる人がいる。だから、それだけは忘れないで……私にはその【魔冠號器アゲート】の使用を止めるだけの強制力はない。だから、何かあったらすぐに来なさい。せめて、私に出来る事だけはさせて……約束よ 」


離れた手が頭に移り、年甲斐もなく優しく撫でられる。

恥ずかしさから振り払おうとも考えたが、どこか安心する優しい温もりが嬉しくてちょっとだけ、浸りたくなった。

そうして少し「ありがとうございました」と言葉を残し、病院を後にするのであったーーー


ーーーー


病院を後にし、俺は学園の食堂へとやってきていた。


どうにか、バイトの時間までには間に合った。

今日は特に忙しい、というより激しい戦場となるのが確定している日なのである。故にが招集されたのだ。


新装リニューアルの開店日。


今日は餓えに飢えた学生達が食を求めて足を運ぶ日なのだが、なんと欲に溺れた学長の命により「ここ体育館ですか?」と言いたくなる程に広大な店構えになってしまった食堂は、その元を取る為に学生以外のお客も受け入れざるを得なくなってしまったのだ。

一般の方からの好意を得るためには初日の印象は特に大事だ。


あまり深く考察したくないが、何故かウィルキー孤児院の院長が大事に所持していた綺麗で伝統的なメイド服を身に纏い、あざとさMAXブーストなツインテールのウィッグを武装した客引きとウェートレス担当のルイス。

彼女はこの日の為にリースをぶん殴る時も常に笑顔で居られるくらい表情を固める練習をしたらしいです。


ちなみにリースはかなりビビってましたが、お客様は彼女の美しい笑顔に癒される事でしょう。正直"僕も"めちゃくちゃ怖いです。


そして俺は厨房担当。普段から院の料理などを手伝っているし、レストランのバイト経験もあるのでお手のものだ。


最後。リースだが……

こいつは最大の賭けとして店前に設置した客引きだ。


学園の食堂が誇るマスコットキャラクター。

一体何を考えて生み出したのか発案者に問い詰めたいくらいに謎の存在。


【マッスルギャラクシー•まく太君 】


これが自慢のマスコットキャラクターの名前だ。

名に恥じないその見た目、熊の可愛い着ぐるみの頭を付け、首から下は、まさに筋肉モリモリマッチョマンの変態。と呼ぶに相応しい筋骨隆々な男が全裸の上にVパンだけを履いてマッスルポーズをとっているという。

思わず「いや、食欲失せるだろ」とツッコミたくなる見た目をしているそれは、何故他のマスコットキャラクターが生まれないのか?何かの力が働いてるのか?と考えざるを得ない程の年数、不動のポジションを築いている超ベテランマスコットだ。


しかし、勿論だがそれはイラストで描かれた存在。

実在している訳ではない。そもそも、そんな筋肉モリモリマッチョマンの変態な学生なんている訳がない……と、思うじゃん?

いるんだな〜これが、ただ一人。そう……リースだ。


と言う訳でリースには食堂の入り口で、視界が全くない熊の着ぐるみ。その頭だけを付け、自慢の筋肉をこれでもかと披露してもらっている。

これは大きな賭けだ。今まで2次元の存在だった【マッスルギャラクシー•まく太君 】を現実に引っ張り出してきてのである。

食堂の支配人オーナーは「お前はバカか」とブチ切れていたが、俺たちは至って真面目ガチ本気マジだ。


それは店が開店して僅か5分で早くも証明される。

約束された満席。これが具現化された【マッスルギャラクシー•まく太君 】の圧倒的カリスマ!!


店内はお客の談笑や注文の声が飛び交い、厨房は息つく暇すら無いほどの激務を迎えていた。


ちょっと手加減して欲しいほどの重労働だがしかし、この日を乗り切ればそれ相応の報酬が得られる。

1日、それもランチ帯である3時間働くだけで、1人当たりナスティック金貨1枚と銀貨5枚。破格の給料だ。


とはいっても、イベントに必要な額は最低でも金貨30枚。まだまだ手さえ届かない。


俺たちは今、間近に迫る年超えの資金繰りで頭を悩ませていた。

ウィルキー孤児院は町からの援助こそ受けているが、それは節約した上で子供を27人程を養えるくらいの額である。しかし、院にいる児童たちは全員で32人、つまり5人分の資金が常に足りて無いのだ。加えてそれは日常を過ごす金であり、進学にかかる費用とはまた別。


子供達に何不自由ない生活を、そして将来に必要なの学を得させる為には、とにかく俺たちや院を卒園した者達が支えてやるしか無い。故に日夜労働やギルドでの活動に励んでいるのだが、現状のギルドはまた閑古鳥が鳴いている状態だ。


前回の騎士団による緊急依頼クエストでは、イヴリンさんが額を更に上乗せしてくれたお陰で超高額の成功報酬が得られ、加えて新種の魔物、状態の良いその亡骸も町の研究機関にいい金で売る事が出来たので、合わせて手元にやってきたのは金貨80枚というこれまで見た事もない大金であった。

そのおかげで、翌年学園へ進学する子供達の入学費用はなんとか浮かすことができ、これは予想外に喜ばしい事で、正直依頼クエストがなければ何人かは入学を諦めてもらうとしか無いかと絶望していたのだが、それが杞憂になって本当に良かったと色んな事に感謝している。


まぁ、イヴリンさん曰く、これがギルドの最高期かつゴールド5級ペンデの魔物討伐という正式な依頼クエストだった場合その成功報酬は金800はくだらないレベルだったらしく、彼女はそれに近い額を出さない事にかなり罪悪感を抱いているらしいのだが、手元にやってきたものでも俺たちにとってかなりの大金だ。文句なんて言うはずもない。


けど、子供達の入学費用を工面する事でその金は全て使い切ってしまった。


次に迎えようとしている『年超え』というイベントは、そんな堅いものではなく、いわば新しい年を各家庭で喜び分かち合おうと言うだけのパーティーイベントなのだが、いかんせん子供達32人に向けての豪勢な食事とそれぞれのプレゼントなどを用意するとなると必要な費用は圧倒的だ。


院長は子供達には少し我慢してもらって、慎ましやかに過ごそうといっている。去年もこのイベントは十分な金を用意出来なくて、華やかなものには出来なかった。

しかし今年は、翌年に学園の生徒となる子たちもいる為、盛大に楽しませてあげたいのだ。


昔、自分たちがそうしてもらったように。


っと、子供たちの喜ぶ顔を思い浮かべていると時間はあっという間に過ぎていたようであった。


途中、何処かのイタズラ小僧に唯一の衣服であるVパンツをこっそり降ろされた事に本人は気付かず、全裸でマッスルポーズをし続けた結果、騎士団に連行されてしまった【マッスルギャラクシー•まく太君】や度重なるセクハラにブチ切れるも、何故かそれが歓迎され罵倒メイドへの転職ジョブ•チェンジに成功したルイスなど、色々とトラブルはありつつも、どうにかバイトを完遂。

確かに報酬を受け取り、俺とルイスは理不尽なお説教を受け、げっそりとしたリースと合流し孤児院への帰路についていた。


時間はまだ夕方というには少し早い頃であったが、これからの予定も今日は特に無いので、院に帰ったら3人で作戦会議でも開くとするか……


「 あぁぁ、疲れたぁ〜……早く帰って野菜の香りで一服きめたいわ〜 」

「 一服きめたいってワードに似つかない、超健康的じゃねぇかこの野郎 」

「 なぁ、俺今後【マッスルギャラクシー•まく太君】で生計立ててみようかな? 」

「「 まぁ、止めはしないよ 」」


と、特に何も考えず疲れを全面に歩みを進める。

いや、一人馬鹿だけはなにやら真面目に考えてるようだが、それが馬鹿なのだと気付け馬鹿……


「 あっ丁度良いところにッ、お〜い、みなさ〜ん!! 」


不意に背へとかけられた呼び声に振り返る。すると、眩い笑顔でこちらへ速足で向かってくる、麦わら帽子に綺麗なワンピース。それを引き立てる赤の長髪を靡かせる、まだ幼さを僅かに感じさせる美少女と呼ぶに相応しい女の子目に入った。

その脇には小柄な身長には似つかない、大きなバックが重そうに下がっている。


え?誰だろ……あの子?


見覚えがあるようで、ぱっと思いつかない感じだ、それはリースも同様の思いだったらしく、もしかして俺たちの後ろの人?と思い再び振り向くもそこには誰もいない。


「 あら?ケイトちゃんじゃない。何気に私服見るの初めてかも? 」


あぁぁぁ!!!

ルイスの発言でモヤがかかっていたその人物をハッキリと認識する。

ケイト・スターリュ。俺たちが所属するギルドの受付嬢だ。

ずっとギルド指定の服を着て、帽子を被った印象しかなかったから分からなかったが、その声や仕草から間違いない。


駆け寄ってきた彼女の頭をまるで妹と戯れるかのようにぐしゃぐしゃにしているルイスを横目に、リースへ「お前わかってたか?」と耳打ちすると、シンプルに「可愛い」と返ってきた。


いや、確かにこんなに美少女だとは思わなかった。服装で印象ってかなり変わるもんなんだな……


「 それで、ケイトちゃん?ちょうど良かったって……俺たちに何かようでも? 」


気を取り直してそう口にすると、彼女は「そうでした」と呟きなにやらバックを漁り始める。

そしてその中から丁寧に折り畳まれた書類を取り出し、それを掲げて見せた。


「 さっき商会にお買い物に行ってた時に依頼を頂きまして……見て下さい!!とうとう来ましたよ〜〜中央都市への物資護衛依頼です!! 」


「「「 え〜〜!!!! 」」」


それは待ちに待っていた依頼クエスト。あまりの嬉しさに周りの目など気にせず俺たちは歓喜の雄叫びを上げた。


中央都市【ルドアガス】。この世界の中心とも言われるそこには、有りとあらゆる贅沢や物品が揃っていると評判で、田舎に住む者なら誰しもが一度は訪れてみたいと憧れる場所だ。


そこには全てが揃うと噂されるだけもあり、年に一度。ウィルキーの町からもその特産品が都市へと送られているのだか、例年なら護衛依頼などなかった。

おそらく少し前町の近辺にゴールド5級ペンデの魔物が出現した事を危惧しての事だろう。

なんにせよ、この依頼クエストは楽しみで仕方ない。


もちろん、護衛という任は全力で全うする。

楽しみなのは都市に到着してからだ。商会に特産品を納品し、そこからウィルキーへ持ち帰る物品を搬入する為に数日そこに待機する事になるのだが、その間は自由時間となるし食事などの費用は依頼主とギルドが折半してくれるという高待遇。

これを楽しみと言わずして、なんというのか。


おまけとばかりに、その報酬は金貨20枚とこれまた高額で最高すぎるぞ、おい。というものなのだ。


「 ただ、一つ問題がありまして……ここなんですが…… 」


俺たちの歓喜に水を差すのを躊躇いながらもケイトちゃんは書類クエストカードに記載された『参加人数』へ指を刺した。そこに書かれていたのは、《2》の数字。


歓喜が沈黙に変わる。

つまり選ばれたモノしか憧れに辿り着けないという悲しい現実。先に口を開いたのは、まさかのリースであった……


「 おい、決闘デュエルしろよ 」






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